第12話 信頼

闇でも光でもその場所にいるべきものがそこにはいる。

運び屋は自分のことを闇にいるべき存在だと認識していた。だからこそ闇に包まれていようともなんとも思わなかった。

日に当たることがおかしいと言えるほどに運び屋は自分の手が汚れていると感じていた。


そして、この洞窟にも闇に生きるものがある。魔物、魔獣。彼らの鋭く尖った一本の角は松明の光を纏ってもなお、その邪悪さは存在感を放ち続けていた。色の濃さの違いはあるものの毛が禿げた薄紫色の凶暴な筋肉はその力がどれほどのものなのかを如実に示していた。


「多いな」


数え切れない。数百は間違いなくいるだろう。

今まで運び屋が出会ってきた魔獣はここまで群れていなかった。群れていても数十匹。それにこんなにも大きくはなかった。


赤く光る眼光は遥か奥からも運び屋たちを睨む。


「さっき結構倒したのにどっから湧いてきたんだよ」


蛆のように湧いてくる魔獣たちにトージは思わず舌打ちをする。メルノワは些か不快そうな表情をしていた。


「どうしてこんなにいるんだ?」


「恐らく呪いを餌にする魔獣だ。特徴も一致してる。紫色に1本角。紫色が濃いヤツほど喰ってる」


魔獣は種類によって食べる餌が変わる。

単純に肉を食う魔獣も入れば、人の感情、呪いなどを食う魔獣もいるのだ。

餌が多い場所ほどその魔獣の数も多くなるのだ。


「さっき行った時はここまで多くなかったんだけどな。集めやがったのか」


トージは険しい表情を浮かべた。すると、メルノワがトージの肩を叩く。


「雑魚は群れるしかないのよ」


メルノワは懐から1本の小さな棒を取り出した。なんの変哲もない磨かれた木の棒だ。

しかしあの棒には魔法が流れ、流れた魔法を強化することができる力がある。

それこそが『魔法の杖』だ。


メルノワは杖を前に突き出す。


その瞬間、杖の先から小さな光と共に1つの円が現れた。その円は線を広げ、さらなる巨大な円を形成していく。

1本1本の線には文字が刻まれ、文字に中心の光が伝播していく。

その光は次第に熱を帯び、灼熱の炎を作り出した。


「これが魔術式演算か......」


王族や貴族の血にしか発現しない魔法の力。


洞窟を照らす炎が轟音と共に激しさを増していく。

洞窟の奥からの風に吹かれて、炎の熱気が運び屋に当たる。

その瞬間、確信する。この炎は物質だと。何もない空間から本物の炎が生成されたのだ。皮膚に当たるその温度が魔法がどれほど強力で危険なものなのかを運び屋に教えていた。


「レ・フレム!」


メルノワが魔法の名を叫ぶ。すると円の中で燃え上がる炎が一筋の焔へ変わった。


魔獣たちの枯らしたような叫び声が洞窟内に木霊する。


肉が焼かれ、骨まで侵食する。その炎は魔獣たちなどいとも簡単に飲み込んでしまった。

炎は魔獣を焼き尽くすと、小さく灰色の煙を出してまるで何もなかったように消えていった。


「はあー。これ、結構体力使うのよ」


魔獣たちを見ると数匹、仲間たちの肉壁により焼かれず生き残った個体がいた。

生き残った魔獣たちは歯を食いしばって、仲間たちを殺したメルノワに憎しみの瞳を向ける。


その目を見るや否やメルノワは虫を見るような目で魔獣たちを見下す。


「残党狩りは頼んだわ」


トージは剣を抜く。運び屋も腰から短刀を抜いた。


「任せろ」


魔獣たちに対して正面から刃を当てる。狙うは首。牙と爪を避けつつ、的確に。

角のついた首がボールのように軽やかに宙をまう。


次々と刎ねられていく仲間たちに魔獣たちは低く唸って後退りした。

その表情は怒りでも憎しみでもなく、恐怖。

その感情は魔獣だけでなく、運び屋も抱いていたものだった。


「どけ」


迸る殺気の向こう側にいたのはトージだった。銀色に光り輝く刃を魔獣の群れに向けて、重心を下げる。

両手で持って肩に担ぐと炯々とした眼光を魔獣に向けて放つ。

白刃が砕けるかのように震えている。

トージの筋肉がミシミシと音を鳴らす。筋肉に恐ろしいほど血管が浮き上がる。身体中に血液が流れる音がタイヤを回すかのように聞こた。

剣身が紅く灯った。


洞窟の中の空気が弾けた。


土煙が舞った。風圧で土砂が壁に激しく打ち付けられる。赤き残像だけがそこには残っていた。

爆音が鳴る。

瞬間、魔獣の身体が爆散した。血飛沫が噴水のようにあがった。


「凄い」


思わず運び屋の口からは感嘆の言葉が漏れる。


「冒険者の剣だ。俺なんてまだまだだけどな」


血の雨が降る。

トージは浴びた血を拭いながら笑って見せた。


「やはりレクスは遠いか?」


トージは目を丸くする。そして、再び笑った。


「当たり前だよ。レクスの剣は見たことないけど、三本でも桁違いに強いんだ。まぁ、頑張るけどな」


「......そうか」


運び屋の表情は少し柔らかくなった気がした。


「さ、薬草を取りに行こうぜ」



薬草は洞窟の奥地に儚く咲いていた。光に溢れたその空間はまるで死後の世界にも見えた。


「よし。何個か摘んでいこう」


運び屋もそれを真似て、摘んでいく。黄色の花を咲かせるこの花には鎮痛効果と精神を安定させる効果があるとメルノワは言った。


直接の解決には繋がらないことに分かっていながらも少し気分を落としたが、仕方の無いことだろう。


「助かったぜ。あんたのおかげでどうにかなった」


「あの力があれば、2人で行けたはずだ。何故、俺を?」


「深い意味はねぇよ。あんたが信頼出来たからだ」


トージは笑う。


運び屋としての信頼は得てきた。だが、普通の人間としての信頼など皆無に等しいだろう。

人権を裏切る行為を率先してやっているんだ。当たり前だ。


人間として信頼されたのは久しぶりだ。


「よし、戻るか」




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