track4:Shooting Star
宮下礼菜①
キュルッと靴底をこする。左足軸に後ろへターン。床を叩くボールが前へ前へと走る。
先へ、もっと先――あぁ、でも追いつかれる。ディフェンスが伸ばす手を背中から感じる。ゴールよりもちょっと遠い、けど……
止まって、狙って、シュート。それは流れ星のような弧を描いて、飛ぶ。両手で弾くように飛ばしたボールが伸びて伸びて――ストン、ときれいにゴールへ吸い込まれる。
得意なロングシュート、決まった。
体育館が熱気で包まれて歓声に湧く。
「
チームメイトとハイタッチしながらゴール下へ走る。観戦席に目をむけると、そこにいたチビが鋭い目を珍しくまんまるにかっ開いていた。視線がぶつかると、チビはニッカリと笑った。
なんだよ、あいつ。笑えるじゃん。いつもはぶすっとしてるくせに。
それからは試合に集中していて、あいつがどんな顔で私のプレーを見ていたのかは知らない。でも、終わった後に「お前のシュートすげぇな!」と興奮気味に生意気言うから、イガグリ頭を激しくなでてやった。
ふたつ下の男子、
ミニバスケットのチームは男子と女子で分かれているけど、練習はいつも一緒だから学校が終わった後によく一緒に市民体育館へ行っていた。めいっぱい練習をした後、帰りも達海と並んで歩く。
私はお姉さんなので、このチビよりも数倍背が高い。夕焼けに伸びる影も私の方が大きい。
「なぁ、ライナ」
「んー?」
「オレもお前みたいにロングシュート決めたい」
帰り道にボソボソと達海が言う。私は鼻で笑い飛ばした。
「はぁ? 達海には無理でしょ。それに、背伸びなかったらいよいよポイントガードに回されるよ……あ、でもなぁ」
「オレにボール運びをまかせたらダメだ」
さすが、よく分かってらっしゃる。
「そうだよねぇ。達海ってば、一人で突っ走るから」
ゴール下から決めたとしても、フリーじゃなきゃ点は入らない。足は速いけど、やっぱり上級生プレーヤーに敵わないから追いつかれちゃうし。かと言って、周りを見てないから誰にもパス回さないし。結果、自滅する。そんなだから試合にもあんまり出させてもらえない。
でも、シュートを決めたいらしい。まぁ、決めたら気持ちいいもんね。わかる。
達海はぶすっと顔をしかめて、自分の顔よりも大きなボールを人差し指のてっぺんで回した。こういう器用なことはよく出来る。私はシュートしか出来ないけど。
「おい、ライナ」
ぶっきらぼうに私を呼ぶ。
「シュート教えろ」
「えぇ?」
急になんだ。それに、シュートを教えるってなんだ。
「お前、試合で100
達海はボールを回しながら鋭い目を向けてきた。ふてぶてしい。
「人にものを頼む態度なの、それは」
「いいから教えろ!」
「えぇ……」
クソっ、生意気な……まぁ、いいや。おなか空いたけど、ちょっとくらい付き合ってもいいかな。
確か近くの公園に古いゴールがあった。半コートだけの小さな公園だけど、シュート練習には向いてそう。
私と達海はそれから二人で秘密の特訓をすることにした。
***
中学に入って私は当然バスケ部へ入部する。達海とは部活終わりにあの公園で会うだけ。今日も熱心にシュートの練習をしている。
このゴールはミニバスや中学のゴールよりも高い位置にある。だから腕の屈伸と手首のはらいを鍛えるには最適だと後で分かった。
「ヘイ、パス!」
部活帰りのジャージ姿で私は公園の入口から声をかける。イガグリ頭のクソガキは、五年生になってもチビのまま。
しかめっ面で私にボールを投げて寄越す。パンッと軽くも、両手がじんわりしびれる。私は「ナイスパス」と笑ってやった。
そのままドリブル、左足軸に後ろへターン。
地面を叩くボールが前へ前へと足を運ぶ。
ゴールよりも遠い。見えないラインの手前でステップを1、2。
止まって、狙って――シュート。
今日はボードに跳ねてからゴールへ落ちていった。それを無言で見る達海。目つきの悪さはなんだか二割増。
「おつかれ、達海」
労ってやると、こいつは鼻を鳴らすだけ。おいおい、その態度はないんじゃあないか。
「どーしたの」と訊いても答えてくれない。仕方ないので私は、落ちたボールを拾ってドリブルする。ステップを踏んでバックシュート。あ、やべっ、外した。
「……何を落ち込んでるのか知んないけどさー、まぁ色々あるでしょーよ」
ボールをつきながら私はなんとなく言ってみる。
「私もまだ一年だからさ、何故かドリブルとかシャトルランとかフットワークの基礎練しかさせてもらえない」
言ってみると、達海は驚いたように目を開いた。
「そうなの?」
「そうだよ。ほら、中学ってタテ社会ってやつ? 先輩より目立っちゃ駄目なんだよ、きっと」
「ふーん」
不満を言っただけなのに、達海はちょっと嬉しそうに笑った。そして、無言で手のひらを見せてくる。パスしろ、って目が言ってる。
シュッと投げれば、達海はボールを受けて地面を叩くように力強くドリブルした。
「オレさー」
透明なディフェンスを避けて、クルッとバックターン。
「バスケ向いてないって言われたんだー」
ステップを踏んで止まって、シュート。力が強すぎて球がボードに跳ね返る。私のところへ飛んできた。
「え? 誰に?」
「コーチ」
すぐに返ってくるのはからっとした声。だけど、顔があまりにも寂しそうだから思わず言葉を失った。
「でもまぁ、お前の話聞いたら、そんなんどうでもよくなった」
ぼうっとする私の手からボールを奪う。そのままゴール下へ走る。ジャンプシュートは確実に決まった。
「中学ってさ、スリーポイントあるんだろ?」
パスを回さずに、達海は自分勝手にゴールの下で飛んだり跳ねたり。腕を伸ばしてボールをゴールに入れていく。私は「うん」と未だ動揺を隠せずに生返事。
「かっこいいよな。三点も入るし。お前なんかすぐにスリー決めるようになるんだろうな」
「……あー」
「え、まさかもうスリー打てんの」
意外と鋭いな、こいつ。
照れくさく笑う私に、達海は唇を尖らせて機嫌悪くボールを地面に叩きつけた。空へと跳ね上がる。達海はビシッと私に指を突きつけた。
「オレ、中学でもバスケ続けるから、待ってろよ」
***
そんなこともあったね、と思い出に浸りながら、私は体育館に続く渡り廊下でバッシュの音を聴く。キュルルっと床をこする音が懐かしい。
中学に上がった達海は見違えるほどに背が伸びちゃって、私なんか軽々追い越しちゃって、ポジションもポイントガードからセンターに転向。どっちにしてもシューターにはなれないようだ。
高校生になったら、ずば抜けてデカイ一年として歓迎されるし。先輩たちから「ダンクやってみて」とふざけてせがまれているんだとか。まったく、大器晩成型だったかこりゃ。はぁ。
――いいなぁ、達海は。
羨ましい。ずっと続けられて。それに、身長があるとバスケは強い。足も速いから最強じゃん。ただ、シュートは下手だけど。
そんな達海の様子を覗き見て、私はくるりとスカートをひるがえした。
「ライナ!」
体育館から逃げようとしたら、後ろから大声で呼び止められた。背中がぎくりと震える。
「ひ、久しぶり……達海」
「おう」
ぶっきらぼうなのもイガグリもそのまんま。変わったのは図体だけ。
私は見上げようとはせず、目線の先にある彼の腕を流れる汗をじっと見ていた。
「お前、暇なんだろ」
「まぁ……」
「じゃあ、あの公園に来いよ。部活終わったら行くから」
うーん……なんでこいつは先輩にこうも上から目線なんだろう。腹立つ。でも、まさか声をかけてくるとは思わなかったから、イライラとドキドキで顔が下へと向かう。気まずいな。
「おい、聞いてんのか」
「あーもう、分かりました。行きゃいいんでしょ」
私はしかめっ面をつくってヤツを見上げた。鋭い目と高い鼻筋、眉をひそめた顔つきが幼い面影を消している。
それがなんだか寂しくてすぐに俯いた。
良かった、こいつより背が低くて。顔を見られずに済む。
あ、新しいバッシュ……新品のシューズは、小さい時からずっと同じメーカー。白地に赤いライン。そんなピカピカのバッシュには、くたびれた赤いミサンガが靴紐に結んである。
達海は鼻を鳴らすと、私の頭に手を置いた。
「じゃ、練習戻るから」
「うん……」
ちらりと見上げてみると、鋭い目が私をじっと見ている。またすぐに逸らす。
そんな私の挙動に気づかず、達海はもうコートの中へ戻っていく。その後姿は私のモヤモヤと反対に生き生きしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます