第47話 何度でも思い出す想い

「少し名残惜しいがそろそろ切り上げるかの。今日の初仕事が待っているじゃろ。支払いはどうしようかの、ハルカさん?」


 武器についてのあれこれに夢中になり、はるかはすっかり初仕事の事を忘れていた。


「言われるまですっかり忘れていました!」

「楽しめたみたいでよかったな。支払いは俺がする」


 カイルにそう言われてはるかは慌てて声をかける。


「あっ! 待って!!」


 カイルの気持ちは本当に嬉しい。

 しかし自分を選んでくれたこの子の為に私も支払いたい。


 そう思い、急いでカイルを止めた。


「どうした?」


 不思議そうなカイルがはるかを見つめてくる。


「この子の為に私も支払いたい。今は無理でも少しずつ支払う事はできますか?」

「もちろんできる。もし無理ならカイルから貰うから気にする事はないからの」


 セドリックさんは頷き、チラリとカイルを見ながらそう答えた。

 そんな視線を受けたカイルも頷く。


「俺も気にしない。無理なら俺が出す。だけどハルカの気持ちが1番大事だ。半分は俺が出す。あとの半分はハルカに任せる。それでいいか?」

「ありがとう!」



「何かなくともまた来ていいからの。今日の冒険者としての1歩を大切にするんじゃよ」


 私達を送り出しながら励ましの言葉をかけてくれるセドリックさんにはるかは元気よく返事をする。


「はい! またすぐ来ます。行ってきます!」

「行っておいで。無事を祈る。まぁカイルがいるなら大丈夫じゃろ」


 その言葉にカイルは表情を変えずに返事をする。


「何かあっても俺がいるから大丈夫だ。世話になったな」

「お前さんもこれからはあんまり無茶はしない事じゃ。ではの」


 最後はカイルへの気遣いの言葉も口にしたセドリックさんに、はるかは手を振りながら店を後にした。



 しばらく歩いていたら、カイルが急に歩みを止めた。


「何か、買い忘れた?」


 はるかは不思議に思い、声をかけた。


 するとカイルは自身の収納石だと思われる若草色の装飾品にそっと触れた。

 そしてそこから現れたものは——昨晩はるかが染め上げた黒い花だった。


「あっ! その花カイルが持っててくれたの?」


 昨日は酔ってしまい、黒い花はどうなっていたのか気にはなってた。


 はるかは尋ねるタイミングを逃していたが、目の前に姿を現してくれたのでほっと一安心していた。


「あぁ。収納石を買ったら渡そうと思っていて、今思い出した。その石に預ける、と思いながら触れさすといい」

「ありがとう! よし、やってみるね!」


 この花をお願いね?


 そう思いながらはるかが石の装飾にそっと花を触れさすと、音もなく吸い込まれるように消えていった。


「魔法って本当に凄いね……」

「ハルカ、あまり外ではそういう事言うなよ?」

「あっ! 気を付ける!」


 みんな魔法が使える世界なのに、うっかり変な事を言ってしまった自分にはるかは慌てた。


「今は周りに人がいなかったからいいけどな。あと、取り出す時は取り出したい物をイメージしながら触ると取り出せる。もし何を入れたか分からなくなったら、全て出てこいと思えば全部出てくるからな」

「わかった! これも魔具なんだよね? 魔具って凄いね」

「そうだな。魔具を作る職人達がいなかったら存在しない物だ。大切にな」


 そう言うとカイルはまたゆっくりと歩き始めた。

 その歩みにつられてはるかも歩き出す。


「そういえばルチルさんからカイルは収納魔法が得意って聞いたんだけど、収納石とはまた別なの?」

「なんて言えばいいのか……。収納石は使う。簡単に言うと保管場所のイメージがはっきりしないと数が限られる。イメージがはっきりすると通常より保管できる、って感じだな」


 カイルは悩みながらもそんな返事を返してきた。


「部屋の片付けと一緒?」

「あぁ、そんな感じだな。昔からそう教えられてきたから得意ってだけだ」

「じゃあカイルの家族も得意だったんだね」


 教えられてきたって事はみんな片付け上手なんだろうな、なんて考えからのはるかの問いかけにカイルは一瞬だけ立ち止まる。


「そうだな……一族の本業がそういった事を得意としていたんだ。それに俺よりも……妹の方がそういった事は得意だったな」


 本業?


 それはどんな職なのだろうと気になったが、カイルの表情を見てそんな考えが消えた。


 見つめる先のカイルの瞳はどこか哀しげで——光を失い、吸い込まれるような深い色を湛えていた。


「ごめん……遠慮なく聞きすぎたよね」

「いや、気にしなくていい。少し懐かしくなっただけだ」

「あのさ……カイルさえ良ければ……また話を聞かせてくれる?」

「俺の話を? なんにも面白くないぞ?」


 はるかの言葉を聞いたカイルは少し驚いた様子だった。


「そんな事ないよ? 私はカイルの話が聞けるのが嬉しい。私の家族の話もいつか聞いてね」

「それはいつでも聞いてやる。遠慮せず話せ」

「ほら! そうやって即答できるなら私の気持ちもわかるでしょ?」


 可笑しくてはるかは小さい笑い声を上げた。


「あぁ……なるほどな。じゃあまた何か話したくなったら話す。ハルカも話したくなったら話せ」

「楽しみにしてるね!」

「まぁ、今は依頼の事に集中しよう。とりあえずさっきの説明の続きでもするか」

「はーい」


 そう言うと2人はゆっくりと歩き出した。



 心の傷はそう簡単に癒える事はない。

 癒されない傷を隠せば隠すほどに、傷口は広がっていくものだと私は思う。

 私もカイルと出会わなければ、きっと両親との別れは乗り越えられない心の傷になっていたと思う。


 この世界に来たきっかけを私が話した夜に一瞬カイルから感じた別の『何か』。

 それはその傷を隠す為のカイルの悲しい決意の感情だった事を——この時の私はまだ知らないでいた。

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