第11話 魔法使い
その青年は広がる空のように蒼い瞳をしていた。ここはこんなにも地獄なのに空は呑気に青く晴れている。
赤く染まったこの村を一蹴するように、彼の顔は澄み切っていた。
「トージ君......」
トージと呼ばれた青年は徐に瓶を掲げた。
「頼まれた薬草をすり潰して、聖水で溶かしたやつ」
格好や聖水を持っていることからトージは冒険者だろう。それも王国に属する上級の冒険者だ。
緋色のマントに施された剣の紋章は王国に存在する冒険者協会のものだ。殆どの冒険者がそこに集まり、世界に存在するであろう土地や魔物たちを調べ、世界の謎を解き明かす為に戦う。
冒険者協会には位が存在する。新米冒険者が貰えるのは一本の剣の紋章。中堅は二本。一流は三本。冒険者協会の中でも最も強さを誇る冒険者を『レクス』と呼び、その人間には螺旋の剣の紋章が与えられる。
トージは二本の剣の紋章を背負っていた。
「お兄さん。この薬をその子に使ってあげて。このおっさんが効くって言ってたから」
果たして魔法に薬草が効くだろうか。恐らくは効かない。
しかし、症状を一時的に軽くするのには最も最適だろう。
「いいのか......?」
もちろん、とトージは頷いた。
「人を助ける為に取ってきたんだ。使ってくれ」
「助かる--」
運び屋がトージから瓶を受け取ろうとするとトージは瓶を引っ込めた。
「一つ条件がある」
「なんだ?」
「その子に飲ませる代わりに俺たちと一緒にこの薬草を取りに行って欲しい。ここは俺たちの故郷なんだ。救いたい。でも、俺たちだけじゃ人が足りないんだ」
「わかった」
※
目の前にあったのは限りなく深い闇だった。どこまでも続くその闇は運び屋を招くように生温かい息を吐き出していた。
「やっと来たのね」
炎を連想させるほどに紅いローブを纏った女が背中に闇を映していた。
「こいつはメルノワ。魔法使いだ」
「魔法が使えるのか?」
「まぁね」
メルノワが指を鳴らすと絢爛に輝く一筋の光が指の先から立ち込めた。光はやがて蒼を纏い、紅蓮に染まる焔へと姿を変えた。
驚いた、と運び屋は目を見開く。
「お兄さん。初めてか?」
トージが茶化すように笑った。
「ああ。その女性は貴族の人間なのか?」
魔法のことをどれほど知っていようとも運び屋が実際に使える人間に出会ったのはこれが初めてだった。
「私は王家に支える上級貴族、デーイク家の娘よ」
運び屋の心の中は曇天だった。
デーイク家は王家直属のルーガー家、アルビス家を含めた三代貴族の一家である。
炎の魔法に優れた家系であり、王の剣である蒼炎の騎士ドラゴヒリュテを生み出した家系でもある。
そして同時に、最も魔女に対して迫害を成した家系である。
少女が魔女の眷属であるとバレたとしたらどうなるだろうか。極刑は免れないだろう。
抗えるだろうか。魔法を持った人間に。
「そう......でしたか」
運び屋は跪く。そして、顔を伏せた。
「やめて。そういうのは嫌なの。今、私は二級冒険者。ほら剣は二つしか持ってない」
メルノワは背中を運び屋に向ける。
「敬語は使っちゃダメ。あなたの方が年上みたいだし。わかった?」
運び屋は少し戸惑った後、頷いた。
「さ、薬草を取りに向かおう」
トージがメルノワの肩を叩く。背中に担いだ大剣の音を鳴らせながら歩き出した。
「待ってくれ。話がある」
「話ってなんだよ」
トージは不愉快そうに運び屋の方を振り返る。
「この病は魔法で作られた病なんだ」
薬草探しなど無駄なことよりも事実を話すべきだと運び屋は考えた。
何故なら、今は魔法使いがいるから。
「なんだと?」
「どうしてそう思うの?」
『魔女の眷属にも効いたから』なんて言えるはずがない。
「こんなに急速に感染と発症が起こるか?普通。ありえないことなんだ。魔法としか思えない」
状況証拠でしかないが、こうとしか言えなかった。
この病は運び屋が今まで見てきた全ての病気よりも激しく、早かった。魔法でなかったとしたら不思議なくらいだ。
「確かにその可能性はあるな。メルノワはどう思う?」
メルノワは頭を悩ませた。
「十分ありえるわ。でも、この村から魔力は感じられなかった。魔法だとしたら魔力を感じるはずよ。それは何故?」
運び屋には一つ思い当たりがあった。それは魔力の打ち消し。
少女の持つ魔女の眷属としての魔力がこの村に蔓延る魔力を打ち消したというものだ。
しかし、少女にそこまでの魔力があるとは到底思えなかった。
魔力はいわば火薬だ。火薬の量が爆発の規模を決める。火薬は突然現れない。常にそこに存在するものなのだ。
だが、少女の中に火薬は見えなかった。重苦しい感情たちに隠れているだけなのだろうか。
運び屋に魔力を感じ取ることはできない。獣たちの場合は知識としてわかっているが人間はそれぞれであるからわからない。空気中に漂う魔力など尚更わかるはずもないのだ。
「取り敢えず、薬草を取りにいかないか」
トージは困ったような顔で洞窟の奥の暗闇を指さした。
「そうね。もしかしたら奥に行けば何か掴めるかもしれないし、ね」
メルノワは横目で運び屋を一瞥した。
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