第2話 再起
「日照……」
泉輝はずっと探そうとしていた、ずっと会いたかった女の子の名前を口にするだけで精一杯だった。視界にはもうその女の子しか入ってなくて、涙など目もくれない。
目の前の女の子は何もしゃべらない。ただ心地のいい風が泉輝とその女の子の間に流れるだけで、そろそろ地平線に沈もうとしている太陽の光がマンションの一室に差し込んでくるだけで、二人は口を開かない。
「ど、どこ行ってたんだよ。探しても見つかんねえじゃねえか。いや、あんなメール送っといて俺をどうしろって……」
泉輝はたどたどしくそういった。まるで何か分かっていてそれを必死に否定しているようなしゃべり方をする。それを遮るかのように
「お久し振りです。泉輝」
女の子は口を開いた。
「は……?」
戸惑うのも当然だった。普通、同じ16才の間柄で丁寧語など絶対にありえない。
「いやいや、ふざけてんじゃねえ……って」
泉輝はその女の子の瞳を見るなり黙った。何か言おうと口を動かしても声にはならない。
千早 日照にそっくりなその女の子はそんな泉輝をどこか寂しそうに見守った。
「泉輝、言いたいことはわかります。ですが、そんなことも言ってられません」
さっきまでの心地いい風はなくなり、太陽はまた灰色の雲に隠れた。
「いいですか。よく聞いてください。泉輝」
「私は千早 日照ではありません」
「……」
「そして、もう一つ」
「千早 日照の居場所を私は知っています」
ドクン。泉輝は心臓が大きく打つのを感じた。しかし、それ以上は打たない。またいつもと同じように一秒もずれることなく鼓動を打ちはじめた。
泉輝は仰向けの状態から起きようとした。起こそうとした。しかし、体が動かない。彼女がいなくなってからの無機質な日々がそうさせた。
泉輝は目を閉じた。そこに浮かぶ彼女との日々。もはやそれは目を閉じないと思い出せなくて、目を開いている間は彼女と会った最後の最後の別れ際の顔しか想像できない。
「俺……は……」
” 何もできない ”
そう口からこぼれそうになった時、
”ポツン”
泉輝の額で跳ねる一滴の涙が落ちる。
無表情の顔から涙が落ちる。
瞼を開ける。その涙を泉輝は千早 日照のものとしか考えられなかった。
千早 日照自身が流したものとしか思えなかった。もし、自身を助けてくれた彼女が助けを求めているなら…
「それなら俺は……」
目を閉じる。彼女との想い出が写真となって無数に現れる。その一つ一つを自身の頭の中に強く、強く刻み込んだ。目を開け、体を起こす。ベッドから降り女の子の目の前に立つ。そして、口を開いた。
「千早 日照を救いに行く」
目の前の女の子は夕焼けで赤くなったマンションの中フッと笑った。硬かった表情を緩めたようにも見えた。泉輝はその一瞬の表情をあの時見た彼女の笑顔と面影を重ねた。
「ANA、6便の――」
ここは空の玄関口、成田国際空港。もはや日本語はアナウンスでしか聞こえない。
空港利用者の通路はだだっ広く、どんなに走っても人とぶつかることはないだろう。
もうすでに太陽が沈み外は暗くなっているというのに空港の中は人工の光が照らし、人の活気で満たされていた。
ここには外国へ旅立つ人、自国から旅立って日本に来た人たちがすれ違う場所。それぞれが様々な目的、気持ち、決心をもってすれ違う場所。
「あのさ、君のこと、チハヤって呼んでいいか?」
「いいですよ。泉輝」
「というかどこ行くんだ?」
「それは秘密です」
「チェッ。秘密かよ」
「教えてほしいんですか?」
「……」
「教えてほしいんですか?」
泉輝は真っ暗な空へ飛んでいく飛行機のほうに目をやった。チハヤはほとんど無表情だが、時折発する言葉、ほんの少し見せる表情はあの彼女を彷彿とさせる。
「俺はお前を必ず見つけ出すぞ。日照」
泉輝は独り言を言った。しかし、それは確かに今、この世界中のどこかで息をしている彼女に向けて呼びかけた言葉だ。
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