第111話 新しい誓い+新規挿絵+シスのキャラデザ公開

「あなたの迷いは私にもわかるけれど……」

「慰めは結構ですよ。すべて選びきれなかった私の不甲斐なさによる結果です」

「いいえ、慰めているわけではなくて……。裏切られた、だから復讐するし情のある相手と敵対します……なんて、考えているより、実際はとても難しいことでしょう」


 それができる人間はいる。

 いるけれど、大抵の人間はジェフや私のように迷うものだし、私は彼のような人間にこそ共感を覚える。情を斬り捨てることを即断し実行するタイプの人間は一握りだ。

 ジェフリーはそれができなかった。多分、私もそう。これまでの自分の判断が正しかったのかは、誰にもわからない。この世界に生きるありふれた住人の一人だし、それが当たり前の行動なのだ。情けないとは感じなかった。

 むしろ不甲斐ないと嘆くことのできるジェフリーは、ずっと真っ直ぐに生きてきた人なのだろう。私は彼が少し羨ましいし、尊敬したいと感じる部分がある。


「私じゃそれでよかったとは言ってあげられないけど、あなたが頑張ってきたのだけは信じていられる。……ええ、いまので引き続き雇っても問題ないと思えました」

「……カレン様。私を解雇しないのですか」

「…………なんで?」


 素で聞き返していた。まさか私が彼にクビを言い渡すとでも思っていたのだろうか。彼の復讐はもう終わった。終わってしまったともいうが、だからこそ続く関係もあるだろう。私の場合は、帝都へ向かう道中で彼を拾った時が始まりだ。彼の迷いを知ったからこそ信じたいと思う関係があったっていいじゃないか。どの道、私を筆頭にまともな噂がない人間、ジェフリー一人抱え込んだところで些細な問題だ。

 ……なんて、今更ながらもう一度、改めて腹を括る。


「私は、ダヴィット殿下を殺しました……」

「あなたの罪を断罪するだけの資格が私にはありません。許すと言葉でだけ伝えたって、ジェフが納得できるものでもない。……あなたがゆっくりと、時間をかけて消化していく感情でしょう」


 私が提供できるのは、彼が考えるだけの猶予を得られる時間と環境だ。

 二十歳にもなっていない小娘が二回り以上年上のおじさんに説教じみたことを言うのは、なんとも居心地が悪い。ごほんとわざとらしい咳払いを一つこぼす。

 ああもう、本当に生きるって難しいな。平穏無事に過ごせる毎日がどれほど幸せなのか、そして遠い道のりなのか、ひしひしと実感させられるばかりだ。


「それにジェフは色々と失い続けてきた。だったら後は沢山のものを拾い上げていくだけよ。……チェルシーと一緒にね」

「チェルシーと、一緒に……」

「これからもよろしくね」


 よし、これで締めくくりとさせてもらおう。柄にもないことをしたので恥ずかしいったらない。お前がいうな、なんて思わないでもないけれど、うん、そこは彼の働きに見合う雇い主になれるよう誠意努力中ということにしよう。


「さ、早く家に帰りましょう。皆様方への弁明も考えないといけないし、やることがたくさんあるけど、ひとまずはお菓子とお茶で一息つきたいかも」


 そろそろ覚えのある道にさしかかろうとしている。人気が増えてくるだろうから、離れたらあとが大変だ。

 名前を呼ぶと、ジェフがずかずかと大股で近寄ってきた。

 体が大きいから一気に詰め寄られると、迫力があってたじろいでしまい、その瞬間に片手を取られる。


「ジェフ?」

「私の剣は貴女と共に。どのような道であろうと、決して裏切ることはないと約束しましょう」


 手の甲を額に押し当てられた。兜越しだから金属はひんやりと冷たかったが、声には万感の思いが込められていたようだ。


「参りましょう」


 ……お、おお。いまのってまさか騎士の誓いとかそういう……?

 何が彼の決め手になったのかは不明だが、自分がやられる側になるとビックリするものである。

 余談だが、家に帰ってから改めて剣を掲げられてしまったので、照れくさいどころの話ではなくなったことを述べておこう。


「……あ、ええと。そうだ、企みとかそういうのじゃなくて、殿下達の関係で知りたいことがあるのだけど」

「ダヴィット殿下とジェミヤン殿下ですか」

「ええそう。お二人って、元々仲が悪かったの?」

「……いいえ、元はかなり仲の良いご兄弟で、いくつになっても親鳥の後をついて回る雛のようでした」

 

 御前試合ではダヴィット殿下が思ったよりもジェミヤン殿下を気にかけていた。あの二人の兄弟仲、やはり悪いものではなかったようだ。徐々にジェミヤン殿下がダヴィット殿下に逆らうようになったらしいけれど、時期については定かではない。


「初めの頃は兄上を支えるのだとはりきっておいででしたが……。そうですね、私の見立てでは、前大公やローデンヴァルト候と個人的に会うようになってから変わって行かれたと思います」

「大公はともかく、ローデンヴァルト候?」

「ダヴィット殿下はとにかく血気盛んでしたから、王位を継いだ暁には他国相手に戦の準備を始めるのではと噂されていたのです。ローデンヴァルト候はもちろん、大公もどちらかと言えば現状維持を望まれていましたから、ダヴィット殿下では都合が悪かったのだろうとも」

「……その割にダヴィット殿下とローデンヴァルト候は仲がよろしかったようだけど。……ああ、でもおかしな話ではないのね」

「両方に取り入っておくのは変な話ではございませんよ。ただし、派閥もありますので、実際取り組むには難しいところではありますが……」


 親友、とまで言っていたけれど、ジェフはダヴィット殿下とローデンヴァルト候の仲については懐疑的だ。前大公やローデンヴァルト候はジェミヤンと人払いをした場で会食していたようだから、すべては否定しきれないだろう。

 

「……そうね。あと、ライナルト様が冷遇されていたって本当?」

「本当です。話題に上ることが少なかったと申しましたが、皆様方表面上は気を遣っていたが、ローデンヴァルト候でさえあの方を王室に近づけようとはされなかった。面白がっていたのもダヴィット殿下ぐらいでしょう」

「…………なんで私との縁組が持ち上がったのかしら」

「そういえばご婚約の話があったのでしたか。体の良い厄介払いでは?」

「厄介払いにも、もうちょっと人を選ぶものではない?」


 ……そうなると、ライナルトって本当に色々と蚊帳の外だったのかな。彼らの間に割り込むだけの準備を入念に行っていたのだろうか。


「ところでカレン様こそ、よく私の顔を覚えておいででしたね。初めて名前を呼ばれた時は驚きました」

「ああ、それね……」


 舞踏会の日のことを伝えるといたく驚かれたけれど、同時に納得もされた。


「そのようなことで覚えておいでだったとは、なんとも奇妙な縁でございますな」

「本当に、どんなきっかけでご縁が生まれるのか、わかったものではないのね」


 あとは道すがら、今後についての相談だ。数日内には家に足りない人員を追加する予定なので、それに向けての雑談でもあった。

 ライナルトには……いやヘリングさん経由でいこう。ジェフリーを預かっている件を知っておいてもらう必要がある。チェルシーを抱えた状態でいつまでも黙っておくのは難しいので、これは決定。

 それと兄さんの件でヴィルヘルミナ皇女がファルクラムに滞在していたかもしれないという点も問題。コンラートが掴みきれていなかったのは非常に拙いというか、謝罪ものである。場合によっては私だけ一旦ファルクラムに戻って、状況の把握と諸侯との対面を済ませておく必要があるとウェイトリーさんと話していた。

 兄さんと面会を済ませたいまは、やはり一旦ファルクラムに向かう方向性で固めているし、向こうでは別件で確認したいことがある。


「ところで少し離れたところで青年と、年の離れた女性がこちらを伺っています。記憶にはございますか」

「やんちゃしてそうな顔立ちの男性と、しっかり者っぽい髪の短い女性?」

「そうですね、仰るとおりの特徴です。敵意はないようですが、気になるようでしたら払ってきます」

「害がなさそうなら放っておいてください。心当たりはないですけど、今度確認してみます。少なくともいまは後ろめたいことなんてしてないし、見られても困ってませんから」


 こちらの動向を窺う理由は不明だが、せいぜい無駄足を踏めばいいだろう。撒きたくなったらその時に考える。

 家まで歩いて帰っていると、結構な時間を食ってしまった。普段歩かないせいか足は若干痛いし、運動不足を痛感していると、家に近づくにつれて違和感に気付くのである。


「ジェフ、あれ……」

「……引っ越し、でしょうか」


 うちの隣家、あの幽霊屋敷の前に荷馬車が止まっている。御者や荷運び人がせっせと荷物を運んでいるのだ。こちらに背を向けていた女性がいたのだが、対峙していた男性がこちらに気付くと振り返った。


「あ! おかえりなさーい!」

「え……えっ!?」


 可愛らしい余所行きの服に身を包んで、手を振っているのはエレナさん。対峙していたのはヘリングさん。こちらも初めて見るが私服である。こうしてみるとエレナさんは特徴的な美人さんで、こちらの手を取り無邪気に笑う姿には華がある。


「エレナさん、どうしてここに」

「今日からこちらにお引っ越しなんですよー」

「引っ越し!?」


 え、まさか空き家のまま放っておかないとは思っていたけど、それって家の管理のためだけに引っ越してきたの!?

 というか隠し地下に墓地が備わったこの家に!!??

 目を白黒させていると、ヘリングさんがお洒落帽子を握りながら笑っていた。


「ま、エレナの祖父母が気になっていたのは確かですし、なによりもう害はないでしょう。僕らはそういうことは気になりませんので、ただ同然で家が手に入るならいいかなと」

「改装や管理費は持ってくれるっていうからお得だなって、話し合って決めたんです」


 爽やかに笑うヘリングさんに、嬉しそうに頬を染めるエレナさ……エレナ呼び!?

 は、え、ちょっとまって、この妙に親しげな雰囲気、それにこの発言の意味は……。


「あ、え、お、お二人で住む……のです、か?」

「一人より二人で移った方が説得力あるじゃないですか。お祖父ちゃん達の様子も近くで見られるし、せっかくだからこのまま一緒になるかーって決めてきました」


 ライナルトから祝い金をもらったよ! とはしゃぐエレナさん。両親達への挨拶が大変だったとぼやくヘリングさん。

 まさかこの二人……。


「付き合ってたんですか!?」

「そうですよー。結構長いんですよ、ねぇ?」

「だな。もうそろそろ五年かな。お互いいい年だ」

「丁度いいきっかけになったんですよ」


 まったく気付かなかった。あ、でもエレナさんを止めるときのヘリングさんはどこか小慣れてた雰囲気はあっただろうか。でも付き合ってたなんて想像もしてなかった。彼女って、先輩もといニーカさん大好きだったし……。

 驚きつつも祝福していると、偶然にもヴェンデルやエミールの帰宅である。玄関前ではち合わせると密度が増すのだが、子供らの腕の中には見過ごせないものがある。

 ……ものというよりナマモノか。


「ヴェンデル、エミール」

「うん」

「はい」


 ヒルさんは知らないぞといった表情で沈黙を決め込み、ハンフリーは一応止めました、とぼそりと呟いた。


「それはなに」

「猫」

「犬」


 ヴェンデルは猫、エミールは犬を抱えていた。どちらも生後間もない様子で、それぞれ服を汚すのも厭わず抱きしめている。明らかにどこかの家からもらってきた犬猫ではなく、拾ったという汚れ具合だ。


「なんで拾ったの、相談もなかったわよね!?」

「動物がいないと寂しい」

「……なんか放っておけなくて」

 

 などと言い始める始末。確かにコンラートは田舎だったし、猫なんてあちこちいたからご近所さんで管理していた。ヴェンデルも可愛がってた猫がいたけれど……。ヴェンデルはニャーニャー鳴く猫を突き出して、真顔で断言したのである。


「この子は絶対美人になるし、ふわふわになるよ。犬は大きくなるだろうけどいい番犬になるし、飼ってて損はない」

「相談、せめて相談して! 餌とかお風呂とか、そう……室内飼いにするかとか色々あるでしょうっ」

「ほらエミール、カレンは大丈夫だって言っただろ」

「……ほんとだ。姉さん動物嫌いじゃなかったんだ」

「二人とも!」


 ……ぼんやりとペットが欲しいなあと思ってたけど、実行に移したことはないし、こんな形で連れて来られるなんて想像もしていなかった。あと私は動物嫌いじゃない、むしろ好き!

 でも飼ったら情が移るし、将来を考えたら出て行きにくくなるから手を出さなかっただけ!!

 ああもう、危機感を抱いて帰ってきたらエレナさん達に吃驚させられて、子供達までこの始末。これじゃしんみりしている暇がない。


「ヒルさん、ハンフリー! どうして止めてくれなかったんですか!」

「人間拾ったカレンには言われたくない」

「ヴェンデル!!」


 未来をさえぎろうとする動乱の気配は未だ沈黙を貫き、心地よい喧噪だけが空の下に響いていた。








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102話挿絵+シスのキャラデザ:https://twitter.com/airs0083sdm/status/1345206317841932289

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