第19話 優しさの行方

 相変わらず騒がしい酒場の中で、はるかはカイルの家族が戦争に巻き込まれていた事実を知り、驚きながらもどこか納得していた自分を見つける。


 あぁ……やっぱり。

 戦争なんて想像はしていなかったけれど、カイルの家族には何かあったんだなって何となく思ってた。

 初めに会った門番さん、そしてサン。

 2人とも全然違う人間なのに、同じ表情を浮かべて私を見ている。

『カイルの遠い親戚のハルカ』をどんな想いで見つめているのだろう。


 そう考えていたはるかは沈黙したまま、返事をする事が出来ずにいた。


「ハルカちゃんもこれまで色々あったんだろ? なのにいきなりこんな話を聞かせちまって悪かったな」


 サンに突然謝られ、はるかは我に返る。


「あっ、ううん! 少しびっくりしただけで……。私の方こそこんな事聞いてごめんなさい。でも教えてくれてありがとうございます」

「そりゃ驚くよな。まぁ、今はただ側にいてやってくれ。あいつはあの時から変わっちまった。なのに俺は何もしてやれないんだ」


 一瞬、何かを思い出したのか、サンは苦い表情を浮かべるとグラスに入っていたお酒を一気に飲み干した。


「こんな事言った後だが、ハルカちゃんにはハルカちゃんの人生もあるし、酔っぱらいの戯言として聞き流してくれてもいいからな」


 サンはそう呟くと、また先程と同じ大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。



 カイルはいろんな冒険者に捕まりながら注文をしに行ったようで、なかなか帰ってこなかった。

 その間にサンの得意な魔法は炎の広範囲魔法だという事を教えてもらった。

 剣はカイルの方が得意な事。

 ここの宿は高いのと、家も近くなので今日はご飯だけ食べに来ている事。

 6人兄弟の長男で現在24歳だという事。


 そんな当たり障りのない会話を楽しんでいた時、カイルはひょっこり帰ってきた。


「おっ? 楽しそうだな?」


 カイルはご機嫌にそう言うと深い琥珀色の液体の入った瓶とグラスをテーブルに置いた。

 細長くて蓋が花びらみたいに綺麗な瓶を見て、サンは驚きの声を上げていた。


「カイル……お前……ちゃんと女の子の好きそうな酒とか選べたんだな!」

「サン……いつも失礼な奴だと思っていたけれど、今日は失礼すぎだぞ!」


 サンの言葉に色白のカイルの頬が怒りで薄ら染まっていた。


「おぉ……悪りぃ。でもよく知ってたな、そんな洒落た酒」


 まじまじと酒瓶を見つめながらサンは不思議そうにカイルに尋ねていた。


「あぁ、途中でアルーシャと話したから女には何がオススメかを聞いたらこれを教えてくれたんだ」

「なるほど、納得したわ」


 そう説明するカイルがどこか違う所を見つめながら軽く手を上げたので、はるかもその視線を辿ると、遠目に手を振る人物が見えた。


「あいつさ、薄暗い酒場なのになんであんなに目立つんだ?」


 サンが半ば呆れたようにそう呟いた。


「アルーシャだからな。目立つなっていうのが無理な話だ」


 カイルの言葉で手を振る人物がアルーシャさんだとわかったのだが、はるかは薄暗さの中、なんとなくキラキラと輝いているような人だという事だけは確認できた。

 そして一応頭だけは軽く下げて挨拶をしてみたら、お返しにウインクをいただいた。


「おい、あいつ、あんな事平気でやるから王子様なんて言われんだろ。ハルカちゃん、目の毒だからあんまり見ちゃいけません」


 サンにふざけた口調で注意をされ、はるかは不思議に思いながらもアルーシャさんから視線を外した。


「まぁ、アルーシャはあれで天然だから仕方ないだろ。それにハルカの喜びそうなこの酒も教えてくれた事だし、食に関しては有り難い存在だよな」


 カイルのその言葉にはるかは戸惑う。


 私、お酒飲んだ事ないんだけど……。


 はるかは現在17歳。

 3年後にここにいたら少しはお酒の味も知っていたかもしれない。


 お洒落なお酒を私の為に用意してくれて嬉しいけれど、無理して飲んだらどうなるかわかんないし。

 ……ここは正直に言おう。


 意を決してはるかはカイルを見つめた。


「難しい顔してるぞ?」


 カイルからそう問われ、はるかは自分の伝えたい事を言葉にする。


「まずは素敵なお酒をありがとう。だけどね私、お酒って……飲んだ事ないの……」


 最後は弱々しくなってしまったけれど、ちゃんと伝えられた事にはるかは少しだけ安堵する。


 日本にいた時の私なら人の顔色を見て、空気を読んで、こんな事は絶対に言えなかったはず。



『はるかはさ、私が考えている事を言わなくてもわかってくれるから一緒にいると安心するんだよね〜』

『そうかな? そんな事ないと思うよ?』

『無自覚なのがびっくりだけどね。これが計算された性格だったら、私は泣く』

『あはは。大袈裟だなぁ』



『その人その人に合わせてはるかは言葉を選んでくれてるけれど……もっと自分の考えを言ってもいいんだよ?』

『言ってるから大丈夫だよ。でもこうやって気にかけてくれるから他の子よりは本音で話してるかも』

『はるかにそんな事言ってもらえて私は嬉しいぞー!』

『ふふっ、これからもどんどん頼っちゃうね』



 ふと、もう会えなくなってしまった友人達との会話を思い出した。

 どんな人にも好かれる為に、無理に八方美人でいた時の自分を思い出して胸が苦しくなる。


「飲んだ事がないのか。じゃあ少しだけ飲んでみるか? 今日は珍しい果実水もあったからまずはそっちを頼んでくる」


 そんな感傷に浸っていたはるかをカイルの声が現実に引き戻した。

 そしてそんな彼を見てみると、既に足早に注文へと向かっていた。


「おぉっ、カイルが出来る男をしてやがる」


 サンは心の底からの驚きを隠せなかったように、またもそんな失礼な事を呟いていた。

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