閑話 運命の日 後編【カーシャ視点】

 あの全てが一変した日からどれくらいの時が経ったのだろうか。

 修復作業に追われていたが、国からの通達はすぐに来たように思う。


 簡単に言うとこうだ。


 異世界の力に魅せられた研究者達が勝手に暴走した。

 これまで異世界の研究に力を入れていた現王にも責任があるとして、退任。

 今回の事を明るみに出した第3皇女を即位させる。


 そんな内容だった。


 まるで解決していない。

 だけれど……第3皇女は現王よりも聖なる力が強いと言われていた。

 何かしら動いてくれるはずだ。


 そんな淡い期待を抱かずにはいられなかった。

 

 そしてそんな知らせを受けた後、カイルさんはこの町に移り住んだように思う。

 記憶が定かではないのは、その後あまり町でカイルさんの姿を見かける事がなかったからだ。


 そして久々に姿を見せたカイルさんは、全身傷だらけだった。

 一体何があったらあんな風に傷がつくのか。


「あの……」


 言葉が勝手に出てしまった。

 私はなんて声を掛けようとしたのだろうか?


「……なんだ?」


 カーシャが戸惑っているうちに返事が返って来た。

 以前のカイルさんとは違う、とても冷たい声で。


「カイルさん……その怪我、どうしたんですか?」

「これは依頼をこなしただけだ」

「無理されては……いけませんよ?」

「治癒院で治してもらうから問題ない」


 そう言ってカイルさんは少しの血溜まりを残して去っていった。



 それから1年程経った頃だろうか。

 少しずつ平和な日々が戻ってきたように思えた。

 近隣の被害に遭った人々を迎え入れ、城壁は強固なものになり、皆が少しずつ笑顔を取り戻していった。


 カイルさんを除いて。


 カイルさんは相変わらず沢山の傷をつけながら帰ってくる。


「またですかぁ? いい加減、やめましょうよ〜」


 ずっと変わらないカイルさんに変わってほしくて、カーシャは話し方を元に戻した。


 感情を見せてほしい。

 怒ってもいい。

 呆れてもいい。

 笑ってくれるなら……それが1番嬉しい。


 けれど何も変化はなかった。

 それが1番辛かった。


「カーシャには関係ない」


 いつも言われる言葉に慣れる事なんてなくて……。

 でもカーシャも負けじと表情には出さないようにしていた。


「ひっどいですよ! 人がこんなに心配してるのに!」

「俺にはいらない。他の奴を心配してやれ」


 そんな日々が続いた。



 そこからまた1年。

 いつの間にか私を追い抜くぐらいにぐんと背が伸びたカイルさんは、もう殆ど怪我もせずに依頼をこなすようになっていた。

 たまに無茶をするカイルさんを、彼の周りの人間が嗜めているのを見回りの最中に見かける事はあった。


 声も低くなり、もう少年と呼べる風貌でもなくなったせいか密かに女性達から人気が出始めた。


 そして……仲の良い人達が側にいる時だけは微笑むようになっていた。


 しかし、無理に笑っているように見えるのは——私がそう見ようとしているからだろうか?

 ここまで彼の事ばかり観察している自分は一体なんなのだろうか?


 そう思いながらも、カイルさんを見掛ければ絶対に声をかける事は続けていた。



 そしてまた1年。


「カーシャ! カイルが親戚の女性を連れてきたぞ!」

「親戚……?」

「生きてたんだそうだ! 遠い親戚って言っていたけれど……生きてたんだよっ!!」


 そう報告ながら男泣きしているのはアルロさんだった。


「うそ……」


 信じられなかった。

 奇跡はあるんだと思った。


 それなのに意地の悪い私が顔を覗かせた。


 今更……?

 なんでもっと早く現れなかったの?

 彼が大変な時に——いなかったのはなぜ?


 なんでこんな事を思ったか、次の日に理由がわかった。



 カイルさんが女性を連れて外へ行ことしている事にも驚いだが、柔らかに微笑む彼を見て更に驚いた。


 きっとアルロさんの言っていた遠い親戚の人だろう。


 そう思いながらカイルさんの隣を歩く彼女を見た瞬間、心に疑惑と共に嫉妬が溢れた。


 全然似ていない。

 遠い親戚とはいえ、ここまで似ていないものなのだろうか?

 彼と妹はとてもそっくりだった。


 本当に親戚なのだろうか?


 そう思った瞬間、カーシャの口は勝手に言葉を発していた。


 ***


 今日の出来事を思い出しながらカーシャは胸が苦しくなった。


「自分の気持ちに気付くの遅過ぎ……」


 ため息混じりに呟くカーシャの声だけが部屋に小さく響く。


 保護者のような立場で見守っていたはずが、いつの間にか恋に落ちていたなんて可笑しくて笑えてくる。


 どんな目的があって今更行動を共にしているのか私にはわからないが……その結果が彼を傷付ける事になるなら許さない。

 親戚であろうと……親戚でなかろうと。

 きっとこの気持ちが変わる事はない。


「だから……手加減なんて、してやらないんだからねっ!」


 カーシャは表向きの話し方で自分の気持ちを気付かせてくれた少女に対して、言い聞かせるように声を張り上げた。

 そして更に大きな声で劣勢な自分に喝を入れるように、今日が終わるまでの過ごし方を宣言した。


「今日はやけ酒だーー!!」


 明日が非番のカーシャは弱気な気持ちを払拭させるように1人部屋で飲んだくれた結果……次の日盛大な二日酔いに悩まされたのであった。

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