177話 コンラートの強化

「ウェイトリーさんが……クロードさんに顧問になってくれと……?」

「あいつは自分が弱っていると知られて貴女方に負担をかけたくないようだ。爺なのだから心配をかけさせるくらいでいいと思うのだが、あいつはそうは考えられんようだ」

「ウェイトリーさんは徐々にですが、体調は良くなっていると……」

「ああ、それについては嘘でもないだろう。ただ以前から常々、自分が倒れたときの事を心配していた。……誤解されないように。ウェイトリーが心配していたのは体調面ではない、こんなことはあいつ自身予測していなかった」

「では……?」

「コンラートだ。人はいつ死ぬかもわからないのだと再確認させられたのだろう」


 クロードさんによれば、ウェイトリーさんが心配していたのは予期しない事故や人為的な殺意による死である。現在後進を育成しているものの、彼がコンラートを担っているといっても過言ではない身だ。以前からもしもの場合に備え片腕に足る人物を探していたようで、裏ではクロードさんに相談を行っていたようだ。

 それがここのところは体調を崩し、本人なりに思う部分があったようである。クロードさんには相談ではなく、共に歩む仲間として自らの、そして私たちの力になってもらいたいと頼んだのが経緯のようだ。


「それでクロードさんは了承を?」

「なんだかんだで旧友の頼みになるのでね、真剣に頼み込まれてしまえば嫌とは言えまい。それに古傷が身体を蝕んでいると聞いて黙っていられるかね。私より若い癖に早死にされてはかなわんよ」

「心配なんですね」

「否定はしないが、それより私が棺桶に入る時にあの爺死んでせいせいした、とたくさんの人間に喜ばれるのを目標にしてるんだ。見送るやつが減るのは困る」


 本音でもあるのだろうが、誤魔化しているようにしか見えないのは気のせいだろうか。


「事情はわかりました。先ほども申し上げましたが、クロードさんにお力添え頂けるのであれば私としては拒む理由もありません。ただ……」

「ただ?」

「ウェイトリーさん、そこまで思い詰めていたのかと思いまして」

「年を取るのだから体が衰えていくのは当然だし、将来を憂うのは当然だろう。しかし今後は私が入るのだから、あいつの負担がかなり減るのは約束しよう」

「はい」


 しかしながらクロードさん自身も年がいっている自覚はあるらしく、自身の補佐をしている人も事務所から幾人か引き抜いてくるようだ。クロードさんが頼りにする人々は経歴がバラバラな人が多いが信用は出来る、そして迷惑をかけない限り余計な詮索はしない旨と、出自で差別をしないでもらいたい点を約束させられたのである。


「それと、これだけは先に言っておかねばなるまい」


 改めて足を組み直すと、こう述べられた。

 

「力を貸す以上はコンラートの繁栄に全力で取り組ませてもらうのは約束しよう。しかしながら、私はこの通りの男だ。あのくそ真面目ウェイトリーとは真逆の道を行く場合もあるし、悪徳を良しとする時もあるだろう。むしろちょっぴりそちら側かもしれん、意見が合わんときは忌避のない意見を勧める。これでも雇い主の意見は極力尊重する男だ」


 そのためクロードさんには敵も多い、とはっきり告げた。これだけ特徴的な御仁だし、ファルクラムから帝国に渡り、大きな持ち家で調査事務所を構えるのだから、万人に好かれる方が難しいだろう。


「ウェイトリーが見込みがあると信じたからこそ、約束された余生を捨ててコンラートに身を寄せるのだ。君もその点を忘れないでもらいたい」

「……せっかく繋げてもらった縁です。先んじて忠告してくださったそのお心に報いるためにも出来る限りの努力はいたしましょう」


 本当に、面接されているのはどちらかといった気分だ。私がクロードさんを採用するのではない、彼に私が試されるのだといった心地だ。まっすぐに相手を見据えて微笑んだ。


「そのために力を貸してください、当家にはあなたの知識が必要です」

「決まりだな。願わくばお互いの道行きが明るいことを祈ろう」


 差し出された片手を握り返し、こうしてクロード・バダンテール氏、ひいてはバダンテール調査事務所がコンラートに加わったのである。

 図ったようなタイミングでウェイトリーさんが戻ってくると、クロードさんは再び表情を緩めたのだが、そこでポンと膝を叩いて言った。


「いやぁ、話がうまくまとまってよかった。実はすでに向かいの家を買ってしまったのでな、断られたら面倒くさい手続きに加えて売りに出さねばならんところだった」

「へ」

「な……」

「仕事は円滑なやりとりと情報の共有があってこそだぞ? ま、ここらは静かすぎず騒がしすぎず、老体を休めるにはちょうど良かったのもあるがね」


 なんと道路を挟んでお向かいさんの家を買い取っていたのである。しかも二棟。

 問題はお向かいさんは人が住んでいた点だが、なにやら所有権を有している人が知り合いにいたとかで「うまくまとまった」らしい。


「ちゃんとした馬車を持ってないんだろう。一軒は広めなうえに古いから建物の一部を壊して、仕事場兼馬車置き場にしようと思ってな。御者も置く予定だから、これから必要なときはそこから使ってくれ」

「クロード、お前そんな金をどこから……」

「私の財布だが必要経費だ。出世払いを見込んだ投資だからすぐには請求しない、安心してくれていい」


 なるほどこちら持ちでしたか。さっそく意見の相違が生まれたかと思われたが、クロードさんは指を一本立てて揺らした。


「これからは迅速な足が必要になる。それにトゥーナ地方との商売はかなりの利益が生まれるといえる。悪い出費にはならないはずだ」

「……確信があるんですね」

「ある。トゥーナ地方はいまでこそ薬の生産が有名だが、それ以外にも特産品は多い。公自身も領地の有用性をよく知っている人物だから商売する相手は選んでいてね」


 つまり他にも儲け話が多々あるようだ。手堅く貿易からはじめていくようだが、将来を見据えて間口を広げていく構えなのだろう。しかしお向かいさんを購入するくらいなら、うちに広い家に移るよう引っ越しを打診する方が早かっただろうに。何故そうしなかったのか尋ねたら、心外だといわんばかりに口をへの字に曲げられた。


「いまコンラートが移るとなれば上流地区しかないだろう。あんなところに住んだところで手間でしかない。あそこは静かで過ごしやすいと言うが退屈なだけだし、あれで近所付き合いも面倒くさい。なにより子供は可愛げがないような生意気なのが多くてね。私は好かん」


 断じておくがクロードさんの考えがすべてではない。新緑の多い家でゆっくり過ごせる家は素敵だろうしきっと素直なお子様もいるはずだ。

 なにかを思い返しているのか、歯ぎしりしながら茶器を握ったのである。


「それにあそこの連中は矜持が高い連中が多くて困る。いや、全てがそうだとは言わんが……ちょいと質が低い馬車が通ったくらいで先日はどこぞのみすぼらしい馬車がお宅を訪ねましたが……なんてきたもんだ。どこから聞きつけたんだかまったく。ああいうのは良くない、品がないと思わんかね」

「クロード、少し言葉を選べ」

「馬鹿な。これでも充分選んでいるぞ!」


 あ、こっちが本音っぽい。

 でもいまのは例えなだけで、実際引っ越ししてと言われたら難しかったのだけどね。なにせ皆この家に愛着が生まれてきたところだし、両隣との関係も良好だ。個人的にはお隣の地下入口も気になってたから離れたいとは思わなかった。

 話が決まるとクロードさんにも、以前ウェイトリーさん達に話せた限りの内容を伝えたが、誤算だったのは、二人と違いエルの真実を知りたがったことだろう。


「君が皇太子に味方するつもりなのはすでに聞き及んでいる。だがどうしてそれを成し遂げたいか、そして魔法院の長老が何故反逆者として扱われたか。私はそれが知りたいのだ」

「クロードさん、それを知るのはあまりに……」

「だからだ。私はウェイトリーのように物わかりのいい男ではない。聞き分けのいい男が命惜しさに調査事務所なんて開くと思うかね、ん? 私は君に協力するためにここにいるのだ、互いの理解なくして力添えなんてできんよ」


 このように粘られた。説得は小一時間に及んだものの結局折れてはくれず……悩んだ結果、やはり打ち明けるしかないという状況になったのだが……。


「ウェイトリーさん、ここからはヴェンデルにも言ったとおりです。下がるならいまですよ」

「どうぞわたくしのことはお気になさらず。クロードだけが知っている、などという状況はわたくしには到底認められません。それより少々お待ち頂けますか。ジェフも呼んで参ります」

「ウェイトリーさん!」

「貴女様と道を共にすると決めた者くらいは構わないでしょう。それにヴェンデル様と違い、わたくしは老いぼれです。コンラートに力を尽くしてくれている貴女に力添えしたとして、悔いはございませんよ」


 あのときはヴェンデルがいたから控えていたのもあるのだろうか。

 私の制止もきかずジェフを呼んでくると、とうとうエルが皇帝に貶められたことについて正直に打ち明けたのである。

 はじめは淡々と耳を傾けていたクロードさんだが、ある話題になると話の腰を折らざるを得なくなった。銃や爆発物の下りである。


「なんともはや、最近物騒になったとは聞いていたが……そんな危険物や武器が横行したら大事だぞ。経済は動くだろうが、世の中も変動せざるを得なくなる。下手をすれば、いや確実に戦争が起こるぞ」

「クロードさん、戦が起こると決まったわけではありません」

「いいや、起こるね。何故なら新しい兵器が生まれれば人は使いたくなるからだ。……こうなるとファルクラムが落ちていたのは不幸中の幸いか」

「犠牲はあったがな。それよりカレン様、改めて確認をさせてください。エル様はやはり口封じの意味で?」

「それもあるのでしょうけど、一番は皇帝の意にそぐわなかったから……そう考えています」


 ウェイトリーさんはすべて打ち明けてほしいと言ってくれたが、コンラートと爆発物の関係までは話せなかった。これはタイミングと……それとこの人の体調次第だ。道具は人の使い方次第と言うけれど、コンラートの壁を破壊した物の開発者を世話していたと聞いて、気に病まない方が難しい。


「それで、君は友人の仇を?」

「それもあります。できればエルのある望みを叶えたいと考えていますが、それは私の望みでもある」


 本当はもう一つ理由があるのだけれど、これはぼんやりとした考えだし具体案も形になっていないので保留だ。大体実行するにももうちょっと地位を上げ、ライナルトに恩を売る必要がある。


「でもここまでは皆さんもおおむね予想通りの出来事なのではないでしょうか。問題はここから、エルが遺したものを巡ってそれぞれの思惑が巡っています」

「……黒鳥ですね」

 

 ジェフが声にした途端、足元の影からぽんと黒いフォルムがわいて出た。クロードさんが「おお」と感嘆をあげるのだが、これについては特に説明が難しい。なにせ帝都自体にまつわる秘密だし、この話には自然と『箱』やお隣の地下道入口に関連する。

 それに忘れてはならないのが『箱』の特性だ。

 シクストゥスについて触れようとすれば、人は自然と彼の存在を忘れてしまう。試しにシスについて触れてみたのだが、話をした途端に三人が不思議そうな顔になって、次の瞬間には彼の「秘密」に纏わる瞬間の記憶を喪失していた。運良くウェイトリーさんやジェフも、うちに遊びに来る「人間の魔法使いのシス」の記憶は変わらず保っているようだから助かったけれど、次から迂闊な話は出来ないだろう。それにやはりこの話はできそうにないのがわかった。

 しかし記憶の喪失っていったいどういう原理なんだろう。なんらかの魔法なのだろうけど、こんなのまるでキルステンの実母みたいな唐突さである。

 いえ、あちらに関しては、いまとなっては心理的なものか、それとも嘘をついていたのか……真実は調べようもないけれど。


「……エルが陥れられた件でわかるでしょうが、これは帝都の深部に関わります。黒鳥も、私に起きた異変もすべてそう。いま言えるのは、これらの存在を皇帝や、ひいては第一隊に知られるわけにはいかないということ。……話さないのではなく、話したくても話せない。いまはこれで見逃してください」

「ふむ。そのあたりも聞いてみたいのだが、それほど危ういのだね?」

「警戒は厳にお願いしたいところです。……ウェイトリーさんからいくらか聞いているのでしょうが、クロードさんは驚きもしないのですね」

「だったら面白いと思っていたからね」


 ウェイトリーさんがそっとこめかみを押さえていた。


「君と御友人の関係は口を挟まないでおこう。それよりも隣の軍人夫妻が味方ならよかった。もしもの時は頼りにしていいというのは心強い」

「あの日以来、よく気にかけてくれるとは思っていましたが……」

「驚きました?」

「いいえ、ジェフと話していたとおりでございました。それでもお聞きできてよかった」


 ウェイトリーさんとジェフはやはり、といった様子である。

 他にも出来うる限りの情報共有は行った。バーレ家についても詳しい話を行ったのだが、式典にベルトランドが出席していた点について、クロードさんの見解は以下だ。


「ははぁ、君を利用してベルトランドを公の場に引っ張り出したな」

「利用?」

「噂の範囲だが、イェルハルド氏は養子にした三人の中でも特にベルトランドに跡目を任せたいのでは……とあるのでね。だが肝心のベルトランドがその気がないときた。噂が事実なら無理矢理にでも壇上に引っ張り出したいのだろうさ」

「あの方に跡目をですか。けれどクロードさん、イェルハルド様が誰か一人に肩入れすることは……」

「そりゃあできないさ。二人も養子にしておいて、その後からやっぱり最適な人物が見つかったからお前達は引きなさい、なんて堂々と言えるはずがないだろうさ」


 この話が事実かは定かではないが、もし本当ならイェルハルド氏もけっこうなお爺さんである。どうも私の周りは強かなお年寄りが多いのだが、もう少し穏やかで無害なお年寄りはいないだろうか。


「カレン様、クロードは随分バーレ家に詳しいようですが、そのような依頼も?」

「いいえ。あれ以降は特になにも……」

「気にしないでくれたまえ、私の趣味だ」

「……そういえばクロードさん、以前、バーレ家についてわざと情報を伏せていらっしゃいましたよね?」

「おっと、忘れてなかったか。なに、深い意図などない。あの時の君と私の関係はただの依頼人と客。依頼を受けてから話した方がより信頼を得られるからそうしただけで、纏めて話そうとは思っていたさ」

「結果として、私は他の方から彼の家について伺うことになりましたが」

「行き違うこともままあるだろう。なに、正式な関係を結んだからになるべく誠実に接するさ」


 このお爺さん、本当にもう……。


「ああそうだった。大事な話をしておかねばならなかった」


 バーレ家の話は遊びだったらしい。クロードさんはわざわざ私を名指しして、二人に忠告したのである。


「すでに面会者も増えているだろうが、これから彼女はもとより、次期当主目当ての連中が増えてくる。あらゆる手を使って接触してくるだろうから、使用人をはじめとした全員に注意させるよう徹底させろ。帝都の人間はお前達が思うよりもずっと貪欲でしたたかなのだぞ」


 この忠告、私よりヴェンデルを狙う方が将来性があるのではないかと考えたのだが、事はそう甘くなかったのだ。


「この肖像画はどうしますか」


 数日後、ゾフィーさんが向けてくる絵画に対し、私は高らかに言い放った。


「ヴェンデルにはまだ早いです! 返しちゃってください!!」

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