《第六章》

「よく来てくれたわね。ありがとう」

そう言って泉のお母さんは僕の前にオレンジジュースの入ったコップを静かに置いた。

「いえ、お線香を上げたかったので」

「あの子も喜んでいると思うわ。お線香をあ

げてきてくれたお友達はあなたが初めてな

の」

「あの、永遠さんのこと、もっと知りたく

て、」

なんだか緊張して言う言葉が途切れ途切れになってしまった。

でも泉のお母さんはふっと優しく笑って快く了承してくれた。あなたになら見せてもいいと思うと言って。

泉のお母さんが差し出したのは日記だった。かなり使い込まれたような日記が5冊。

「これを読めばあの子のこと、わかると思う

わ」


【4月5日】

きょうからにっきをかこうとおもう。きょうはみきちゃんといっしょにおままごとをしました。とわはおかあさんやくでした。


かなり小さい頃に書いたようで字は幼く、平仮名ばかりで少し読みにくい。でもなんだか微笑ましかった。しばらくは○○ちゃんと遊んだ。○○君と○○君と○○君と○○ちゃんと鬼ごっこをした。などのことが続いていた。

しだいに漢字も増えてきて文もよみやすくなってきた。でもある日を堺に文面は変わっていく。3冊目の中頃急に今までのワクワクした文ではなくなんだか元気のない文になった。


【9月27日】

今日はしほちゃんとかなちゃんとりっちゃんと遊んだ。とわ1人だけ鉄棒が出来なくてバカにされた。悔しい。

【9月28日】

また鉄棒。体育が鉄棒だからしょうがないのかな。でもあんなにバカにしなくてもいいのに。

【9月29日】

なんだかヒソヒソ言われている気がする。友達だと思ってたのになんで?とわが何か悪いことしたのかな。明日聞いてみよう。

【9月30日】

3人に仲間外れにされた。話してくれない。学校行きたくない。


泉のお母さんいわくこの頃から積極性がなくなりどんどん自分に自信のない人になっていってしまったらしい。


【10月5日】

大好きな絵も好きじゃなくなってきた。私には才能がない。何も出来ない。なんで生まれてきたの?勉強もできない。絵も描けない。生きてる意味が見当たらない。


【12月25日】

ずっと欲しかった絵の具セットをクリスマスプレゼントでお母さんとお父さんからもらった!とても嬉しい。大事に使おう。


【3月9日】

今日で卒業だ。さよなら小学校。でもあの子たちとは中学も同じだからやだな。中学生になったら違う友達できるといいな。



「あの、泉は虐められてること話したんです

か」

そう聞くと泉のお母さんは首を横に振り、

「そんな風なことは1度も口にしなかった

わ」

私が気づいてあげれたら...と悲しげな笑みを浮かべて言った。

「あの子中学に入ってすぐマスクが外せなく

なってしまったの。いつもいつも夏でも冬

でもずっとマスクを付けるようになった。

自分の顔に自信がないからって。多分その

日記の真ん中ら辺に書いてあると思う」

そう言って指さされた日記帳の真ん中のページをパラパラとめくりそれらしいのを見つけた。



【6月13日】

私は不細工だ。もう人に顔なんて見せたくない。なんで私だけこんな顔なの?皆「とわちゃん可愛いよ〜」とか言うけど全部嘘だ。そんなの信じられない。



【6月24日】

マスクを付けなかったら不細工って言われてマスクをつけたらずっとつけてるなんて気持ち悪いって言われるのどうしたらいいの?私はやっぱり生きてたらいけないの?


【6月30日】

もう嫌だ。勉強はできない。顔は不細工。絵は描けないしスポーツもできない。私はいつも誰かの下にいる。みくだされる。こんな人生楽しくない。



いつの間にか泉の日記帳は愚痴日記のようになっていて昔のようなキラキラしたものとは程遠くなっていた。どれもこれも自分を自虐するような内容でほんとにこの世に絶望しているようだった。皆より劣っている自分。皆より出来ない自分。皆と違う自分。そんな自分を自分で責めていつしか泉の敵は周りの皆と自分になっていた。助けてくれる人はいない。多分泉自身が思っていることはそんなとてつもなく重いことではないんだと思う。きっと皆が思う「あの子みたいに可愛かったら」「あの子みたいにスポーツが出来たら」「あの子みたいに皆にちやほやされたら」そんな感情が膨らみに膨らんで自傷行為へまで繋がり最後は自殺にまで追い込まれてしまった。泉はずっと独りだった。誰かに助けてと言いたくても嫌われるのか怖くて、誰にも言えなかったんだ。人の心に刻み込まれたトラウマはそう簡単に消えるものじゃない。またああなったらどうしよう。その感情が自分に蓋をしてしまう。僕と同じだ。泉と僕は理由は違っても同じだった。僕達はもっと早く寄り添うべきだった。こいつだけは信頼できるとそういう人間をお互いで作るべきだったんだ。



【10月6日】

さようなら。私。ごめんね。圭太君。また明日って言ってくれてありがとう。答えられなくてごめんね。私は今日死ぬって決めてたの。この世は闇で溢れてる。人間は欲張りだ。自分が得た地位や幸福を乱用する。何も無い人は何か一つでも才能をともがき、何かを手に入れればもっと才能をともがく。十分才能が手に入ったら次はそれを何も無い人を傷つける道具に使う。皆元は同じ何も無い人なのに。

私のリストカットはいけないこと?ネットに誹謗中傷して欲求満たしてる人より全然マシ。私はだれも傷つけていない。SNSだって人間の闇が沢山詰まってる。便利になるために作られたはずのものが結局人を傷つける道具になっている。顔が見えないからと好き放題言って。今、人を殺すのはとても簡単になってしまった。昔は緻密な作戦を練っていた。どう殺すか。その後どうするか。バレないためには。

今は違う。「死ね」その2文字を打ち込んで送信をするだけ。簡単だ。それも大勢の前で堂々と。殺したって罪には問われない。なんてめちゃくちゃな世の中なんだ。私をいじめたやつだって罪に問われない。この世は随分緩くなった。そんな世界に生きていたくない。生きてるだけ無駄だ。さようなら。お母さん、お父さん、今までありがとう。圭太くんありがとう。


さようなら。残酷な世界。



読み終えてパタンと日記を閉じた。涙が止まらなかった。泉は自殺したんじゃない。この世の不利益に殺されたんだ。これは立派な殺人だ。なのに誰も捕まらない。罪に問われない。残酷だ。この世界は間違っている。誰かが直さなきゃ。でも誰が?僕一人が行動した所で何も変わらない。でもやらなきゃいけないんだ。僕には絵がある。絵は何だってどこへでだって伝えられる。

「ありがとうございました。おかげでするべ

きことが見つかりました」

そう言って立ち上がる僕を見てきょとんとする泉のお母さんにお礼を言って家に帰ることにした。この世の不利益を伝えるために。この世を生きる全ての人へ送るメッセージを。僕の絵を見て1人でも生きようと思えるように。

僕は筆を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る