第7話 奴隷紋
どこかで声が聞こえる。
ドスの効いた低い声。だが、優しい声。
「仕事をしろ」
盗賊たちは少女を貪るために少女にゆっくりと近づいていく。
少女は縄に縛られながら微かな力で抵抗する。
「やめ........」
少女の抵抗虚しく、縄は強く少女の腕を掴んで離さない。少女が必死に抵抗するほど男たちは歓喜した。
「可愛い抵抗だなぁ。犯しがいがあるってもんだぁ」
少女は自らの運命を未熟ながらも理解していた。
恐らく今、自分は運び屋の言っていた慰み者という奴なのだ。
少女は慣れていたはずの恐怖の感情に徐々に包まれていく。
少女が恐怖の表情を浮かべているのを見ると男たちはいやらしく笑った。
「助け.........て」
「嬢ちゃん。そりゃあ残念だけど無理だわぁ」
男たちは奥で倒れている運び屋を指差すと嘲るように下品に笑った。
「白馬の王子様はやられちゃったからボクたちとはっちゃけちゃおっか」
少女の服は男たちによって無残に引き剥がされ、白い裸体が露わになる。
「可愛い身体してんじゃん!」
男たちは下腹部を膨らませて、鼻息を荒くする。不幸なことにこの盗賊たちは幼女誘拐を頻繁的に行なっている人間たちだった。
「10人くらいいるけど相手してもらうねぇ」
少女は瞳に涙を溜めた。
*
運び屋は夢を見ていた。
不思議な夢。
真っ白な空間に一人の少女。どこかで見たことがある。
「お前は?」
運び屋は言った。
すると、その少女はくすりと笑った。
可愛らしい笑顔だった。
「あなたは覚えてない。思い出すことは難しいと思う。この夢も覚めたら忘れてしまう。だからこそ、言っておくわ。あなたはあなたの仕事をしなさい」
*
運び屋の腕は後ろで縄できつく結ばれていた。
運び屋の力で切れるような縄ではない。
押さえつけられてうつ伏せになっていた運び屋は目を見開いた。
目の前の景色は運び屋の激情を煽るのには十分なものだった。
――俺の仕事は.........
運び屋の胸が紫色に鈍く光る。
美しく、神々しく、されど邪悪に。
胸の光が伝播していくように運び屋の筋肉は呼応を始める。血液が循環し、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。ありえないほどの力が運び屋を包んだ。
――守ることだ。
縄は紙切れのように弾けた。
その音は爆発音に近いものだった。
その音に盗賊たちは一斉に振り返る。
しかし、盗賊たちの目にはすでに運び屋は写っていなかった。
運び屋の隣にいた男がいとも簡単に倒れる。
運び屋の裏拳が炸裂していた。
はだけた服の隙間から見えるのは不気味に輝く奴隷紋。運び屋とは真逆の呪いの印。
「覚悟はできているか?お前たちには3度なんて猶予を与える気はない」
今までで最も冷酷で残忍で陰惨な声を運び屋は吐き出す。まるで人を殺すことに慣れた殺し屋のようだ。
盗賊たちは息を呑み、腰に携えた短剣を構える。そこまで良い品とは言えない。それでも先程まではこの短剣が恐ろしい凶器に見えた。しかし、今はどうだろうか。陳腐で中途半端な駄作だ。
運び屋の手前にいた男は短剣を大きく振りかぶる。
そして勢いよく振り下ろされた短剣は運び屋の頭へ――
否、短剣は振り下ろされずに運び屋の手に渡っていた。
筋肉が事象に反射反応を示し、運び屋の思考よりも先に体を強制的に動かした。
奴隷紋が運び屋の身体に刻まれている理由はここにある。
運び屋は自らに奴隷紋を刻み、命令を課すことでリミッターを突破したのだ。
運び屋に渡ったら最後。男の喉は容赦なく切り裂かれた。
喉を切り裂いた刃は空中を舞い、一人の男の額を貫く。
身体能力の限界値。そんなものは運び屋には関係がなかった。
空閑認識能力。投擲力。膂力。命中力。精神力。その他も含めて、運び屋は奴隷紋に限界超越を命令した。
理由などただ一つ。
運び屋が運び屋であること。
強烈な拳が目の前の男の顔面に炸裂する。反撃することもなく、男は意識を昏迷させる。
「なんなんだよ!」
男は唾を撒き散らしながら、運び屋に突っ込んでいく。
運び屋は男の攻撃を躱し、顔面にカウンターの拳を叩き込む。そして、首を相手が泡を拭いて顔が紫になるまで掴んでいた。
容赦なく、残酷に。
相手が多数でも人間離れした身体能力を用いて、葬る。
既に運び屋の身体は限界点を迎えていた。
奴隷紋は万能ではない。メリットを簡単にかき消すほどのデメリットを備えている。
死を覚悟するほどのものだ。
そもそも強制覚醒は命に関わるものだ。
しかし、運び屋はそれを躊躇なく行った。二度とあの日のようなサイアクを見ないために。
運び屋は盗賊たちの短剣を素手で捌き、一人の頭を持って勢いよく岩に叩きつける。
「楽に死ねると思うなよ」
運び屋は血塗れの顔を上げて、冷酷に無表情でそう言った。
それは逃れることのできない圧倒的な力からの殺害宣言。
一人は蹴り飛ばされ、顔を潰された。
一人は短剣を奪われ、容赦なく殺された。
一人は――
運び屋の目に狂気はなかった。あるのは感情のない黒目。
「お、おい!来るんじゃねぇ!このガキが死んでもいいのか!?ん!?」
仲間が全滅して、親玉らしき男は少女の首を軽く締めて起き上がらせて、首に短剣を当てた。
少女が涙を滲ませる。今までも命の危険を感じた事はあった。しかし、こんなにも近くに、すぐ後ろに死があるような状況はこれが初めてだった。
「知っているか」
運び屋は脈絡もなく、問いかけた。
「その娘は王国王女の娘だ」
男は目を丸くして一瞬、思考を停止させた。その一瞬を運び屋は逃さない。地面に落ちている盗賊たちの短剣を拾うと男目掛けて投げつけた。
投げられた短剣は一本の線を描き、男の額に深々と突き刺さった。男は持っていた短剣を落とし、パタリと後ろに倒れた。
「嘘だよ。それならどうして奴隷なんだ?」
運び屋は目の前で白目になった死体を睥睨してそう言った。
前に倒れ込んだ少女を運び屋は支える。
「怪我はないか?」
運び屋の声を聞いて、少女は運び屋に抱きつく。血の付いたシャツの皺を掴むと運び屋の胸に顔を当てて泣きじゃくった。
「怖..........かった.........」
運び屋はそんな少女の頭に手を置いて、撫でる。艶やかにした髪の毛はぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「もう大丈夫――」
運び屋の身体に重く鋭い電流が迸る。指先から流れ始めて一瞬にして全身を包み込んだ。
奴隷紋を使った反動。
運び屋に襲う痛みは意識を失わせるのはさほど難しいものではなかった。
運び屋の身体はバタリとうつ伏せに倒れた。
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