彼女を照らす月光《つきびかり》
@HS1852
第1話 梅雨
6月12日、マンションの一室、
梅雨の時期のベッドは湿っている。さらには泉輝の汗などが混じり、ベトベトしている。
「最悪だ」
そのようなことを言っても梅雨の時期が終わってくれるわけでもない。もちろん、彼女も――
どんなに口にしても、どんなに考えても、いつも終着点は一緒だった。いまさらどうにもならない。泉輝は無力を憶えた。梅雨の時期を終わらせることも、彼女を見つけ出すことも、たかが16才がどうにかできる問題でもない。
「何も変わらないか」
そう決めつけて泉輝はベットからその重い自分の体を起こした。湿って着にくい制服を着用し、いつもと変わらない朝ご飯をひとりで食べ、何の教科書が入っているかわからない通学バックを持ち、家を出た。
地下鉄を使い学校の最寄り駅で降り、そこから徒歩で学校へ向かう。外では無数の生温い水がこの地に落ちていく。それをしのぐ学生や会社員。
「傘をさすのがめんどい」
泉輝は独り言を言った。わずかな人が反応するがその足をとめることなく歩行する。
教室の重い扉を開く。
「おはよう」
泉輝は誰かに目を向けることなくそういった。しかし、確かにその場に存在しない誰かに声をかけていた。
「今年の7月19日は皆既日食で、20日は皆既月食だってよー」
誰も気に留めない。いや、留めたくはないのだろう。
教室の扉を開いても何かが変わるわけがない。と泉輝は思う。
教室の左隅、つまり窓側の席に座った泉輝は何も考えずに教科書を何冊か出す。もちろん、泉輝は一時間目の授業が何か確認していない。授業中は何も考えず、死んだように、雨が落ちるのを見る。
「……
泉輝はそう無意識につぶやいた。その声は雨音にかき消され誰の耳にも入らない。
「さようなら」
今日の日直はそういった。すると生徒はぞろぞろと教室を出ていく。ある者は部活に行き、ある者はその友達と一緒に帰っていく。泉輝の周りは空白だ。何もない。
学校を出る。雨は止んでいる。しかし、空に張り付けられている曇天が天井には広がっているばかりだ。地下鉄に乗り、家の最寄りの駅を出たとしても変わらない。うすい灰色の空が広がっていいるばかり。
「ただいま」
返ってくる言葉はない。家には誰もいない。帰ってくるのが一番早いのは泉輝だからだ。返ってくる言葉があったとしても彼には聞こえない。明かりがなく、濃い灰色に染めれたマンションの一室。泉輝はプログラムされたロボットのように自分の部屋に進みベットに突っ伏す。毎日がこの繰り返し。泉輝は何も見たくなくて目を閉じた。しかし、目を閉じるとそこには彼女との想い出しか映らない。消そうとしても消せない。見たくないのに見せられている。
嗚咽が漏れる。マンションの一室に響く詰まった声。
苦しくなって仰向けになる。自分の無力さをひしひしと伝えるかのように涙が頬を伝っていく。ぐちゃぐちゃになった視界を見たくないばかりに泉輝は目を閉じたままにしていた。ずっとずっと暗い闇の中。
「おかえりなさい」
泉輝は眼を見開いた。ぐちゃぐちゃかと思われた視界は無数の光が泉輝の角膜にかぶさっている涙を屈折することによって七色の幻想的な世界となっている。灰色だった天井は白く光り、梅雨の時期とは思えない心地いい風が入ってきて、なにもかもが照らされているこのマンションの一室に、
<千早 日照が息絶えるまであと 日>
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