上演後

「ハルカ、来てくれてたんだね」

聞き覚えのある声にハッとして振り返る。その時にはもう観客はいなくなっていた。

「劇中は全然客席見れてなくて。今帰ろうとしたらハルカがいたからビックリした。」

「あ、う、うん。」

この人が役者だったんだ、その事実に何故か緊張してしまって言葉が上手く出ない。

「なんだよそれ。まぁいいや、飲み行こうぜ?俺、ハルカとトモダチになりたいんだって。」

ニカッと笑ってボクの手を引っ張った。

小さな居酒屋に連れていかれて、ボクの手元にはオレンジジュース、彼の手にはハイボールが運ばれた。

「お酒、飲める歳だったんだね」

「そ。こないだ21になったの。それよりハルカがまだ未成年なのがびっくりだわ。しっかりしてたし同い年だと思ってたよ。」

俺が子供過ぎるんだよな、と笑う。そんな彼は出会った時のチャラ男でもなく、劇中のコバヤシでもない気がした。

「あ、もしかしてキャラ違うな〜とか思ってる?」

ぴしゃりと言い当てられてオレンジジュースを器官に詰まらせる。

「あはは、役作り期間中だったからな。完全にコバヤシだったでしょ。」

「けほっ、うん、めんどくさいチャラ男だと思った。」

「ひでー。今話してるのが素の俺、役者!畠山天だから。改めてよろしくな、ハルカ。」

ずいっと伸ばされた手をおずおずと掴む。

「よろしく、ソラ。今日は誘ってくれてありがとう。」

嬉しそうな顔のソラは掴んだボクの手をぶんぶんと振り回した。


「その役作りって、どんな役の時もするの?」

「んー、そうだな。そこは俺、力入れてるところだから。今回はチャラ男だし殺人犯だしで大変だったけど。」

「本当に凄かった。犯人って言われた時の雰囲気とか、まるで本物で、」

今でもまざまざと思い浮かぶソラの姿に少し鳥肌が立つ。

「本物って。それ褒め言葉じゃないだろ。………どんな役作りしたか、知りたい?」

ボクはぶんぶんと音が出る勢いで頷いた。

「実際に、人を殺した」

空気が凍る。ボクは何をいえばいいのかわからなくなってソラの目を見る。

「人を殺した………人に、話を聞きに行ったんだ。10年の刑期を終えたばかりの人に。」

驚いた?とおどけたソラの手に軽くデコピンして続きを聞く。

「まるで普通の人だったよ。そこら辺にいる、ごく普通のおじさんだった。俺の言ったことに笑ってくれたし、俺が聞いた質問には快く答えてくれた。」

そう言いながらソラは手に着けていた指輪やブレスレットを外し始めた。

「それで俺、思ったんだ。殺人犯が普通の人だった。というより、普通の人はいつだって殺人犯になれるんだ。コバヤシを演じる上で本当に勉強になったよ。」

外したアクセサリーをテーブルの中央に寄せる。

「幕が降りれば役は死ぬ。そういう意味では、俺もたっくさんの役の最期を見届けてきた。身をもって。」

ボクは、自分はまだ子供だな、と思った。ソラの言っている本当の意味が理解出来ていない気がしたから。ソラはポケットから小さな布袋を出して装飾品を仕舞った。

「なあハルカ、コバヤシの最期、一緒に見届けてくれないか」

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