閑話 運命の日 中編【カーシャ視点】

 カーシャが城門に辿り着くと、アルロとサンの姿しかなかった。

 他には応援に駆けつけた人達や、治癒院の人達の姿も見える。


 そして転がる黒いローブを着た死体達。


 そんな中もう1人の少年、カイルの姿だけが見当たらなかった。


「アルロさん、サンさん! ご無事ですか!?」

「カーシャ! 俺達は大丈夫だ! 怪我はないか?」

「カーシャちゃん! 無事でよかった……」


 カーシャは安心して力が抜けそうになったが、気を引き締め直した。


 この状況を把握する為にも詳細を聞かなければ。


 そう自身を奮い立たせ、何が起こったのか説明を求めた。


「ご心配をおかけしました。カイルさんのお陰で助かりました。あの……カイルさんは? そして一体、何が起きたんですか?」

「カイルは町の外の家族の所へ向かった。通信石からこの周辺の被害が続々と入ってきたんだ。もしもの事がなければいいんだが……」


 悲痛な面持ちでアルロさんはカイルさんの行方を教えてくれた。


「俺も一緒に行ければよかったんだ……」


 サンさんは悔しそうに呟く。


「お前だって家族の所に行ってたんだ。それは無茶な話だ」

「くっそ!!」


 サンさんは納得ができないみたいで右手で頭を掻き毟っていた。


 それぞれに優先順位がある。

 それは仕方のない事だ。

 今は無事を祈るしかない。


 カーシャは痛む心を押さえつけて続きを促した。


「あの……攻撃が止んだという事は解決したのですか?」

「あぁ……。一応は終わった」

「一応?」

「胸糞わりぃ終わり方だ」


 状況を把握する2人の顔色は優れない。


「説明してもらえますか?」

「説明……と言っても俺も見たまましか話せないからな?」


 そう前置きしてからアルロさんは話し始めた。


「攻撃してきた奴らを捕まえて下まで降りてきたら……死んだんだ」

「死んだ?」

「『神よ! この身体はどうなってもいい! せめて魂だけはお救い下さい!』なんて喚いて自害した」


 理解出来なかった。

 狂ってる。

 そうとしか思えなかった。


「他に……まともに理由を吐いた人はいないんですか?」


 この数多の命が犠牲になった真相を知りたくてカーシャは答えをすがった。


「いない。他に捕まえた奴も同じように死に、逃げ延びた奴さえも何故か急に自害した」


 なんだそれは……。


 ふざけるな……。

 ふざけるなっ!!


「そんな……そんな事って!!」

「落ち着け、カーシャ。俺達が今やるべき事は修復作業だ。また何か起こるかもしれない。だから——その怒りは取っておけ」


 アルロさんはそう言うと歯を食いしばって怒りを抑えていた。


「他にも何か手掛かりがあるかもしれないからな……。修復しながら探すしかない。あとは……犠牲になったみんなを見つけてやらないとな」


 サンさんもそう言い終えると、怒りを抑えるようにきつく手を握り締めていた。



 そんな時、遠くの空から何かが近づいてきた。


 皆、身構えた。

 またこの町を傷つける者が現れたとしか思えなかった。


 しかし——


「あれは……カイルか?」


 警戒を解いたようにサンさんが呟いた。


 その言葉を聞いてカーシャが警戒を解いたと同時に、凄い速さでカイルさんの精霊獣は皆の場所まで飛んできた。


「カイル! 大丈夫だった……か……?」


 サンさんはすぐに近付きながら声をかけたが……カイルさんの背中にはもう1人、いた。


「誰でもいい! 妹を治してくれ!!」


 カイルさんはすぐさまそう言うと背中に背負っていた妹さんを地面に横たえた。


 力なく横たわる姿はただただ眠っているように見えた。

 見てわかる傷口はないように見える。

 きっとカイルさんが治したのだろう。


 だけれど……尋常じゃない出血の跡は消せない。


 目や口、腹部が赤黒い塗料をぶちまけたように染められていた。


 息を飲む光景に治癒院の人達だけが動き出す。

 そして……すぐに首を振った。


「まだ……俺に話しかけてきていたんだ……。なんとか……なんとかならないのか……?」


 カイルさんの言葉を聞いて治癒院の人達は詫びた。

 何も出来なくてすまない、と。

 その言葉を聞いてカイルさんはそうか、とだけ呟いた。


 きっと彼も気が付いていたんだろう。

 もう妹は助からないと。

 でも……諦めきれなかったからここまで連れてきたのだろう。


 彼が何をした?


 彼は……初対面の私のふざけた喋り方すら気にせずに接してくれた数少ない人間だ。

 そして動けない私を助けてくれた、心優しい人。


 そんな彼からなぜ奪う?



 この日、カーシャは初めて神の存在を疑った。



 妹の死に泣き喚いたって、怒りに任せて言葉をぶつけたっていいのに……カイルさんは見た目を変化させる事なくそこにいた。


 誰も……何も言えなかった。

 言えるわけがなかった。


 そんな周りの様子なんて気にも留めないようにカイルさんは優しく妹さんを抱き起こし、再び背負う。

 そしてゆっくりと自分の精霊獣へと歩き出そうとした時、サンさんが声をかけた。


「カイル……どこへ行くんだ?」

「みんなの所へ帰る」

「1人は危険だ。無事な人を連れてこの町にいた方がいい。怪我人もいるだろ? 俺も一緒に行くから」


 その言葉で一瞬だけカイルさんの表情が崩れたように見えた。


「怪我人なんていない。みんな……みんなもう……」


 震えるカイルさんの声だけで……わかってしまった。


 まさか……まさか——。


 言葉さえも考えたくなくて、カーシャは必死に考えを抑え込んだ。


「それなら……尚更、1人はだめだ」


 とても苦しい表情を浮かべながらも……サンさんは、はっきりと言い切った。


 しかし……カイルさんの返事は拒絶だった。


「1人でいい。行かせてくれ」


 先程震えた声を出していた人物とは思えない程のはっきりとした声だった。


「だめだ」


 それでもサンさんは粘った。

 今ここで、ここまでカイルさんに言えるのはサンさんぐらいだろう。


 結局……カイルさんの意見は変わらなかったが、少しだけ真意を見せてくれた気がした。


「大丈夫だ。俺は……俺は生きなきゃいけない。やるべき事をやり終えたらここに戻ってくる。だから……今だけは1人にしてくれ」


 少しの間を置いて、サンさんが低い声で呟いた。


「……その言葉、忘れるなよ」

「あぁ……約束する」


 そう言い残すとカイルさんは妹さんを背負い直し、精霊獣と共に去っていた。

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