第18話 喧騒の中で……

 酒場で出会った青年とはるかが一通りの挨拶を済ませた後、カイルが改めてサンさんに話しかけていた。


「で、何があった?」

「昼過ぎにAA級の冒険者達が遠征から帰ってきたんだが、帰還途中でどえらい獲物を仕留めたんだとよ。で、大きすぎるからって自分が世話になっているこの宿に残りを持ち込んでくれたお陰で、この大騒ぎだ!」


 少し興奮気味に話すサンさんは弾んだ声で教えてくれた。


 昼過ぎってきっと私が説教されていた時だな……。


 その時の事を思い出してはるかは内心げんなりした。


「AA級の連中が帰ってきたのか。普通ならそれだけでも騒がしいのにそんな土産まであったらお祭り騒ぎだな」


 苦笑しながらそう答えたカイルだったが、表情を見てみると嫌なわけではなさそうだった。

 そして彼は続け様にこう言った。


「しかもこの宿に世話になっている奴といえば——」


「「アルーシャ!」」


 2人は悪戯が成功した子供みたいに笑い出した。


「あいつ本当に食うの好きだよな」


 カイルが呆れたように笑いながらそう言っていた。


「奥さんの手料理に手懐けられた英雄様だぞ? そりゃ心の底から食べる事しか考えてねぇんじゃねーか?」


 対してサンさんも少しだけ意地の悪い笑みを浮かべながら、そうカイルに答えていた。


「誰もあの『氷の王子様』を射止められなかったのに、胃袋を射止めた奥さんが凄すぎるんだと思うぞ」


 カイルもサンさんの意見に同意するような返事をすると、すぐさま返事を返されていた。


「遠征後だから付き合いでここにいるんだろうが、本心は早く帰りたいだろうよ」


 サンさんがアルーシャさんという冒険者の心境を語り、話に花を咲かせ続ける2人にはるかはどう声をかけようか迷っていた。


「じゃあ今回の獲物はかなり『美味い』獲物だろうからいくつか注文してくるか」


 そしていきなりはるかを見てカイルは質問をしてきた。


「苦手なものはあるか?」

「特にないよ。なんでも食べられる」


 ちょっとびっくりしたがすぐ答えられた。


 私、忘れられてなかったんだ。


 そんな事を考えたはるかは少しほっとしていた。


「今日はめでたい日だから沢山食べてくれよ?」


 そう言うとカイルは人波を縫うように歩いて行ってしまった。


 必然的に初対面のサンさんと2人きりになったはるかは緊張していた。

 そんなはるかに向かってサンさんは小声で話しかけてきた。


「悪りぃな。ハルカちゃんにはわからない話だったよな?」

「いや、楽しそうだったのでいいんです」


 そう、別に知らない話が嫌な訳ではない。

 少しだけ寂しくなってしまっただけで……。


「そっか? 寂しいって顔、してたぞ?」


 色気の漂う顔でにやりと薄く笑いながら呟かれ、はるかはちょっと面食らった。


「気を遣わせてしまってすみません……」


 初対面の人に表情を読まれてしまうなんて……今までの私では考えられない事だ。


 そう思うはるかは申し訳なさで謝った。


「いや! 謝ってほしいんじゃなくて、楽しんでほしいの! 逆、逆!」


 サンさんは驚いた顔で少し早口にそう言い切ると、咳払いをしてから改めて話し出した。


「思ってる事は隠さなくていいんだ。少なくともそんな寂しそうな顔するぐらいなら何でも話しかけてくれ。俺もカイルもそっちの方が気が楽だ。でも、今回は俺らが悪かったな」


 柔らかい笑みを浮かべながらそう話すサンは、なんだか面倒見の良いお兄ちゃんのようにはるかには見えていた。


「ありがとう、サンさん」

「呼び捨てでいいから。『サンサン』みたいなあだ名で呼ばれてる気がするから」


 目の前のサンは、見た目は大柄な大人の色気を振りまく浅黒い肌の色の青年だ。

 垂れ目がどうにも色っぽい。

 髪は黒紅色でとても長いのだが、それを腰辺りで緩く結んでいる。


 服装は白のゆったりとした7部丈のシャツを胸元まではだけさせ、その上からその胸元に沿うような形の袖なしの黒のベストを重ね着している。

 背中の裾だけが膝丈までの長さで三叉に分かれているのだが、縁だけが綺麗な金の刺繍を施されているのが目を惹く。

 そして深いワインレッド色のズボンに白いシャツをしまっているのだが、その腰回りには頑丈そうな黒いベルトで固定された大きめな剣が顔を覗かせていた。


 全体を見ても『サンサン』という子供っぽいあだ名とは程遠い存在に、はるかは思わず笑ってしまった。


「確かにそんなあだ名は似合いませんね」

「いや〜、ハルカちゃんが笑ってくれるなら、いくらでも呼ばれていいんだけどね?」 


 サンもそう言って笑いながらはるかに答えてくれたのだが、不意に寂しげに顔を曇らせた。


「もしかしてだけどさ、あいつから境遇とか……まだ聞いてない?」


 遠くにいるカイルを眺めながらサンは呟く。

 目線の先のカイルは誰かと楽しそうに話し込んでいる。


「まだ何も。さっき私が生きているのが奇跡だって言いましたよね?」


 はるかはずっと気になっていた事を口にした。


「あー……、ごめん。あいつより先に話しちゃだめだよな。多分そのうち話してくるだろうけど……あいつの身内は戦争に巻き込まれてんだ」


 思いもよらない事実にはるかはただただ驚く事しか出来なかった。


 お互いにそっと囁き合うように話しているはるか達の空間だけが……目の前の喧騒を遮断したかのような静けさに包まれていた。

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