第97話 願い

 カイルの温かい手に引かれ、ハルカは螺旋階段を上り続けた。そして階段を上り切ると、カイルは大きな扉の前で立ち止まった。


「ここから少しの間だけ、目を閉じていてくれ。あと大きな声を出さないようにな」

「わかった」


 言われた通り、ハルカはしっかりと目を閉じ、カイルと繋いだ手だけを頼りに、ゆっくりと歩く。

 そして、少し歩いたところで、カイルは立ち止まったようだ。

 

「よし、上を向いて、目を開けてくれ」


 カイルが耳元で囁いたようで、心臓が跳ねた。けれど、カイルが何を見せたいのか気になったハルカは、言われた通り上を向き、目を開けた。


「わぁ……!」


 目に飛び込んできた光景に、思わず感嘆の声が漏れた。


 丸い天井が夜空を映し出し、まるでプラネタリウムを見ているようだった。そして同時に、満天の星を優しく包むピンクと緑が鮮やかに混ざり合う、光のカーテンのようなオーロラの存在も目に飛び込んできた。

 その幻想的な光景に、ハルカは目が離せなくなった。


 しばらくの間、夜空を眺めていたら、一筋の流れ星が流れた。


「流れ星が見えたよ!」

「ここからだとよく見えるな」

「願い事しなきゃ」

「願い事?」


 少し離れてはいるが、他にも人がいる為、小さな声で言葉を交わす。


「流れ星が消える前に願いを3回言うと叶うんだって」

「凄い事を考えた奴がいるんだな」

「とりあえずさ、頭の中で考えるだけ考えてみようよ!」


 そう言って、ハルカは上を向き、願いを考えた。


 本当は、自分だけの魔法が望むようなものであるのを願うのがいい、とは思っていた。

 でも、浮かんだ言葉は別のものだった。


『カイルとこれからもずっと、同じ時を過ごしていきたい』


 そう考えた時、一際大きな流れ星が流れていった。



 しばらく無言で夜空に魅入っていたが、ふと視線を感じ、横を見た。するとカイルと目が合った。


「ごめん、あんまりにも綺麗で……。こんなに素敵な夜空を見せてくれて、ありがとう」

「謝る必要はない。ハルカはどんな事でもそうやって感動してくれるから、見せ甲斐があるな」


 柔らかな月の光の中で微笑むカイルに、胸が騒ぐ。


「これは感動するよ! ちゃんと願い事、考えた?」


 この言葉で笑みを深めたカイルは頷いた。


「あぁ。しっかり考えたぞ」

「どんな願い事?」

「それは秘密だ」


 教えてくれると思っていたのに、意外な返事にハルカの好奇心は膨らんだ。


「すっごく気になる……」

「じゃあハルカは何を考えたんだ?」

「そ、それは……、秘密!」

「お互い秘密なら、教えるわけにはいかないな。まぁ……、叶うだろ」


 カイルは苦笑しながら、それでも最後にはっきりとそう言い切り、続けてそっと尋ねてきた。


「もう少し、見ていくか?」

「うん。もう少しだけ……」


 この時間が終わってしまうのが名残惜しくて、カイルの厚意に甘えた。幻想的な世界に心を奪われながらも、繋いだ手の温もりだけは、しっかりと感じながら。


 ***


「初めて……、初めてカイルより早起き出来た!」


 ハルカはそう呟くと、小さくガッツポーズをした。


 きっと昨日遅くまで起きていたせいで、カイルは珍しく起きるのが遅いんだろうな。


 そう考えながらぐっすり眠っているカイルの側まで行くと、寝顔をそっと覗き込んだ。


 眠っていてもかっこいいとか、卑怯でしょ。


 寝ていても整った顔立ちに、若干悪態をつきながらも、気持ち良さそうに眠っているカイルを眺め続けた。

 すると、こちら側に横向きになったカイルの顔に、眠る時は解かれている少し長めの黒緑色の髪が滑り落ちた。


 あっ、見えなくなっちゃった。


 まだ顔が見たくて、自然と手をその髪に伸ばしてゆっくりと払った瞬間——


「ハルカ……」


 と、カイルが薄目を開きながら小さな声で呟いた。それと同時に、手首を掴まれながら引き寄せられる。


 あっ!

 えぇっ!?

 ど、どうしようっ!!


 カイルは寝ぼけているのか、体勢を崩したハルカをそのまま抱きしめてきた。


「カイル? カイル、起きて!」


 自分の心音がカイルに伝わってしまうんじゃないかというぐらい、どきどきとうるさい心臓を意識しながらも、ハルカは必死にカイルを揺り起こし続けた。


「……ん。ハ、ルカ?」


 やっと起きてくれた!


 そう考えるハルカの頬へ、カイルの手が添えられる。


「夢……、だよな」

「夢じゃないよ!」

「………………!」


 ゆっくりと目を見開くカイルの表情の変化を見届けると、彼は勢いよく身体を起こした。


「なっ、なんでハルカがここに!?」


 珍しく動揺しているカイルは、そんな事を口にしていた。


「初めてカイルより先に起きれて、近くで寝顔を眺めていたら、抱き寄せられたんだよ」

「はぁ!?」


 説明の仕方が悪かったのか、カイルは更に混乱していた。



 そろそろコルトに到着する、との情報を部屋の通信石から知らされ、ハルカ達は外の様子が見える場所へと移動していた。


「今後、眠っている俺に近づいたらだめだ」

「今日は寝ぼけていただけでしょ?」

「だから余計にまずいんだろ……」


 そんな会話を繰り広げながらたどり着いたのは、『展望室』と書かれた部屋だった。部屋に入ると、外を見渡せる大きな窓が目に入った。

 他にもいた乗客達は、その窓から下のに広がる景色を眺めているようだった。なので、ハルカも近付いて下を見てみると、巨大な木が見えた。


 木の上にまた木が乗ってる? 木の根がお盆のようになっていて、その上に木が生えてるっぽいけど……。

 1番上の木から下にかけて水が流れて、大きな虹がかかっているのが、凄く綺麗。木の根本を囲むように、立派なお城や建物が見える。

 真ん中の木の根本にも、大きな町があるなぁ。こっちの町は、かなり広そう。

 1番下にも町がありそうだけど、小さ過ぎて、よく見えないや。


「カイル、目の前の大きな木って……」

「あれが、精霊の大樹だ。そして、今向かっている2番目の樹木の町が『コルト』だ」


 自分が想像していたものより更に巨大な精霊の大樹を目の前にして、ハルカは息を呑んだ。

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