第3話 追跡
千早 日照にそっくりな女の子、チハヤの情報では泉輝らが降りたセルビアのチャチャク空港からは遠く離れたベオグラード大聖堂に千早 日照はいるらしい。チャチャク空港からベオグラード大聖堂のあるスポティツァに着くまで、長い時間が経った。
「なあ、今日もまさか宿泊費0円のあそこで寝る予定なのか」
「はい。ほとんどの費用は飛行機代で使ってしまったので。それとも泉輝はご飯がいらないとおっしゃるのですか」
「いや、ここ数日間くらいちゃんとしたご飯食べてないんですが」
「食べたじゃないですか。何かよくわからない物」
泉輝はため息をつく気力もなかった。ここ数日はほとんど馬車だかなんだかわからない乗り物にのっているだけだった。そして、野宿。次の日もまた野宿。
「なあチハヤ、すぐに日照が死ぬってことはないし、もうすこしゆっくりいかないか?」
「こんな生活をあと何日続ければいいのですか?」
「それな」
用もまともに足せず、残念ながら土や草の栄養にすることしかできない。シャワーもあるわけないので川を見つけ、その水で洗い流すくらいしかできない。正直、プライバシーもくそもないため、チハヤと泉輝との間にはなにも隔たりがない。洋服すらもだ。
「最初の飛行機は幻だったのか……」
そう思えるほど気の遠くなるような旅をチハヤとともにしてきた。
しかし、泉輝は足を止めることはなかった。彼女が地球のどこかにいるというだけで泉輝にはほかに何もいらなかった。
セルビアの国の人とは泉輝は話せるはずもなく、チハヤがすべてセルビアの人との会話も、乗り物の支払いも行っていた。
今、泉輝らがいるのはスポティツァの街中。並木道が続いており、道路の両側にはレンガを積み上げられてできた建造物が並んでいる。
「ここです。ベオグラード大聖堂。千早 日照の存在を確認した場所」
泉輝はその建造物の一部が視界に入ると同時に圧倒された。並木道に並んでいたレンガの建物とは桁外れの大きさ。複数の道がベオグラード大聖堂に集まっており、すべての道がベオグラード大聖堂に仕えているようだ。
世界の中枢といっても過言でないこの場所で、ただ一つそびえ立つ大聖堂を前にして泉輝は息を呑んだ。しかし、
「ここに……日照が」
泉輝は走り出す。門へめがけて一直線で。心の準備など泉輝にはいらない。
目の前まで来た。絶対に届かないと思っていた距離に今手を伸ばしている。
しかし、泉輝の足はふらつく。視界はゆらゆら揺れ、そして真っ暗になった。
泉輝は目を覚ました。おおむね暗い視界にはあの彼女の顔が公園にある電灯の逆光になっていた。頭の後頭部にはここ数日なかったはずの枕のような感触を感じられた。
「日照……」
あの彼女の名前を呼ぶ。寄り添い続けたいと思う彼女の名前を。
「目覚めましたか」
「ああ……」
よく見るとチハヤは泣いているような、微笑んでいるような、そんな顔をしていた。
そんな顔もすぐいつもの無表情に戻ってしまう。
泉輝も体を起こし、チハヤの隣に座る。
「明日、ベオグラード大聖堂に入ります。泉輝も疲れているようなので」
「わかった」
泉輝は立ち上がろうとするもふらついて倒れそうだった。
「仕方ないですね」
チハヤも公園のベンチから立ち上がる。
「泉輝、とりあえずついてきてください」
「いや、なんだよ」
夜、空は真っ暗だというのにスポティツァは屋台の調理で上がる炎、吊り下げられているランプの光で満たされていた。
子供から大人まですべての世代が自由に屋台の席に腰を下ろし、注文し各々の腹を満たしながら隣席の人や、向かい側の人と話していた。
「なあ、あの人たちは何を言っているんだ?」
泉輝は何か神妙な面持ちでしゃべっている男性二人を指さし言った。
「誰かの女の子が突然いなくなって帰ってきてないとかなんとか言っています」
「はあ、どこの国でも女の子がいなくなる事件は絶えないんだな」
そういって泉輝は空を見上げた。
それにしても、屋台はお祭り騒ぎだ。ある人は酒を飲み、大声で何か叫び、ある人は大食い自慢をするために大量に食べ物を注文し一気に食べて観客をにぎわせていた。泉輝はこの雰囲気になじめない。
「……」
「ほんと、陰キャですね」
「痛いとこ突っ込むなよ」
泉輝とチハヤも屋台に座り店主に注文する。注文するときの会話もすべてチハヤが担当している。
料理と飲み物がテーブルにいっぱいに並べられる。
「そいじゃ、ここまで来た記念に乾杯ということで」
「……」
「乾杯ということで」
「……」
「どうしました、チハヤさん……?」
「千早 日照を助けてないのに乾杯とは余裕ですね」
「いや、そういうわけじゃ…」
「冗談です」
「ですよね」
そのあとはほとんど無言のまま食べ続けていた。泉輝もチハヤも。
「いやーおいしかったな。今までのが何だったんだっていうぐらいだよなあ」
「確かにそうですね。今まで食べてきたのはさすがにまずかったですね」
道の左右を見ても食欲をそそる匂いしかしない中、泉輝は小さなテントに目をつける。
「どうしたんですか?誰かかわいい子でもいましたか?」
「いや、あれは何だろうと思ってな」
小さなテントを指さす。
「あー占い屋ですね。行きましょうか」
「おいおいおい、ちょっと待て!」
丁寧語しかしゃべらない少女は聞く耳を持たず、何やらはしゃいだ様子で手を引っ張っていた。
「で、結局なんて言ってたんだ?」
「『君たちはまたここに現れる。
日照は酒の匂いのせいか少し赤くなって楽しそうに話す。ぼったくりをされたというのに。
「いや、ぼったくり以上のぼったくりだろ。二度とあんなとこ行くかよ」
「とりあえず、銭湯行きますか」
「えっあるの銭湯?マジ?」
銭湯に行き、汗を洗い流した後、公園へ。
泉輝は手を伸ばした。くすんで星空が見えない
「日照……もうすぐだ」
そう呟くと同時に次第に意識は遠のいていった。
太陽の光が地平線の下から漏れ出す。暗かった空は徐々に明るい部分が多くなり、レンガ造りの建物も暗闇から姿を現す。スポティツァ全体が明るくなった時、泉輝、チハヤは目覚めた。
二人は起きてすぐ、ベオグラード大聖堂に向かう。
泉輝は門を叩いたが応答はない。
門を開ける。目の前には高い天井に、大きな空間があった。その大きな空間の真ん中には天照大神の絵が描かれている。大きな空間の奥の壁はガラスになっており、太陽の光が差し込んでいる。
「こっちです」
チハヤが誘導する。大きな空間に入るのではなく門を入ってすぐ右に続いている廊下を歩いていく。廊下には隙間から日の光が差し込み、その光が舞う埃を照らす。
進めば進むほど太陽の光はだんだん少なくなり、だんだん薄暗くなってくる。チハヤは迷うことなく奥深くへ突き進んでいく。30分ほど歩いたところで
「ここです。ここに千早 日照はいます」
チハヤは止まり、そう告げる。
薄暗い中、扉が浮かび上がって見える。もはや大聖堂の中なのかもわからない。
泉輝はドアに手をかける。そして、その扉を開放した。まばゆい光が泉輝の目を刺激する。眩しくて閉じた目をもう一回開く。
そこは門の目の前に広がっていた空間と同じ構造だった。
高い天井、広い空間、奥の壁はガラスでできており、陽の光が射し、幻想的な世界を作り出す。そして、真ん中の壁には天照大神の絵の代わりに
千早 日照が張り付けられていた。
「日照……おい日照!」
呼んでも返事はない。日照の手、足は壁にのめりこんでおり、見えるのは顔と上半身だけだった。顔も下を向いており、目も閉じている。心臓も動いているかわからない。
「日照……日照!」
何度呼んでも同じこと。呼ぶ度に日照の手足は壁に呑まれていく。
「日照……おい何とか言えよ!なんでこうなってるんだよ!」
壁はどんどん千早 日照を吸収していく。もう残すところ頭部のみだ。
「ふざけんなよ!おい!」
助け出そうとしても無駄。得体の知れない何かが日照を取り込んでいく。
やがて何もなくなった。
何もなくなった壁に手を付けていた泉輝はうなだれる。一滴の涙はその場にいた別の誰かの涙の上に落ち消えていった。
跡形もなく千早 日照は消えた。
<千早 日照が息絶えるまであと25日>
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