第51話 偽らない感情

 魔物がいる森。


 どんな森なんだろうと思ったら、とても清々しい気持ちにさせてくれる森だった。

 木漏れ日も鳥達のさえずりも何もかもが穏やかな気分にさせてくれる。


「なんだか癒される……」


 はるかは思わずそんな言葉を口にした。


「普通の森だからな。危険な場所なら空気が違うからハルカでもわかるさ」

「そういう場所にはまだ連れて行かないでね……」

「当たり前だろ? いつかは行くかもな」

「げっ……!」


 カイルの返答にはるかは顔が引きつるのを感じながら、情けない声を漏らした。


「そんな声出すなよ。俺について来るんだろ?」


 ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべながらカイルにそう言われ、はるかはたじろぐ。


「い、いつかね!」

「はいはい」


 そんなはるかの様子を面白がるように、カイルは小さく笑いながら相槌を打っていた。


 先程の会話の後に、自然と沈黙が続いていた。

 けれど、それが心地良い沈黙だったのではるかは気にせず森の中を観察しながらカイルについて行く。


「着いたぞ」


 そう告げられてカイルの向こう側を覗き込めば……萌黄色の原っぱがはるか達を出迎えていた。


「ここ、本当に魔物がいるんだよね?」


 あまりにも穏やかな光景を目の当たりにしてはるかは思わず聞いてしまった。


「町の外ならどこだろうといるぞ? まぁ、俺がいるから大丈夫だ。とにかくハルカはこの薬草を探してくれ」


 そう言うとカイルは収納石から分厚い辞書みたいなものを取り出した。


「それは辞書?」

「よくわかったな。この厚さの記録石は辞書になるんだ。とりあえずハルカが探すのがこの薬草になる」


 カイルはそう言うと石の表面に指で何かを書き始めた。

 すると記録石に絵と文字が浮かび始めた。


「うわぁ〜! 便利だね!」


 まだ魔法や魔具に対して過剰に感動してしまうはるかに、カイルは苦笑混じりに注意を促してきた。


「ハルカ、何度も言うけれど驚く時は気をつけろよ?」

「あっ、ごめんごめん! カイルと2人だけの時にするね!」


 はるかの言葉にカイルの表情は柔らかくなった。


「まぁ……それならいいか。気持ちをありのままに表現するのは良い事だしな」


 穏やかな表情のままカイルはそう呟くと、改めてはるかに薬草の話を続けた。


「この薬草をよく覚えておけよ。自分で探し出せたら冒険者になれる」

「わかった。見ながら探してもいい?」

「もちろん、いいぞ」


 その言葉を聞いて早速探し出そうとしたはるかをカイルの言葉が止めた。


「ただし、探し方は『魔法』を使ってだ」


 その言葉ではるかは固まる。


 すっかり忘れていた。

 ここは魔法が存在する世界。

 自分も魔法が使える世界。


『初期魔法』


 その練習の為にはるかはここへ来た事を……今、思い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る