第6話 狩り
運び屋は毎日、日の出と同時に自らを抱きしめる布団を剥がす。
早起きの理由はほとんど馬の世話である。
「おはようございます」
宿屋の老婆は運び屋よりも早起きだったようだ。
「お早いですね」
「馬の世話だ」
「成程。真面目なお方で…………」
「何故だ」
運び屋は老婆の話を途中で切る。
「はて」
「何故、俺に話しかける?」
この村は奇妙だ。
奴隷の運び屋という仕事は忌み嫌われるものだ。
昨日は勝手な推測で自分を納得させたが、そんなはずはない。
人間の正義感というのはそこまでざるではない。
「この村を一度運び屋の方に助けて頂いたことがあるのです」
運び屋という仕事をしている人間の村を救うという行動に疑問を覚える。
しかし、運び屋には覚えがあった。
「十年前程でしたかな」
運び屋は確信した。
「聖戦」
運び屋には覚えがあった。
深く、深く覚えていた。
「それです、それです。お名前は名乗られませんでしたから分からないのですが、あの方はとてもお強い方でした。本当はヒルト様だけでなく、その方の像も建てたかったのですが運び屋という理由だけで受け付けられず…………」
村で何かを行う際には王都での申請が必要だ。
運び屋は忌み嫌われる存在。許可されるはずもない。
「そうか。分かった」
運び屋は険しい顔で馬小屋へ向かった。
*
「世話になったな」
運び屋は老婆と村長に一瞥し、馬車を走り出す。
少女は少し不思議な顔をしていた。
「そんなこと...........言うんですね」
「そんなこと?」
「お礼」
運び屋はあからさまに不機嫌な顔をした。
「礼くらい当たり前だ」
そう言って運び屋はぷいっと前を向いた。
*
運び屋と少女は魔獣と遭遇していた。どちらかといえば会いにいったという方が正しい。
今日の昼食は肉、ということだ。
魔獣といっても草食である。そもそも肉食は食べることなど不可能に近い。
魔獣たちは短剣を持った運び屋に強く警戒する。
運び屋はそんな魔獣の本能などに反応を示すわけでもなく、狩りを始める。
腰を低くして、重心を下げる。短剣を逆手に持って素早く魔獣の懐に入った。そして、容赦なく魔獣の腹を切り裂いた。
魔獣の腹からはドボドボと重い血が吐き出される。唸り、苦しんだのち絶命した。
そんな作業に近いものを運び屋は数回繰り返した。
「おい。終わったぞ」
少女は牢屋の中で口をぽかんと開けたまま座り込んでいる。
少女の目には想像を絶する光景だったのだろう。
「取り敢えずこいつらを捌く。少し待ってろ」
そう言って運び屋は血に濡れた短剣で器用に捌いていく。
捌き終わると懐から水らしきものを取り出した。
「それは......?」
「聖水だ」
運び屋は言った。
聖水とは呪詛を溶かすのに使われる水である。
王都などの都市で購入できるが、そこそこ値段が張る。
聖水を買う殆どが冒険者であるため、そこまで高価ではないとされているが運び屋にとっては十分高価だった。
しかし、経費で支払われる為運び屋の財布が脅かされることはないのだが。
薪を用意して火を灯す。
肉を焼く用意が出来ると、丁寧に元魔獣を焼いていく。
黄金色が食べごろだ。
「食え」
少女は慎重に肉を口の中に入れる。
ふんわりと甘い肉は少女の舌の上でダンスをしているよう。
溢れ出る肉汁が少女の胃の中を満たしていく。
「美味しい..............」
「そうか」
こころなしか運び屋は喜んだようにみえた。
唐突に少女の口が乱雑に塞がれる。
瞬間、運び屋の頭にも大きな衝撃が伝わった。
脳がぐるんと揺れる。
運び屋は失いかける意識を持っていた短剣を足に軽く刺して蘇らせた。
「貴様ら、盗賊か」
盗賊。
冒険者なら倒せて当然の相手だが、運び屋には厳しい相手だった。
盗賊の強さは何よりも量である。質は量には勝てない。畳み掛けられて仕舞えば詰みだ。
運び屋は短剣を強く握り直す。盗賊を倒す必要はない。少女を助ければ運び屋の勝利である。
「目的はなんだ」
「目的ぃ?女子供を拐うのに目的なんて一つくらいしかないだろぉ?」
「下衆が」
そう言って運び屋は大きく踏み込む。魔獣を狩った時のように素早く重心を下げて一瞬で盗賊に近づいた。そして、斬——
否、やられたのは運び屋だった。後ろに盗賊はいたのだ。
二度目の意識の昏迷に今度こそ、運び屋は倒れた。
盗賊たちの下劣な笑い方が微かに聞こえた。
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