アカピッピミシミシガメ
木船田ヒロマル
電話
「こっちではさあ、アカピッピミシミシガメって言うんだよ」
「へえ、方言ですか」
24年、いや、25年ぶりの電話だった。
母が旅行先でばったり僕の高校の部活の先輩と出会い、僕の連絡先を伝えたのだ。
「ミシシッピ・アカミミガメのことですよね」
「そうそう」
先輩は相変わらずの気さくさで、25年の月日を感じさせない。
「面白いですね。年寄りの先生が間違えて学校で教えてて、それが定着したとかかな」
「ははははは」
高校は演劇部で、先輩は表現力の豊かな面白い先輩だった。マンガや映画の趣味も合い、仲良くして貰っていたから、この再会……邂逅は嬉しいサプライズだった。
「他にも普通と違う言い回しが沢山あるんだよな」
「へえ、どんな?」
「スズメバチはツバメバチって言うし、ノラネコのことはノラコスリって言うし」
「初めて聞きました」
「生き物だけじゃないよ。田んぼのことはドロベタ、家のことはトジコメ」
「……変わってますね」
「だよなー」
「仕事のことはイノチベラシ、給料のことはクビキ、結婚のことはアキラメ、子供のことはコメクイムシ」
「またあ、どこまで本当なんですか?」
僕は先輩が冗談を言ってるんだと思った。
「空の色は銀色。水の味はラムネ。車はくるくると回ってる。火曜日の次は土曜日」
「……先輩?」
「アカピッピミシミシガメ」
「ミシシッピ、アカミミガメ、ですよね。先輩、どこにお住まいなんです?」
電話は切れた。
僕はすぐ実家に電話して、母に先輩とどこで出会ったのか尋ねた。
「旅行ォ? 行かんよぉ、こんな時期に。病気ば貰うんも移して回るんも怖かやんね」
「えっ、じゃあ先輩は誰から僕の番号を?」
「それ、本当に佐伯くんなん?」
僕は答えられなかった。
そう言えば先輩の声は、25年前と全く変わってなかった。
その声が最後にボソッといったアカピッピミシミシガメという言葉の響きが、耳の奧にこびりついて離れなかった。
アカピッピミシミシガメ 木船田ヒロマル @hiromaru712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます