第15話 文字を書こう!

 私は今、居心地の良い部屋で居心地の悪くなるような説教を長時間されている。

 椅子に座らせてくれているのがせめてもの救いだよね……。

 正直に想像した魔法が全てを破壊する黒魔法とか言わなければよかった。


 そう考えるはるかにカイルは長い時間立っているにも関わらず、真剣に説明という名の説教を続けていた。


 イメージがしっかりしていればしている程、どんな『言葉』にも魔力が宿る事。

 魔力を大量に消費する魔法は周りの人間にもなんとなく伝わる事。

 あんまり大層な魔法を使うと自分の命を削る事。


 そんな事を淡々と語るカイルをはるかは有り難く思いながらも、少しうんざりしながら見つめていた。


「わかったか? もう2度と同じ説明はしないからな?」


 不意に説教が終わりを迎え、はるかは机に突っ伏しながら呻いた。


「うぅ……本当にごめんなさい」

「よし、いいだろう。『かっこいいから!』で試されたら俺の身がもたないからな」


 そう言うカイルをはるかは机から顔を上げて見上げてみると……とても満足した表情を浮かべていた姿が目に入った。


「さて、本題だ」


 改めてそう言うと、カイルは先程ギルドで収納したメモ用紙を取り出してきた。

 そして薄緑色の透明なペンとノートみたいな物も続けて取り出す。

 どうやら腰のベルトにある装飾品がカバンの代わりらしく、そこから次々と道具が出てくるのが見えた。


「これがハルカの世界の文字なんだな?」


 そう言ってこちらに見せてきたのは『はるか』と書かれたメモ用紙だった。


「そうだよ。色々な文字を組み合わせて名前を書くんだけれど、それはひらがなだよ」

「色々な文字? ヒラガナ?」


 カイルはそう言って首を傾げながら薄緑色のペンをこちらに渡してきた。


「ちょっとこのメモ用紙に書いてもらえるか?」

「わかった。私の名前を全部書くと漢字とひらがなを使うんだ。『天崎はるか』、これが私のフルネームだよ」


 カイルは無言で書かれた文字をじっと見つめていたが、急に顔を上げてこちらを見てきた。


「これ貰っていいか?」

「えっ? 欲しいの?」


 何を考えているんだろう? と思っていたら、欲しいと言われて少しだけ驚いた。


「ハルカの正式な名前だから嫌ならいいんだ。でもな……異世界の名前なんてそうそう見られないから記念に欲しいんだ」


 カイルでもそんな事思うんだ!


 あんまりそういう事には興味がないのかと思っていたが、よくよく考えると異世界の話にはかなり興味を示してくれていた事を思い出し、はるかは頬が緩むのを感じた。


「私が逆の立場でもきっとそう思うからあげる! 無くさないでね?」

「本当かっ! ありがとうな! これを無くしたら大変な事になる。だから大切に保管しておくな」


 そう言うとカイルはすぐさま腰の装飾品に収納していた。


「お礼にこの世界の文字をしっかり教えるからな!」


 眩しい笑顔をこちらに向けながら微笑むカイルを見て、はるかはようやく思い出した。


 そうだった……。

 私がこの世界の文字を書けない事、うっかり忘れていた。

 とても嬉しい提案なんだけれどね……。


 そんな事を考えていても解決するわけではないので、やるべき事はやらねば、とはるかは腹を括った。


「とりあえず名前からでも大丈夫?」

「最悪、名前だけでもいいから書いて覚えてくれ」


 そう言ってカイルが差し出してきたのはノートみたいな物だった。

 そして触ってみるとかなり硬い事に気が付いた。


「あれ? これって石?」

「そうだ。記録石きろくせきといってその筆記具を使って魔法で書いて魔法で消す事ができる。ハルカには良い練習になるはずだ」

「どっちも魔法を使うんだ! 便利だね! カイルは使わないの?」


 初めて触れる魔法道具にはるかのテンションが高くなる。


「仕事の依頼があった時には軽く書き留めているが、今は依頼もないから好きに使ってくれ」

「ありがとう!」


 嬉しくてお礼を言った後、はるかは改めてペンとノートを眺めていた。

 

「ちゃんと名前が書けるようになったらハルカの分の記録石も買いに行こうな」

「いいの!? 嬉しすぎる!」

「あった方が便利だろ? 魔法を使う事も続けた方がいいからな」


 カイルの思わぬ提案に、はるかのやる気に火がついた。



 そこからはカイルの書いてくれたお手本とにらめっこをしながら、はるかはひたすら名前を書く練習を続けていた。

 文字を消す時は『消す』と思って手のひらでなぞると消えるとカイルから教えられていたので、その通りやってみた。


 おぉ……本当に消えた!


 その事に浮かれながらも、やはりこちらの世界の文字は記号にしか見えない、と思うはるかは苦戦しながら書き続けていた。

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