転生令嬢と数奇な人生を【6巻+短編集と続編発売中】

151話 手遅れになる前に

「お礼もそこそこにこんな話になって申し訳ないと思っています。けれどライナルト様、テディさんについて……いえ、彼が持っていた飛び道具についてご存知ですよね。教えてもらえませんか」

　この言葉に、エレナさんはジェフをすぐさま遠ざけた。自ら距離を取って周囲の警戒に当たったのである。残るはライナルトとニーカさんだが、彼の質問は鋭かった。

「貴方はあの男が持っていた道具を見て即座に危険性を理解した。もしやと思うが、あれを知っていましたか」

「……はい」

　ここは発砲前に露骨な反応を示してしまったので、嘘をついてもしょうがないだろうと頷いた。

　エルからもたらされた知識ではないが、知っているのは事実なのである。

「あれはエルの作り上げた道具ですか」

「その通りだ。だがクワイックにしては迂闊なことをする。あれの存在は一部にしか報せていないというのに」

　この言葉で量産体制に入っていないのは確認できた。ひとまず安心といったところだが、銃の存在が不安であるのには変わりない。存在が秘匿されていたのなら、管理責任を疑われる恐れもあるからだ。

「私の勘違いでなければテディさんがああなってしまった以上、エルに容疑が掛かるのではないかと心配しています。いくら彼女とはいえ反逆罪を完全に免れられないのではとも……。できれば安全な場所に連れて行きたいのですが、ライナルト様に庇護してもらうのは難しいでしょうか」

　私の質問に、ニーカさんは渋い表情になった。ただライナルト含め、両方ともエルの行く末については理解していたような、そんな雰囲気を感じ取れる。

　ライナルトはしばらく考える素振りを見せていた。彼にしては決断が遅いようにも感じられたが、後押ししたのはニーカさんである。

「殿下。この際任せては如何でしょう。どのみちクワイックの元には誰か送らねばならなかった。それをお考えになっていた最中でしょう」

「……それは構わないと思っている。ただどこまで人を出せるかと思ってな」

「人は出せません。カレン殿には単独でクワイックを連れてきてもらわねばならないかと」

　ニーカさんはきっぱりと人員は貸せない、と断言したのである。この言葉は少しばかりショックであったが、ライナルト側にも理由があった。

「クワイックに容疑が掛かるのは時間の問題だろう。友人である貴方の前で冷たい事を言うが、それだけなら彼女を確保する理由はない」

　ここで声を潜め呟いた。

「アレの破壊に必要な『何か』について取引する手筈になっていた。故に彼女に容疑が掛かるのは我らとしても避けたい」

「……利害は一致しますね」

「そう、幸か不幸にもだ」

　アレとは『箱』のことだろう。もうそんな段階まで進んでいたのかと驚いたが、そこの質問は後回しだ。テディさんの発砲から現在までの間に様々考えていたのだろう。ライナルトの考えをニーカさんが引き継いだ。こうしてみると、ニーカさんはライナルトの思考を読み取るのが実に上手い。

　どうやら彼らはエルの身柄が皇帝に渡るのを恐れているようだった。

「ただ、こうなってしまうと彼女は拘束か監視か……いずれにせよ陛下とクワイックは折り合いが悪いのです。バルドゥルらに彼女の身柄が渡っては手出しが難しくなりますし、まして彼女に我々との関係を口に出されては――」

「一隊相手ではライナルト様達といえど難しいと？」

「陛下の親衛隊のようなものです。言いたくありませんが、あそこは嗜虐的な者も多いので……」

　エルはそう簡単に口を割らないと思うけれど、身内贔屓の意見になってしまうだろう。ニーカさんは拷問もありえると伝えたかったのだと察する。

「何か、とはなんでしょう。道具でしょうか」

「彼女は秘密主義でしたから、それを含め取引する予定だったのです。故に何もわからぬままというのは望ましくない」

「……お力添えは望めないと聞いたばかりでしたが、保護の手段はあるのですね？」

「クワイックは陛下に目を付けられる可能性が高い。いえ付けられる以上、我らからクワイックの保護に赴けば問題が生じるのですが、これは表向きの理由です。彼女自ら庇護を求めるのであれば要請に応える形になるかと」

「私がエルを説得して連れて来れば良いと。念のためですが、私、いえコンラートはライナルト様を後見としていますよね。その私が彼女を連れてくるのであれば、結局は同じことなのではないですか」

　ライナルトが手出しし難いのは、エルがライナルトの部下でなくなったのが関係している。魔法院は皇帝の所有物であり、そこに所属する魔法使いも同様なのだ。長老として独立しているエルは彼女自身が一個の勢力みたいなもの。ライナルトとの間に縁自体は存在しても、簡単に手出しできない問題が存在しているようだ。

「無茶は承知の上です。ですからあくまでクワイックの意志による保護だとしたい。馬鹿げているかもしれないでしょうが、無理を通すにもそれなりの準備が必要なので」

「……お話はわかりました。あの、では極端な話ですがエルが疑わしいとそちらで確保していただくのは難しいでしょうか」

「長老格となれば陛下や他の長老に一度書状を通す必要がある。時間がかかるでしょう」

　要は体裁がいる、と彼女は告げているのだ。もし難癖つけられても取り繕えるだけの形が欲しいのである。

「……私が独断でエルのもとへ赴き、ライナルト様の庇護を求めるよう説得した。そういう話でよろしいでしょうか」

「ええ。カレン殿はいまクワイックと同居している立場にあるし、なにより親友でもある。友人の身を心配し会いに行ったとしてもらえれば理由にはなるでしょう。お願いできますか」

「行きます」

　迷う必要はなかった。とにかくエルの身柄さえ確保してしまえば、あとはどうとでもなる。ニーカさんはこれで話を決めたようだが、意外にもライナルトがずっと渋い様子を見せていた。

「ニーカはああいったが、出来れば人を動かしたいな」

「先ほど無茶をしてもらったのはわかりますから、無理は申しません。エルにその気があるなら合流は難しくないはずですから……」

「いいや、それでも難しいだろう。こちらとしてもクワイックの身柄は確保したい、少々遅れるが体裁を整えるので、それまでバルドゥルの手に渡らないように立ち回ってもらえますか。貴方の友人にもそう伝えれば理解してくれるでしょう」

「わかりました。何事もないのが一番ですけれどね」

　望ましいのはエルが彼らに従わないこと。最善手は誰もエルの元へ向かっていないことだが、こればかりは行ってみなくてはわからない。

　エルはテディさんの件をどう受け止めるのだろう。きっと宮廷の騒ぎなど知らないと思うのだが……そういえば銃の持ち出しを知っているのだろうか。

　考える内容は尽きないが、最低限の情報共有は果たしたのでそろそろ動かなくてはならない。

「馬車で走っている時間はありませんね、馬は……」

「ニーカ」

「向こうに馬置き場がありましたね。エレナに拝借させてきましょう」

　馬が連れてこられる間に少しだけ時間があったのだが、その隙にニーカさんは気になる忠告をした。

「憶測でものは言いたくないのですが、伝えないよりはましでしょう。あの青年に触れた折、酒に混じって甘い匂いがしましたが、あれは強い幻覚と妄想を引き起こす類の薬品かと。作用が強いため本来は痛み止めに用いますが、自ら服用するとは思えません」

「では――」

　ああ、なるほど。彼女がテディさんを押さえつけた後、奇妙な表情を見せていたはずだ。つまりテディさんは薬を盛られた可能性が高く、これがあったから早い段階でエルの身を案じたのだろう。

　エレナさんに連れて来られた馬は栗毛の丈夫そうな馬だった。ジェフとあわせ二頭用意してくれたのだが、馬に乗り上げる際はライナルトが手を貸してくれた。やや気恥ずかしくあったが、そんなことに気を取られている暇はないと自分を叱る。

「まだ大丈夫だとは思いますが、とにかく身柄を拘束されないように。こちらもあまり遅くならないよう向かおう」

「何もないのが一番なのですけれどね」

　私の手前黙っているのだろうが、ライナルト側にしてみればエルの身柄は優先するにしても、おそらく彼女と取引するはずだった「手段」の方が気がかりのはずだ。助けを出すと決めたのはそういった観点も含まれていたのだろうが、いま文句を言うほど野暮ではない。

　詳しい話はしなかったが、ライナルト達は別件で忙しくなるようだとエレナさんと一緒だったジェフが教えてくれた。

　ジェフもただ立っていたわけではないようで、私とライナルト達が話す間、エルと皇帝の折り合いが悪い理由を聞いていたようだ。

「私は知らなかったのですが、エル殿は信仰心が強かったようですね。皇帝とはそのせいで意見の食い違いを起こしていたようで、衝突があったらしいのです」

　常であれば追放されてもおかしくないが、彼女の実力は必要だから皇帝でさえも手出しできなかった。そう思われていたようだ。

「ジェフ、少し無理を通すけど許してね」

「構いません。……実を言えばジェミヤン殿下はしょっちゅう問題を起こしていたので、些か物足りないと感じていたところです」

　なんとも心強いお言葉である。

　あとは馬を走らせたのでろくに話もできなかったが、ジェフが私の乗り込みを嫌がらなかったのは助かった。久方ぶりの騎乗も、こちらの必死さが通じた……のと馬が慣らされていたおかげでうまく走らせるようにできたと思う。

　なお帝都内を馬で駆ける暴挙をしでかしたわけだが、途中で衛兵に咎められたものの全て無視した。人通りの少ない道を選んだから目撃者は少なかったし、立ち塞がった者はエルの名前を出して全部黙らせたのである。勝手な職権濫用だが、これはもう後から謝って許してもらうしかない。

　行き先は魔法院である。昨晩を考えればエルの実家か迷ったけれど、職場の方だと判断した。間違ってたら大幅な時間の損失だが、どうやら間違ってはいなかった。

　緑の小道や魔法院の門前に剣を携えた騎士の姿はなく、受付によればエルは院内にいるようだ。それとなく宮廷から使いが来なかったか尋ねてみたが、今日の来客は私が初らしかった。

　どうやら間に合ったらしいと胸をなで下ろす。

　顔パスはここで功を奏した。

　ジェフと共にエルの研究室に向かう途中、カップ片手に廊下を歩くサミュエルさんとすれ違ったのだが、彼は「おお？」と驚愕しながら道を譲るのだ。

「朝っぱらからセンセに用事ですか」

「ええ、エルは研究室に？」

「そですよ。夜も明けないうちから出てこられたんでたまったもんじゃねーですよ。やー、あとはよろしくお願いしますわ」

　へらりとひと笑いすると遠ざかっていく。

　カップの中身は淹れ立てなのか、お茶の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

　相変わらずの御仁だが構っている暇はない。足早に彼女の研究室に向かい扉を開けると、ちょうどカップを傾けようとしているエルと目が合った。

　どうやら朝食を摂ろうとしていたらしく、カップにはサミュエルさんと同じお茶が注がれており、そばにはパンにハムやチーズを挟んだ軽食の包みがあった。食事の方はおばさん達の手作りなのだろう。他にも野菜のサンドや果物類が置かれており、エルのためにわざわざ持たせたのだろうと推測できる。手作り料理を前にしているからか、こころなしかエルの表情も柔らかかった。

　宮廷で出された朝食よりずっと食欲をそそるご飯だけれど、その愛情を褒め称えている暇はない。

　きょとんと目を丸める彼女に駆け寄って手を取った。

「なに、朝っぱらからどうしたの」

「エル、よかった。あのね、落ち着いて聞いて。テディさんが……」

　彼の名前を出すと、エルは気まずそうに目をそらし、慌てて口を開いた。

「あいつならまだ出てきてないけど、あー、その、ちょっと言い過ぎたのもあったし、少し休ませる程度に済ませるつもりだから大丈夫よ。カレンが言ったとおり、少しくらいは他の連中に対して譲歩もしはじめたし」

「違うの、そうじゃなくて彼が……」

　どうやら勘違いさせてしまったようだ。ただこの様子だと、エルはまだテディさんのことを知らない。

「うん？　テディに用事ならわたしじゃなくてサミュエルがいいわよ」

「……サミュエルさん？　どうして」

　意外なひとの名前に思わず聞き返していた。

「や、振った後にあいつを連れてったのサミュエルだし……。ところでカレン一人できた？　ジェフだったら中に入れてもらっても構わないし、どうせだったらこれ一緒に食べましょ。量が多くて困ってたのよね」

　その言葉に慌てて後ろを振り返ると、扉を潜るまでは傍にいたはずの護衛の姿が消失していた。