第25話 ここが私の現実

 酔ったまま意識を失うように眠ったはるかはある夢を見ていた。



 この心地良さ……とても懐かしい。


 あぁ、なんだ。

 お父さんに抱っこされているのか。

 横を歩くお母さんと目が合うと、いつも通りの優しい笑顔を向けてくれる。


 なんだ……『あの日』はやっぱり夢だったんだ——。


 幼き姿のはるかがそう考えた瞬間、夢は前触れもなく終わりを告げた。



 ここは……?


 はるかは体を起こしながら周りを見回す。


 小さな明かりが照らす薄暗い部屋。

 今いる場所は、柔らかなベッドの上。


 少しだけ考えて、ようやくここがはるか達が泊まっている宿の部屋だと理解した。

 そして顔に違和感を覚え、そっと手で触れてみる。

 気付けば涙が溢れていた。


「なんで夢なのかな……」


 現実なら良かったのに。


 そんな事を考えながら無理やり涙を拭う。


 今、この部屋にいるのは私1人みたいだ。

 別に、泣いていてもいい。

 だけど……泣いていたらきっと心配をかけてしまう。


 そう思って思い浮かべた人物は両親と……数時間前に出会った青年の姿だった。


「なんで……カイル?」


 驚きで声が漏れた。


 両親と一緒に思い出すなんて……。

 なんで私はそんなに彼が気になるのだろうか?


 そんな事を考えようとしていた瞬間——


「具合はどうだ? まだどこか変な感じはするか?」


 急に扉が開いたと思ったら、その青年が目の前に現れた。


 なんでこんなタイミングで……?


 はるかは少し、奇妙に思った。


「ん? だいぶマシに見えるが、何か気になるのか?」


 私ってそんなに考えてる事、わかりやすいのかなぁ。


 カイルの質問にそんな事を思いながらもはるかは違和感について聞いてみる。


「私、酔っちゃったの? 全然覚えてなくて……。あとよく私が起きたの、わかったね?」


 奇妙に思った事、それはカイルの話しかけ方だった。

 タイミングを考えてもあれは『起きている』人間に対しての接し方だと思った。


「いきなり酔ったんだ。酔っぱらったハルカを寝かせておくにしても、何かあったらすぐわかるように『探知』と『罠』の魔法をかけておいたから気付けたんだ」


 カイルは簡単に説明してくれたが、それだけで様々な気遣いを感じた。


「魔法って本当に凄いんだね。そこまでしてくれてありがとう」

「いや、こっちこそ悪かった。今度から酒は程々にしような」

「うん、そうする。そういえば……サンは?」


 先程まで一緒にいたもう1人の青年はどうしているのだろうか?


 食事の途中で酔ってしまって迷惑をかけた罪悪感からはるかは尋ねた。


「もうだいぶ遅い時間だから俺がここに来る時に解散した。サンはサンで明日から長期の仕事に出るからまた今度なって言ってたぞ」

「うそっ!? ちゃんとお別れ言いたかったな……」


 自己嫌悪に陥りそうになっているはるかにカイルの優しい声が聞こえてきた。


「別に一生の別れでもないし、また今度会えた時にでもちゃんと話しておけばいいさ」

「でも……」


 一生の別れになる事だってあるのに。


 先程の夢の影響か、そんな事を考えてしまう。

 いや……今は考えるのをやめよう。


 その考えを頭の中から追い払うように軽く頭を振って、はるかは言葉を紡ぎ直す。


「そうだよね……。きっとまた、会えるもんね」

「サンはしぶといから大丈夫だ。大丈夫じゃないのは今回の仕事仲間の方だな」


 至極真面目に不思議な事を告げたカイルの言葉を、はるかは少しだけ考える。


「どうして?」

「あー……あいつの得意魔法は『広範囲』だからな。周りの人間が巻き込まれる事がある」

「巻き込まれるって……」

「いつか一緒に旅に出る事もあるかもしれないが、その時に嫌でもわかる」


 どこか遠い目をしながらそれ以上の説明を放棄したカイルの姿を見つめながら、はるかは苦笑いするしかなかった。

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