171話 転生の伝承

「ライナルト様。シスって、エレナさんを怒らせたことありますか?」

「私のことだろ? なぜ私にきかないのさ」

「なら茶化さずに答えてくれる?」

「場合による」


 これがすべてである。

 私の質問にライナルトは数秒ほど考え込んだが、ある、と頷いた。


「子細は言えないが、彼女がシスにだけは粗暴な態度をとるのは確かだ」

「……それって腕を切り落とした事件だったりしますか」

「もしや本人から?」


 本人ではないが、ヘリングさんからきいていた。

 これに対し、置いてけぼりにされかけたシスが無理矢理間に入り込んで「覚えてる」といった。


「初対面時の任務だろ。彼女、すっごい怖かったし、あれから私に対して遠慮が無くなったんだ。なにかあれば簡単に剣を抜くし、たまったもんじゃない」

「お前にはちょうどいいくらいだ。彼女のおかげで私の部下が無駄に命を落とすこともなくなったからな」


 何の話だ、と言いたくなるが、これに関しては私も話について行ける。

 エレナさん、いい人なのだけれど、シスに対しては特に当たりが強いというか、斬りつけただの物騒な話を耳にする。私に対しても初対面以降、振る舞いがやや過保護気味な気がしているのは間違いではなくて、その理由は夫であるヘリングさんから教えてもらった。


「エレナは昔、シスの『お遊び』で死にかけたんです。そこは本人的に問題ではなさそうなんですが、その時の任務で仲間と仲違いを起こして、いまでは完全な没交渉です」


 死人は出なかったようだが、仲間との一件が心に傷を作っているようだ。

 その任務以降、エレナさんは好ましい人が出来ると、とりわけ相手が自分より弱いと「守らなきゃいけない」と思考が偏り気味になる。現在付き合いがある大半の人達は軍属だから問題ないと考えていたが、今度の任務にあたり、ヘリングさんなりに思うところがあったらしい。


「エレナは貴女と友人になりたいと思っているようなんですよ。たださっきも言ったとおりエレナ自身の問題もありますから、いまはやたら気負っている状態でして」

「つまり私には充分に気をつけてほしいと」

「その通りです、はい」

 

 要はエレナさんの過保護に拍車がかかるかもしれないから、と教えてくれたわけである。

 それでもシスを即斬りつけるとは余程の事態だと思うのだけど……なにかあったんだろうなあ。

 なにせシスは人畜無害な優男の見た目なくせして、本体はあの目玉だし、人間嫌いを自称しているし、なにより子供のライナルトを地下水路に置き去りにしていった実績がある。


「……ところでそんなことがあったのに、シスの近くにいてエレナさんは平気なんでしょうか」

「エレナなりに思うところがあったようで……あれでシスの全てを嫌っているわけではないんです。いまは被害者を極力減らしたい気持ちの方が強いのでしょうし。まぁ、その、複雑なんです」


 一概になにもかも嫌いといったわけではなさそうである。そのあたりについてはいずれエレナさんが話せるようになったら教えてもらいたい。なにせエレナさんとは殆どお友達のような気分でいたから、友人と思われなかったのは少々ショックだったのである。勝手に勘違いしていたようで恥ずかしくなってしまったのは秘密だ。


「……旦那様も大変ですね?」

「エレナには言わないでください。また過保護すぎるって怒られるので」


 などといった会話を経て、今日この場の会話の意味が理解できているのだった。

 それにしてもシスの手の中で縦横無尽に伸び続ける黒鳥、一切痛がる様子を見せずにされるがままになっている。

 ……ちょっと話が逸れたみたいだし、聞いてみてもいいかな?


「シス」

「ん? ああ、言っとくけどお説教なんてやめておくれよ」

「違うわ、そうじゃない。さっきの言葉が気になったのだけれど、死して後に転生するってどういうこと?」


 自分で言ったくせに覚えていないのか。質問に眉を八の字に作り上げたが、すぐに驚愕の声を上げたのである。

 

「そうか、きみの世代だともう知らないのか。山の都のおとぎ話」

「山の都?」

「帝国に滅ぼされた国だよ。ファルクラムと違って都ごと燃やされたんだ。王族は降伏してからただの貴族に落とされて、それでもしばらく現存してたけど、カールが即位してから解体されてなくなったんだよね」


 シスはつい最近、みたいな感覚で語っているが、詳しい年数を確認すると都が焼き払われたのは大分前のようだ。


「懐かしいなあ。あそこは森の奥深くにあったんだよ。ファルクラムよりもずっと規模が小さかったし、交通も不便だったけど、不思議と滅びずに栄えてた国でね」


 どうやら行ったことがあるようだった。場所的にはトゥーナ地方よりさらに奥まった場所にあるようだが、いまは山林が栄えるだけの土地のようである。


「魔法技術はいまの帝都よりずっと盛んだったな。すごかったんだよ、魔法でくみ上げられた地下水が国中を巡って飲み水には困らなかったし、農耕技術もずば抜けて高かった。土に適した肥料に、温室栽培の技法は山の都から伝わったって話もあるくらいだ」


 曰く、夕暮れと同時に街中に明かりが灯り、星の光が街に届かないなんて逸話があるくらいの国だったようだ。大陸を行き来する旅人で知らない人はいない名所だったようだが、懐かしそうに語るシスに首を傾げてしまう。


「そこまで有名な国なら本にくらいなっていそうだけど、読んだ記憶がないのよね。ライナルト様はご存知でしたか」

「一応は。名前や滅んだ経緯はくらいなら聞いていますが、大雑把なものだ」

「おかしいですね。シスのお話が事実なら充分伝わっていそうなんですけど」


 これに関しては、シスが当然だと言わんばかりに両手を広げてみせて、その拍子に落ちた黒鳥をライナルトが掴みあげる。


「伝わっていないのは当然だ。なにせオルレンドルの前帝にこれでもかってくらいに都は破壊され尽くしたし、住人も然りだ。著書は悉く禁書にされたし、山の都出身ってだけでしばらくは冷遇されたもんさ。みんな山の都に繋がりがあるなんて声にしないよう口を噤んだし、あちこち行き来する旅人や商人もそうさ」


 それでも王族が残っていたから多少なりとも息は残っていたが、カールによって男子は処刑され、年配者は島流しになったようだ。この頃になると帝都の権威は幅を利かせていたからなおさら威力は絶大だったようで、政策によって瀕死だった山の都の息の根は完全に止められた。


「私もカールの命令で大体の記録は燃やし尽くしたしね。……ああ、あれは本当に残念だったな」

「その山の都由来の話なの?」

「話というか、伝承というか……。変な話さ。時代的には僕の爺さまが若かりし頃のあたりだな。山の都では人と精霊が協力して神の御使いの声を聞いていたんだとさ。で、うまくいけば御使いの魂が転生して巫女となり山の都を繁栄に導くとかなんとか」


 このあたり記憶は定かじゃないらしく、思い返しながら喋っているようだが、これ以上の情報は出ないようだ。

 

「……それだけ?」

「それだけ。山の都は好きだったけど、別に興味なかったし。この話だって僕がべろべろに酔ってたときに話半分に聞いたくらいだぜ。自分でもよく覚えてたなって感心してるところだよ」


 その話をしてくれた酒場の主人も古い話を思い出しながら話していたくらいで、真偽は定かではないらしい。

 しかしいまの話……。『神の御使い』や『巫女』といい、この時点でありきたりな異世界転生のキーワードを踏破しているのは気の……せいじゃないはずだ。まさかこんなところで耳にするとは考えてもみなかったし、当該国が既に滅んでいるというのも斜め上の話である。


「胡散臭い話さ。でもそんな空想的な夢見話が気になるようなら、今度宮廷に行ってみれば?」

「いやよ、あんなところに足を運ぶのなんて」

「でも宮廷が唯一山の都の話を聞ける場所だ」

「誰に聞けって言うのよ」

「四番目の妃だよ。自分のご先祖様の逸話だし、流石に色々伝え聞いてるだろ。妃だって男家族は殺されたし山の都の話をするのは禁じられてるから、間違っても愛情なんて抱いてないはずだ。鬱憤も溜まってるはずだろうし、内緒話に持ち込むくらい簡単だろ」


 ……四番目の妃のご先祖様?


「……シス?」

「なにさ」

「山の都の王族は解体されたんじゃなかったの?」

「されたさ。でも当時一人だけ美しい娘がいて、カールが残りの親族の命を盾に無理矢理妃に迎えた。賢い人だし、それ以来カールのお気に入りの一人だよ」


 その人は……たしか誕生祭で皇帝の毒味役をしていた女性ではなかっただろうか。意外なところで降って湧いたような話に驚きが隠せない。

 

「妃の中では珍しく良識のある人物ですよ」

「ライナルト様はご存知だったんですか」

「……あらかたは。その逸話とやらまでは初耳ですが」

「きみはそういうの一切興味ないもんな。人頼みのお導きなんて反吐が出るほど嫌いだろうし、カールとは別の意味で山の都を滅ぼしそうだ」


 ライナルトは否定しないようだが、実際はどう思っているのだろう。不思議に思って見つめていると、視線を落としながらも口を開いていた。


「何に頼るかは自由ですが、そんなものに頼らねば維持できない国などおぞましいとは感じますよ」

「ほら、嫌いなんじゃないか」


 カラカラと笑うシスや黙り込むライナルトを見て、ふと考えた。

 物語だからごく当たり前のように転生物のお話を受け入れていたけど、こうしてコンラートの顔役をつとめるようになったいま、もし目の前に神の御使いとやらが現れたらどう感じるのだろう。それは国を導く存在だから従えと言われたとして、為政者が簡単に頷けるものなのだろうか。エルのように万能の人だったらまだいいとして、もし違ったとしたら。こう例えるのはおこがましいけれど、私のようになんの力も持たない人間が据えられてしまったら、どんな未来が待っているのだろう。

 私はただの一貴族だから従っても影響は小さいけれど、ライナルトといった皇族になってくると恐ろしくはないだろうか。

 そう考えると、ライナルトの憮然とした表情や回答も少しだけ納得できてしまうし、異世界転生の厳しさに直面させられた気がして、何度目になるかもわからない溜息を吐いてしまったのであった。

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