第3.5話 記憶
中学生の頃、秋葉 泉輝には一人の友達がいた。
下校中、その友達は複数人の上級生に囲まれ、暴力を受けていた。
それを見た秋葉 泉輝は我を忘れ、上級生に全治一か月ほどの大けがを負わせた。
その話は学校中に広まり、秋葉の周りはすっぽりと穴が空いた。誰もいなかった。助けた友達も例外ではなかった。そんな孤独な毎日を送っていた彼の前に、彼女は現れた――
「君が秋葉 泉輝くん?」
教室の端に位置する机で突っ伏している泉輝に千早 日照は話しかけた。
教室がざわめきだす。しかし、一瞬にして何事もなかったかのようにクラスメートと雑談を再開する。
「おーい。ボクの声が聞えないのかなー?」
泉輝は突っ伏したまま何も答えない。
「おーい」
「うるせえ。帰れ」
泉輝は突っ伏したままそういった。まるで自身の顔を隠しているように見えた。
「じゃあ、帰るよ。また今度ね」
相手が表面上拒んでいるのにも関わらず、恐れることなくそう伝えて帰っていった。
「秋葉くんー」
次の日も同じように教室に堂々と入っていき、泉輝の前に立ちはだかった。
「うるせえ。何しに来た」
同じように突っ伏して泉輝は言った。
「君に会いに来た」
千早 日照は泉輝の言葉にかぶせるように言った。教室内にいる生徒も、もう驚きはしない。ざわつきはしない。いつもの日々を送っていた。秋葉 泉輝という存在を排除した日常。
「だったら帰れ」
「ねえ。なんで?なんで君はボクを拒むのかな?」
「俺と一緒にいるとケガするぞ」
「今、私は君と一緒にいるけど?」
「帰れ」
泉輝はそれ以上何も答えなかった。いや、それぐらい答えた。変わりつつあるこの会話を二人以外誰も聞きやしない。
「うん。また来るよ」
そう言って彼女は少しだけスキップをしながら教室を後にした。
「やっと君の顔が見えた」
学校の食堂で泉輝は例のごとく彼女、千早 日照に声をかけられた。
泉輝は彼女の目線からそらすように反対側へ向く。
それを彼女は追いかける。
「だからなんで俺と一緒にいる?」
「君と一緒にいちゃいけないのかな」
「だから……」
「”俺と一緒にいると全治一か月の大けがを負うぞ”とでもいいたいの?」
「そ、そうだ。だから…」
「それは絶対にない」
日照は強く言い切った。強く。食堂が一瞬、静まり返るほどに強く、言った。
「君はそんなやつじゃない。ボクは見ていた。君が友達を助けるためにおこなったことだとボクは知っている。君が友達の殴られる姿を見た瞬間、我を忘れたように全力で走り出していくのをボクは見た。ボクは魅せられた。君のやさしさに。君の勇気に」
泉輝は千早 日照をまっすぐ見た。千早 日照もまた泉輝をまっすぐ見ていた。
「君がもし、何かの間違いで誰かを間違って傷つけるような真似をしようものなら、ボクが止める。君の間違いはボクの間違い。ボクが止めるよ」
泉輝はもう彼女の言葉しか耳に入ってこない。今まで聞こえてきた食堂の食器を洗う音も生徒同士の何も関係のない話も自身を”悪魔”とののしるひそひそ声も、もう聞こえない。聞く必要がない。なぜなら泉輝の心はもう埋められたからだ。彼女に、彼女の言葉に。
食堂を埋め尽くす雑音。
泉輝は目の前にいる彼女と向き合う。深呼吸をして、心を落ち着けようとする。しかし、鼓動は正確に、速く打っている。一呼吸置いて泉輝は口を開いた。
「……俺と、ずっと一緒にいてくれ、日照」
「ボクは最初からそのつもりだったよ。泉輝」
日照は真昼の太陽に負けないくらいの笑顔をして言った。
泉輝も照れたような顔をした。
そして最後に彼女は言った。
「ボクが泉輝を守るから、泉輝もボクを守ってね」
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