《第三章》
結局女はあの後おばあちゃんとおじいちゃんに謝って帰っていったらしい。でも帰り際おじいちゃんが圭太に謝らなくてどうすると言ったらしく女はまた来ますとぼそっと呟いて家を後にしたとか。最悪の気分で学校へ行く。いつも通りほとんどの授業を寝て過ごし部活へ行った。泉は部活に来なかった。珍しいなと思ったが思っただけで特に気にはせずこないだの立てただけのキャンパスに筆を走らせていった。あの女のせいでまた普通が壊されるのが怖かった。学校へ行ったら皆が知っていてまたいじめられたらどうしようとかそんな事を考えていた。夢の中でもあの女の顔と父さんの顔がチラつく。クソっ集中できたもんじゃない。絵を描いてても顔がチラつくなんて僕らしくない。今日は外のうるさい声もなんだかよく聞こえる。なんでこーゆー日に限って泉は居ないんだ。明日あいつが来たら文句でも言ってやろうか。でも僕も実際来てなかった日があるから人のことは言えないか。とりあえずなんで休んだのか聞いてみよう。そう考えていたのに
次の日もその次の日もその次の日も泉は来なかった。学校も休んでるらしい。まぁ静かのはいい事だ。日に日に心のモヤモヤも消えていったので絵を描くのことに集中出来るようになし、泉なんてどうでも良くなった。別にいてもいなくてもどっちでもいい。でもこーやってどうでも良くなると泉は来る。今日もそうだ。なんだか話を聞いて欲しい時はいないくせに1人にして欲しい時は来る。
「久しぶり」
「久しぶりだな」
「うん」
明らかに元気がない。
「どうしたんだよ」
「へ?」
「へ?じゃなくて、なんでそんなにテンショ
ン低いの」
「それ圭太君が言う?」
確かに、テンションが低いのはいつもの僕も同じだ。でも、
「お前は違うだろ。お前はいつももっと馬鹿
そうじゃん」
「馬鹿にしてる?」
そう言ってなんだか無理やり作ったみたいなわざとらしい笑顔で笑ってきた。
よく分かんなくて結局2人とも黙って準備を始めた。コトンと音を立てて泉の筆が落ちた。はい、と言って渡そうとした時制服の裾から泉の手首が覗き見えた。
傷だらけ。何度も引っ掻いたようないや、カッターで切ったような線が数本。それを隠すように絆創膏が貼ってあったが隠しきれていなかった。泉はサッと筆を受け取るとすぐに手を引っ込めた。僕は普段からデリカシーがないとよく言われる。それは自覚しているが別にその性格を直す気もないので
「なにそれ」
となんの戸惑いもなく聞いた。でも予想はつく。
“自傷行為”
でも泉の口から出たのはそんな言葉ではなかった。
「こけた」
「嘘つけ」
「ほんと」
頑なに言わない。もしかしたら本当にこけたのかもしれない。でも、
「じゃあ、なんで泣いてんの」
泉は泣いていた。静かに、下を向いて、ぽたぽたと落ちる涙を僕に気づかれないように首をむこうに向けて。
「マスク、濡れるよ」
「いいの」
女の子に隣で泣かれたのなんて初めてだからどうしたらいいか分からない。会話が途切れてしまい、沈黙が流れる。
「今日の私ダメだね。帰ろうかな」
そう言ってパッと顔を上げて速やかに帰っていった。
僕は止めるべきだったのだろうか。
止めて話を聞くべきだったのだろうか。
もしあれが自傷行為なら何も無いはずがない。
あぁ、混乱する。この世は難しいことで溢れすぎている。その人の気持ちがハッキリ分かる世界になればいいのに。
そしたら自分の事が嫌いな人には話しかけないし、泉がなんで泣いているのかも分かる。もしかしたら、母さんの気持ちや父さんの気持ちも分かったりするのかな。
「分かんないだろ。そんな事」
そう呟いて部屋を出る。心底うちの部活は緩くてよかったと思う。こういう時、絵を描いても楽しくない。帰りたい時は帰りたいんだ。きっと今日の泉はそういう気分だったんだ。泣きたい気分。
そうやって自分の中で勝手に解決させた。
なんだか凄く早く目が覚めてしまった。時計を見ると早朝4時。しょうがないからゆっくり支度をしてゆっくり学校へ向かった。凄くゆっくりしたはずなのに学校につくとまだ
6時45分で誰も来ていない。先生達は来ているものの職員室で仕事をしている。
暇だな。
そう思って学校内を探検することにした。
1人。いつも騒がしい廊下は誰もいなくてしんと静まりかえっている。僕の足音だけが響く。なんだか世界に僕だけしか居ないような不思議な感覚。それがなんだか心地よかった。早く来てみるのもいいものだな。そう思っていると、人の気配を感じた。まさか、と思って恐る恐るその教室を覗くと1人、誰もいない教室でポツンと1人誰かが座っている。
泉だ。
泉は静かにどこかを見つめていた。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ見つめていた。マスクで目元しか見えていないがその横顔は
とても美しかった。
「なにしてるの」
気づいたら話しかけていた。びっくりした顔でこちらに振り向く。でもすぐにおはよ、と笑顔で挨拶をしてきた。
「こうしてると落ち着くの。誰にも邪魔され
ず、私だけの世界で誰の目も気にせず、私
だけの時間を過ごすことができる」
そう言う泉はなんだか怖かった。何かが取り付いているようで。
「どうしたんだよ。お前、最近変」
「酷いな〜。私は1人が好きなの。孤独は楽
だよ。孤独でいる事が何よりも救いなの」
泉は続ける。
「皆は1人で居ることはいけない事だと思っ
てる。だからボッチって言葉があって、1
人の人を軽蔑するの。でもそれは1人で生
きる強さがないから。誰かといる時でしか
自分が出せない。ううん、自分が造れない
の」
「難しいよ」
泉はフフフと笑ってまだ君には早かったか。と茶化してきた。
「圭太くんは素を出せる友達いる?」
「分からないよ。僕は自分の素が分からな
い」
「私も分からない。人は必ず自分を造る。偽
りの自分。人に嫌われないように、虐めら
れないように、皆と合わせるために嘘の自
分を造り出して生きている。この世は嘘だ
らけ」
泉がそう言った瞬間、教室のドアが開いた。
「ごめん、邪魔した?」
誰かも分からないそいつはなんだかニヤニヤしてこちらを見てくる。パッと時計を見るともう7時30分だ。そろそろ皆が登校し出す時間。すると、
「も〜茶化さないでよ!ただの友達だよ」
とさっきまでの異様な空気とは程遠い、いつものバカっぽい泉に戻った。これが泉の偽りの自分。
僕の偽りの自分は誰だろう。いや、
僕の本当の僕は誰なんだろう。
ガヤガヤとうるさくなってきた学校。あいつも、あいつも、偽り。偽り。
頭が痛くなってくる。
耳を塞ぎたくなってくる。
僕は自分の教室のドアを開けた。
「おはよ」
にっこり笑って友達に挨拶をする。
偽りの自分で。
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