閑話 運命の日 前編【カーシャ視点】

 はるか達が眠りにつく頃、眠れぬ夜を過ごす女性が1人、自室でため息混じりの独り言を呟いていた。


「はぁ……。今日は嫌な絡み方しちゃったなぁ……」


 あんなに柔らかく微笑む彼を見たのは初めてだった。

 だから……彼の笑顔を向けられていた少女に嫉妬してしまった。


「情けない……」


 そう言いながらカーシャはふと、昔の事を思い出していた。


 ***


 ——3年前


「今日も良い天気ですねぇ〜」

「あぁ。絶好の昼寝日和だな」


 私、カーシャ・ロウルズは、このキニオスの町に最近配属されたばかりの新人衛兵だ。

 そして私以上にゆるい言葉を口走っている男性は、新人教育担当のアルロさんという先輩だった。


「門番なのに昼寝日和とか言っちゃだめですってばぁ〜」

「それならカーシャの話し方も門番らしくないだろ?」

「えぇ〜! これが私の話し方なんですよぉ? 今更直せませんっ!」


 この話し方だと大抵の男性はなんだかんだと言いながら、優しく接してくれるので楽なのだ。

 女性の前でもまぁ……似た話し方になっているかもしれない。

 私の本性を知っている友人には『見た目詐欺も程々に』と言われた事がある。

 今更直す気もないけれど。


 そんな考えに耽っているとアルロさんから呆れた声と共に仕事の情報が伝えられた。


「はいはい……。おっ? 冒険者様のお帰りだな」


 そう言われてアルロさんの視線を辿ると……精霊獣から降り立った2人の人物がこちらに向かって歩いてくる最中だった。


「おー早いな!」


 私の話し方が……とか言いながらアルロさんだってその話し方はどうなのかと問いたいが、先輩に向かってそんな事は言えないのでカーシャは目線だけ送っておいた。


 そんなアルロさんに話しかけられた2人の冒険者は笑いながら手を振っていた。


「アルロー! お疲れさんっ! もう終わっちまったよ。俺、必要なかった気がする……」

「アルロ、お疲れ様! サンが一緒だったから早かったんだよ! 魔法に巻き込まれないように仕留める方が早いからな」

「そんな毎度毎度巻き込まねーよ!」


 そんな軽口を言いながらカーシャ達の所までやってきたのは、サンと呼ばれる大柄な青年と小柄な少年だった。


「最初の冒険で痛い目を見たら、そりゃあずっと言われるだろ」

「あれは仕方なかったんだって!」


 アルロさんの言葉にサンさんは慌てて否定をしていた。


「俺は初めて命の危険を感じた」

「おい、カイル! 大袈裟に言い過ぎだぞ!?」


 この少年はカイルというのか。


 この時、カーシャは初めて彼の名前を知った。


 そしてまだ声変わりもしていない彼の声がサンさんにトドメを刺していたのを見て笑ってしまった。


「ふふっ。お2人とも仲が良いんですねぇ」


 その言葉に冒険者の2人はようやくカーシャというもう1人の人間がいた事を思い出してくれたようだった。


「おっ? 新人さん?」

「はい。カーシャと言います。よろしくお願いしますねぇ」

「途中まで普通に話せるんなら最後まで普通に話してくれよぉ……」


 この発言をした後、頭を抱えたアルロさんにカーシャを擁護する発言をした人物がいた。


「別に良いんじゃないか? 仕事さえしっかりしていればさ」


 少年から思わぬ言葉を告げられ、カーシャは少々驚いた。


「ありがとうございます〜。仕事はしっかりさせていただきますので、ご安心下さいっ!」

「それは助かる。俺はカイルっていうんだ。これからよろしくな、カーシャ」

「女の子はこれぐらいでいいんだよ。俺はサン。よろしくね、カーシャちゃん」

「あんまり甘やかさないでくれ……」


 こういったやり取りをしながら、今日も1日が終わる。

 いつもと何ら変わらない日常が突然終わる事なんてない。

 それくらいのどかな日々だった。



 この瞬間までは。



「ん……? なんだ?」


 アルロさんが呟きながら上を見上げた。

 つられて冒険者の2人もアルロさんの視線を辿る。

 カーシャだけが一瞬、見上げるのが遅れ、反応が遅くなった。


 そしてカーシャ以外の3人が突然動いた。


 理解が遅れたカーシャだけがその場に立ち尽くしていた。



 私だって訓練を積んだ衛兵だ。

 だけれど、場数が違った。


 一瞬の遅れが命取りになる事だってある。

 そんなのは——凶悪な魔物達を相手にしている時だけだと思っていた。



 そんな動けないカーシャを……優しい風がさらった。


 次の瞬間——


 ドゴォォォン!


 凄まじい轟音が響き渡り、砂ぼこりで視界が奪われる。

 何が起きたかわかっていないカーシャを守る風は更に加速し、気付けば町の中にいた。


「大丈夫か?」


 その声は先程の少年の声だと理解した時、カーシャはようやく動けるようになった。


「ありがとう……一体何が?」

「わからないが……空から急に攻撃してきた」

「魔物っ!?」

「いや、あれは……『人』だ」


 人?

 どうして?


 理解が追いつかないが、今は考えている暇はない。


「あいつら、門めがけて魔法を放ってきた。多分だが……城壁を壊すつもりだ」

「そんな!」

「俺達もなんとかしてみるが、カーシャはギルドから人を呼んできてくれ」

「わかった!」


 カイルから早口にそう告げられてカーシャはすぐに返事をして動いた。


 こうして私達はここで別れた。



 あの少年と別れた後、カーシャ達のいた城門は集中的に攻撃されたようで、その綻びから城壁はあっという間に崩れ落ちた。

 城壁が無くなればもう町全体を覆うように守る魔法もなく、空からの攻撃に普通に暮らす人々は逃げ惑った。


 すぐにギルドの職員や衛兵等と手分けしてそれぞれ近くの安全な場所へと住民の誘導が始まった。


 無事な人達を守りながらカーシャは近くの教会へ急ぐ。

 教会は守りの魔法を得意とする魔法使いが多数いる。

 だからとにかくそこまで誘導した。

 

 そして——逃げ惑う人々を安全な場所に誘導しながら、助けられなかった人達の姿を見つける。


 上半身が消え失せた人。

 瓦礫の下敷きになって血溜まりを描く人。

 逃げ遅れ、折り重なって動かなくなっている人達。


 人がまるで置き物の様に点在している凄惨な光景がどこまでも続いてた。


 いつもと変わらぬ今日を過ごしていた人達の変わり果てた姿に足を止めそうになる。

 しかし、そんな事をしても生き返る訳ではない。


 今は——生きている人を生かす事に専念しろ!!


 そう自分に言い聞かせながらカーシャは震える足をただひたすらに動かした。



 どれぐらい時間が経ったのだろうか?

 気付けば攻撃が止んでいた。


 そう気付いた時、カーシャは本来の持ち場まで急いだ。


 アルロさんは無事なのだろうか?

 先程知り合ったばかりの冒険者達は無事なのだろうか?


 そんな気持ちを胸にしまい込み、カーシャは魔法で飛び立った。

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