第26話 秘密の夜
カイルは過去にサンから何か被害を受けたようで、苦い顔を浮かべていた。
そしてその気まずい空気を打ち消すようにカイルが違う話題を振ってきた。
「ハルカはまだ、食欲はあるか?」
そう聞かれ、はるかはまだ自分のお腹に余裕がある事に気付いた。
「うん。軽くなら食べられるよ」
「よし、それなら少し待っててくれ」
カイルはそう言い残してすぐさま部屋から出て行った。
今って何時ぐらいなんだろう?
はるかは窓にそっと近づいて外を眺めてみた。
暗い夜空に星々が力強く輝いている。
下を見てみれば、まだ人がまばらに歩いているのが見えた。
遅い時間である事は間違いないが、それ以上の事はわからない。
少しの間、何も考えずにただひたすら夜空を眺めた。
そうでもしないとまた『あの日』を思い出してしまいそうで怖かった。
どれくらいの時間をかけてこの世界に転生したのかは、わからない。
けれど『あの日』は私にとってほんの数時間前の出来事に変わりはないんだ。
「だめだめ。今は考えちゃだめ」
先程涙していたからか、また勝手に涙が溢れそうになった。
そんな時、扉が開く音がした。
その音に慌ててはるかは涙を拭う。
「待たせたな!」
元気な声に振り向けば、可愛らしいケーキドームを被せたケーキスタンドを持ったカイルが部屋に入ってくるところだった。
「わぁ……!」
憂鬱な気分を薄れさせてくれる程の可愛らしいお菓子達を目の前にして、はるかは少しだけ元気になった気がした。
「ルチルがさっき約束した『甘いもの』を用意していたんだ。あと酔い覚ましのハーブティーも準備してもらったから、少しでも飲んでおけ」
カイルはそう言いながら、テーブルに素早くお菓子やお茶を並べ始めた。
「……ありがとう」
カイルやルチルさんの気持ちが嬉しくて、なんだか泣きそうになった。
だから……お礼の一言を伝えるだけで精一杯になってしまった。
「何があった?」
カイルは何かに気が付いたような顔でこちら見つめながら、とても優しい声で話しかけてきた。
心配をかけたくなかったのに、気が付かせてしまった事を少しだけ後悔する。
でも同時に、気付いてくれた事が嬉しくもなった。
カイルは優しいから私を心配して、なるべくそういう声で話しかけてくれているんだろうな。
彼には……1番最初に『あの日』の事を説明しないといけない。
はるかはそう決心し、秘密の共有者である目の前のカイルをしっかりと見つめながら……ゆっくりと言葉を吐き出した。
「今ね、両親の夢を見ていたの」
声が微かに震える。
カイルはそんなはるかの次の言葉を静かに待っていてくれた。
「私ね、両親が……殺されて、その時の両親の『願い』で異世界に来たんだ」
今思えばその言葉を告げた時のカイルの表情の変化を、もっとちゃんと見ておくべきだった。
この時の私は驚きの表情の中に一瞬だけ別の『何か』がその表情に混ざったような気がしただけだった。
その変化を尋ねるだけの心の余裕があればよかったと、後悔する日もあった。
それでも、私はこの日を忘れない。
私の心がカイルに救われた事は紛れもない真実だったから。
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