転生令嬢と数奇な人生を【6巻+短編集と続編発売中】

178話 あなたにもらった腕輪を眺め

　ついにコンラートで働くことになったゾフィーさん、初めはやや緊張していたものの、色々な人と接してきただけはある。元軍人さん故か多少堅苦しい側面はあるものの、協調性も高く周りとうまくやっていけそうな様子だった。

「ゾフィー、軍服じゃなくても似合ってるー。かっこいい、素敵ー」

「お前は家に帰りなさいっ、旦那の相手でもしていろ」

「旦那は夜に会うからいいのーっ」

　むしろ暇を見つけてはゾフィーさんの様子を見に来るエレナさんの方が彼女の邪魔をしていたというか……。エレナさんなりに心配していたのだろうけどね。

　ウェイトリーさんのアドバイスで、ゾフィーさんには衣類等を仕立てる支度金をいくらか包んでいたので、おかげで衣類もしっかり仕立て上げてきてくれた。彼女の体躯の良さから初対面の人は威圧感を感じるだろうが、こちらとしては頼りがいのある威風堂々とした文官さんである。人を使うのも抵抗がないらしく指示を出すのも上手いし、逆も然りだ。彼女を雇うと即決したウェイトリーさんの目に狂いはなかったのである。

　さっそくお向かいに越してきたクロードさんとウェイトリーさんの間を行き来しつつ、要領よく仕事を頭にたたき込んでいるようである。

「すみません、応接間ですがチェルシーが散らかしてしまって、急いで掃除します！」

「使うのはバダンテール卿でしょう。でしたら私が向かいますから平気ですよ、それよりチェルシーの髪が汚れているから綺麗にしてあげてください」

　慌てて飛び込んでくる使用人さんにも余裕の対応である。クロードさんは時に煙に巻いた言い方や相手を揶揄う癖があるから相性が悪いかと思いきや、意外にもうまくやっている。

「ああいう我の強い老人は真面目に相手をするだけ無駄です。多少遊んだりズルはするでしょうが、いざとなればきちんとやってくれますから、そこを理解していれば苦労は減りますよ」

　どうやら癖のある御仁の相手は一度や二度ではないらしい。彼女は童戻りしているチェルシーにも嫌な顔ひとつ見せなかった。もっと言えば慣れている様子さえあったので聞いてみると、相手をするのは初めてではなかったようだ。チェルシーは幼い童女のようであり、無垢に笑うだけ。攻撃的になって爪を立てないだけずっと良いといって、容態が落ち着いていることを褒められたのである。

「いきなり仕事量が多くてごめんなさいね。マルティナがいればもっと勝手が違ったのだろうけど……」

「大丈夫ですよ。マルティナさんにもきっと事情があるんでしょうし、むしろお会いできる日が楽しみです」

　マルティナだが、あれから連絡が入って数日欠勤が続いている。病気かと思われたが、どうやら急用とかで帝都の外に出ているようだ。数日内には必ず戻ると謝罪の手紙まで残していったので、何かあったのではと皆が心配していた。やたら思い詰めていたようでもあったし、職場復帰した暁には話を聞かねばならない……が。

　トントン、と扉がノックされると、困ったようなハンフリーが顔を出したのである。最近は空いた時間でベン老人の手足になったり、雑務をこなしているのだが……。

「あー……他の人の手が空いてなかったので、俺が……。下で、また釣書が届いたとかで、カレン様をお呼びです」

「またですかっ。お受けできないといって帰してください」

「いや、それが金品も持参されていたようで、一度見てもらった上で引き取ってもらった方がいいんじゃないかと」

　クロードさんの予感は見事に的中していた。コンラートの顔役へ面会を望む声が増えていたのはわかっていたが、日を置くと、段々と肖像画と釣書が送られてくるようになったのである。しかも縁談は私だけに留まらず、よりによってヴェンデルも対象だ。何気にわきでお茶を啜っていたエレナさんが他人事のように呟いた。

「カレンちゃんもてますよね。五、六十のおじいさんから年下の若い子までよりどりみどり。ヴェンデルくんは年下から十代くらいまでで幅広く……」

「ぜんっぜん嬉しくないですね」

　つい真顔になる。

　伯との婚姻がこんなところで効いてくるとは思わなかった。もてるのが悪いとはいわないけれど、量も過ぎれば浮かれるより鬱陶しくなってくる。

　こんな調子だからまともに相手をする気にもなれない。もはやテンプレートとなった文面で機械的にお断りをいれているが、厄介なのはどこぞの誰彼の紹介状付きといった釣書である。これがまた絶妙に断りにくいところが仲介に入っており、直筆の書面が必要になってくる。当然書くのは私だ。

「紹介状を頼まれた相手も金品を受け取って書いているんでしょう。それか付き合いで断れないとか」

「……賄賂、ですよねぇ？」

「よくある話です」

　この点、ゾフィーさんとクロードさんの意見は合致しているようである。釣書は一応ヴェンデルに渡したが、どれも一通り確認するとすべて返却された。

「次からはいらない。断っておいて」

　いまのところ女の子より学ぶ方に興味があるようだ。ただ夜更かしが癖になっているようなのでヒルさんが気にしているようである。

　そうそう、被害といえば地味にうちの使用人さんも標的になったようである。目の前で突然具合を悪くしたご婦人を助けたら相手が商家だった、と料理人のリオさん談である。

「食材の仕入れに行ったら突然の美女でしょ。格好の割に高い装飾品を身につけていたし、不自然に寄りかかられちゃ何事かと思いますよ。通りすがりのおっさんをやたら歓待しようとするし、怖いったらありゃしません」

　その後どうしたのか尋ねたが、女性を引き渡したあとは知らん顔して逃げたらしい。で、ウェイトリーさん達から忠告を受けていたので、まさかと思い至ったわけだ。いままでこんなことなかったそうだから、全員に注意喚起した。

「うぶなハンフリーだったら色仕掛けに負けてたかもしれませんね。あいつは一人にしちゃ駄目ですよ」

　この話を受け、二人いる女性の使用人さんのうち一人がおそるおそる挙手をした。この人はどちらかといえば寡黙で、黙々と仕事をこなすおばさまである。

　先日大変な色男に声をかけられ仲良くなっており、今度食事の約束をしたようなのだ。

「こんなおばさんに熱心に話しかけるからつい浮かれてしまったけど、普通だったらあんな若い男が話しかけてくるわけないし……」

　時期的には『悪い魔法使い退治』で私の名が挙がった頃だった。この使用人さんは家族も亡くなり独り身、相手を真剣に考えていたらしくさめざめと泣き出した次第である。こちらに関しては目下調査中、質の悪い男だった場合はクロードさんにお任せしようかと話が出ている。

　このようにトゥーナ領の土地を拝領するという事実は一部の人々にとって、結構な衝撃を与えたようである。コンラートは新参者だしあわよくばいまのうちに取引して縁を作りたい、そんな思惑もあるのだろう。

「黒いのが運ばれています。よろしいのですか」

「うん、好きにさせてください」

　黒鳥は少しずつだが元気になっている。いままでゴムまりのように跳ねるだけだったのが、今朝は羽を広げて飛んで見せた。もっとも力及ばず、五秒程度浮かんだ後は即座に諦めて落下していたのだけれど。

　クロに咥えられ運ばれる様は抵抗のての字もない。クロもよく平然と運ぶよね、などと考えつつあくびを漏らした。

　朝晩はもちろん昼寝をしているけれど、油断すると寝入ってしまうから注意が必要だ。おしゃべり相手がいない時なんて特に注意である。

　腕を持ち上げると、袖の間から放たれる鈍い輝きが目に入った。ライナルトからもらった腕輪は邪魔にならないし、こうして眺めていると気分が上がるから効果はあると思う。

　……ライナルトも忙しいらしく、あまり会ってないけど、どうしてるのかなぁ。

「休息にしますか？」

「あああ大丈夫です！　なんでもないですから！！」

「いえ、ですが四妃様からお呼びがかかっているのでしょう。一旦休んでいた方がよろしいと存じますが」

「そっ、それはそうですが」

　四妃ナーディアからはかなり早いお呼びがかかった。このあとはゾフィーさんにお供を願って出る予定である。

　いつもならジェフにお願いするところだけど、行き先が宮廷の奥深く……俗に称してしまうと後宮と声にされる一画だ。男性禁止ではないが、なにか問題が発生すると面倒が起こりそうなのであえて彼女を選んだ。

「……ちょっと眠ってから準備して向かいます」

「ええ、身体は大事ですよ。私はバダンテールの元へ向かいますので、なにかあればお呼びください。ほら、行くぞエレナ」

「えっ、や……」

「やだじゃない」

　エレナさんを引きずっていくゾフィーさんには、こう、なにもかも任せても大丈夫っていう安心感が備わっている。

　部屋にひとりになると近くの長椅子に全体重を預けて横になった。宮廷に足を運ぶのは億劫だけど、四妃の故郷『山の都』に対する興味の方が勝っている。もし間違っていないのなら、滅ぼされてしまった山の都は転生者の知識を積極的に取り入れ自らの文化としていたのではないかと思うのだけど。

「……会ってみたらわかるか」

　一眠りしてから考えよう。瞼を閉じて深く息を吐くと、すぐに睡魔が……。

「…………なんで？」

「なんでって言われても」

　気配を感じて目を開けたら見知った不法侵入者が立っているではないか。いつに増してごてごてに着飾っているのは『箱』ことシクストゥスである。

　青年は花束を抱えていた。なんとも珍しい紫の薔薇なのだが、綺麗に包まれたそれを私の前に突き出したのである。

「突然なに？」

「これ、ライナルトから」

「はい？」

　ライナルトから薔薇？　シスが持ってきたって事は私に？

　薔薇は美しいし好きだけど、なんでまたシスが持ってきたのだろうか。

「ナーディアのところにいくんだろう。だからそれを渡してくれって伝言」

「…………あ、そう」

　私にじゃない。

　……勘違いした自分が恥ずかしくて、シスから表情を隠すように薔薇の花弁を撫でた。

「耳が早いのね。たしかにナーディア様に会いに行くけど、なんで直接渡さないの？」

「最近色々面倒でねー。いまは直接会うのは避けようっていってたら、うまい具合に君が約束を取り付けただろ」

「シスが渡せば良いじゃない。宮廷内ならどこでもいけるんじゃないの」

「私は皇帝の命令一つでなんでもする悪い男だぜ。どんな事情だろうとナーディアからは信用がない」

　そういえば山の都に関する書籍を燃やしたと言っていたっけ。それなら確かに信じられはしないだろう。

「まぁ……いいけど。言われたからにはちゃんと渡すわ。ライナルト様からって伝えていいのよね」

　……なんでライナルトが四妃に花束を渡す必要があるのだろうか。それにいまは直接会うのは避ける？　皇帝の妃と会うのを避ける理由とはなんだろう。

「……シス？」

　返事がなかった。顔を上げると目尻を下げ、下品に口元を歪めるシスが私を見下ろしている。

「ちょっと、なによ」

「いまさぁ、自分が花束もらえたかもって勘違いしただろー」

「してないし」

「またまたー。欲しかったんだろ花束、なんでナーディアなんだろうとか思ったんだろー」

「違うってば」

　人を苛立たせるには絶妙な声音だ。気色悪い笑みを浮かべて、にやにやと笑いながらしつこく話しかけてくる。

「はーん？　私から言ってあげてもいいんだよ。きみにも花束をあげてやれってさぁ、認めるんならライナルトに話をしてあげるけどぉ？」

「用が済んだのなら帰りなさいな、私は準備があるの」

「へーそんなこと言うなら、なんでライナルトがナーディアに花束を贈るのか教えてあげないぞぅ。これが一度や二度じゃないってきみ知らないだろ」

　顔を背けようとも、宙に浮くことのできるシスは回り込んでわざわざ話しかけてくる。ここぞとばかりに活き活きと……！

「宮廷の一部で噂なんだぜー。皇太子と愛妾の禁断の恋――」

「聞かない知らなーい！！　さっさと帰れー！！！」

　絶対最後まで聞いてやるものか！