第50話 どんな過去も未来のために

 少しでも早く城門から遠ざかる為に、お互い無言で先を急ぐ。

 しばらくそうして歩いていたが、歩く速さを緩めたカイルから声をかけられた。


「ハルカ、正直に答えてくれ。何を言われた?」


 はるかは気付いていなかったが、顔色が優れなかった。

 何か別の事を言われたのは一目瞭然だった。


「えっ……。さっきの事、疑ってるの?」


 この言葉は考えがまとまらないはるかにとって精一杯の返事だった。


「他にも何か言われただろ? 何か言われても気にしなくていい。カーシャは特にクセがあるから気にするな」

「そう……なんだ。でもカイルを気遣ってくれているとは思うから、悪い人ではないよ」


 あの強い敵意の向こう側にはカイルに対して何か強い想いがあると感じ、はるかは自然とそう口に出していた。


「カーシャが? そんな事ないだろ。あんまり接点もないし、気遣われる理由がない」

「本当に? 何か忘れていない?」

「いや……何もないぞ?」


 カイルの不思議そうな様子にはるかは考えるのを一旦やめた。

 このやり取りで徐々に落ち着きを取り戻していきながら、考え方を変えてみる。


 今は考えても仕方ない。

 いろんな人がいて当たり前だ。

 

 そう考えれば決して解決にはならないが、ちゃんと前を向ける気がした。


「カイルの何もないは当てにならないから気にするのやめるね」

「ハルカ……物凄く失礼な事を言っているのに気がついていないのか?」

「えっ? 事実でしょ? でも……心配してくれてありがとう」

「少しは元気になったみたいだな。それならいいか」


 弱気になってしまった自分を隠すように強がりを言ってしまったが、ちゃんと感謝の言葉は伝えられた。

 そしてカイルはそれ以上何も言わず、はるかに合わせて歩みを進めた。


 ちらりと後ろを振り返る。


 そこには何にも動じなさそうな黒い城壁がはるか達を静かに見送っていた。


 そういえば——


「ちょっと聞いてもいい?」


 はるかは前を向き直し、カイルに質問をする。


「なんだ?」

「昨日、この城壁が要塞だって言った時、同意してくれたよね? 何か仕掛けがあるの?」

「あぁ……説明していなかったな。色々な町にそれぞれの特徴の城壁がある。この町、キニオスの城壁は特に護りの力が強い。あと反撃に関してもだ」

「反撃?」


 城壁が勝手に反撃するのだろうか?


 その事実が知りたくてはるかは聞き返した。


「ここは戦争に巻き込まれた人々が作り上げた町だ。だから今後また被害が出ないように今いる住人を守りたい、そして純粋な怒りの気持ちから城壁ができているそうだ。護りも強いが、受けた衝撃をそのまま相手に返す魔法が組み込まれている城壁に囲まれた町にもう誰も手出しはしてこないだろう」


 だから——こんなにもはっきりとした意志の色をしているんだろうな。


 カイルの言葉からはるかはそんな風に思えた。


「城壁にまで意志の力が働くんだね。みんなの想いで作られた城壁か……」

「住民の人柄が出やすいのが城壁かもな。だからか警戒心が強くなった住人達が、他から移住してくる人間に対して少し排他的ではあるな」

「そうかな? 全然排他的じゃない——」


 言いかけてやめた。


『何かを企んでいるのなら許さないから』


 カイルの説明で少しだけカーシャさんの言葉の意味が繋がった気がした。


「それは俺の親戚だからだ。商売の為にお客としてはもてなされるが、知り合いもいない、ただの冒険者なんかだったら居心地が悪いかったと思うぞ」


 カイルは、はるかが言いかけてやめた事に気付いていないようで話を続けていた。

 そんな気付かないカイルに感謝しつつ、はるかは相槌を打ってやり過ごした。



 しばらくして、目指していた森が近づいてきた。


「見えてきたな。今日の初仕事はあの森に入ってすぐの開けた場所での薬草探しだ。ここの魔物は比較的穏やかな部類だが、最近数が増えてきているそうだ。一応気にかけておいてくれ」

「うん。わかった!」


 そう言われてはるかは自身の武器となる腰の装飾品にそっと触れる。


 遂に冒険者としてのお仕事開始だ……!


 色々な想いを胸に、はるかは目の前の森へと歩みを進めた。

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