第16話 魔力強化は地道な作業

 ずっと机に向かってこちらの世界の『ハルカ』という文字を書いていたはるかだったが、軽いめまいを感じた。


 カイルから長い説教を受けていたから疲れちゃったのかも。

 それに自分の知らない文字をひたすら書き続けたから、かな?

 あとは……環境が目まぐるしく変わったのが1番の原因かもしれない。


 そう考えたはるかは文字を書く手を止めた。


「そろそろ疲れてきたか?」


 カイルはいつの間にか本を取り出し、読みながら待っていてくれたようだった。

 そしてその本を腰の装飾品にしまいながら、呟くように声をかけてきた。


「なんだか急に疲れちゃって……」

「魔法も同時に使っているから通常よりも疲れるはずだ。それにしても凄い集中力だったな」


 ん?

 魔法? 


「あれ? 私、魔法なんて使ってた?」


 はるかは不思議に思ってカイルに尋ねた。


「さっき説明しただろ? 魔法の練習になるって。その筆記具は魔力を使って書ける仕組みで、書く時は魔法を使って書いているし、消す時も魔法だからな」

「あっ!」


 カイルの言葉を理解したはるかは小さな声を上げた。


 そう言えばそんな説明……していたね。

 私、『文字を書く』事に気を取られて忘れてたよ……。

 ってか魔法使えてるし!

 それにペンまで魔法なの!?


 そんな事を考えながらはるかは両手で顔を覆った。


「どうした?」


 カイルに話しかけられたけれど、悲しい気持ちが晴れないはるかは手を顔からどけないまま、返事をする。


「あのね……初めて魔法を使えた感動をし損ねたなぁって思って……」

「じゃあ今、感動しておけ」


 カイルの楽しそうな笑い声が聞こえたと思ったら、すかさずそうつっこまれた。


「そんな簡単に感動なんてできないでしょ! あぁ、私のばかぁ……」


 顔から手をどけ、笑うカイルを真っ直ぐに見つめながらはるかは大きな声を出していた。

 しかし、また気落ちし始めたせいで最後の言葉は小さくなっていく。


「この世界の魔法は、ハルカにとっての『キカイ』みたいなもので、当たり前に生活に組み込まれているしな。ハルカだけの『魔法』に出会えた時の為にその感動は残しておけばいい」


 カイルは相変わらず笑ってはいたけれど、かけてくれた言葉は優しいものだった。


「そうだね。私だけの『魔法』に出会える時を楽しみに、頑張ってみる。ありがとう、カイル」


 カイルの言葉で元気を取り戻したはるかは素直にお礼を伝えた。


「おっ? 少しは元気になったみたいだな。とりあえず文字を書く練習は一旦終わりにしよう」

「はーい」


 そう返事をして、はるかは椅子から立ち上がると軽く伸びをした。


「ちなみに魔法は使えば使う程『魔力』が鍛えられていくからたくさん使え」


 はるかに続くように立ち上がったカイルからそう助言を受け、頷きながらも質問をする。


「わかった。さっきの文字を書く事も含まれるの?」

「もちろんだ。生活に組み込まれている魔法をとにかく使え。使う魔法の精度も上がるし、使える回数も増える」

「凄い地道な作業で強化できるんだね」


 はるかは感心しながらも、そう答えた。


「子供のうちからそうやって積み重ねていくものだから魔力強化は苦じゃないが、ハルカは違う。だからとにかく使って、疲れたらすぐに休め」


 そしてカイルはにっと笑ってこう言った。


「腹も減っただろ? さぁ、飯の時間だ!」


 そう言われて窓に目を向けてみると、もう夕暮れ時だった。

 外はいつの間にか暖かで綺麗な薄紅色に染まりつつある。


 はるかにとってもカイルにとっても色々あった1日が終わりを迎えようとしていた。

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