第4話 ヒルト村

ヒルト村は辺境の村、アルス村の次に街から離れている村だ。


 ヒルト村のヒルトは昔、この村を魔物の群れから守った騎士の名前から付けられたらしい。

 真っ白なローブに真っ白な髪の毛。白く艶やかな肌。持っていた剣すらも全てが白で統一されていたらしい。


 そのヒルトという騎士、実は王国騎士の中でも最上位の位だった。


 だからと言って、関所の騎士の甲冑が白という訳ではないらしい。


「ヒルト村にようこそ」


 同じように土を抉る音と共に関所の扉が大きな口を開ける。


 運び屋は村に対して何か妙な雰囲気を感じていた。


「うわぁ」


 少女は目の前の巨大な扉が開くのを目撃し、感嘆の声をあげる。

 アルス村から出る際に見たはずだが、意識が朦朧としていたのだろう。


 扉が完全に開くと、運び屋はまた馬車を動かし始める。


 目の前にあったのは白一色で統一された村の風景だった。雪が降らずとも降り積もったかのような。


 ヒルト村に入ると右側に看板が見える。


白雷びゃくらいの騎士の村、ヒルト村にようこそ』


 白雷の騎士というのは王国騎士団最強、『つるぎ』の一人を表わす異名の一つ。


 蒼炎そうえんの騎士ドラゴヒリュテ、赫氷かくひょうの騎士スレン。それに並ぶのが白雷の騎士ヒルトだ。


 この『剣』と呼ばれる三人は今の家系として引き継がれている。

 他国を見てもこの三人に勝てる人間は恐らくいない。

 何故なら彼らは魔法を使うことが出来るから。それも最上位の。


「旅の御仁、ようこそ。ヒルト村へ」


 村長、だろうか。一人だけ他の村人とは違う格好をしている。

 白髪に白い装束。白い髭。恐ろしいくらいに白だ。そして、とても背が低い。


「俺は旅の御仁ではない」


「はて。それなら貴方は?もしや騎士様であられましたか?」 


 奴隷の運び屋という職業は所謂、汚れ仕事だ。


 冒険者や騎士、表立った商人のような誰もが憧れる職業ではない。

 彼らが最優だとするならば運び屋は『最冷』だろうか。


——軽蔑されたらその時はその時か。


 軽蔑されるからと言って旅人とか冒険者とかを名乗るのはあまりにも無礼ではないか。まして騎士などと。


「奴隷の運び屋だ」


 村長は予想に反して動じなかった。それどころか磨かれた白い歯をにかっと出して笑った。


「そうですか。そうですか」


 随分と変わり者の村長だ。奴隷の運び屋だと知っても反応しないとは。

 もしかすると、運び屋が気付いていないだけで、いつの間にか奴隷というのは憐みの対象ではなくなってしまったのかも知れない。


「後ろの可愛らしい女の子が奴隷ですかな?」


「そうだ」


 村長は音を出して笑う。


「何とも羨ましい限りですなぁ」


 村長の口から発せられたのは予測もしていなかった発言だった。


「羨ましい?」


「はい。羨ましいですよ。あんなに可憐な、まるで草原に咲く一輪の花のような少女と旅が出来るなんて」


「旅ではないのだが」


 村長はまた豪快に笑って見せる。


「そうなのですか。貴方がその少女と旅がしたいように見えたものでして。違ったのなら失礼しました」


 運び屋は即座に否定できなかった。何か引っかかるものがあった。


「………………いや。違う」


「そうですか。これは失礼」


「別に構わない。それよりも宿を紹介してもらえるとありがたいだが」


「あーあ。了解致しました。おーい。シューマ」


 奥から一人の少年が小走りでこちらに向かってくる。あの子がシューマなのだろう。相変わらず服は白い。


「はい。村長、何でしょうか」


「この方々を宿に案内しなさい」


 少年は運び屋と牢屋に入っている少女を交互に見る。そして、運び屋を睥睨した。


「分かりました」


 少年は不愉快そうに返事をする。


「僕の名前はシューマです。まぁ興味ないと思いますけど」


 再び運び屋を睨みつけると、面倒くさそうに小さく舌打ちをする。


 嫌味ったらしいその言葉には運び屋の事を以前から知っているような雰囲気があった。


「こっちです。来てください」


 アルス村に比べてこちらの村は随分と広かった。


 所々に白い像が立っている。あれはヒルトの像だろう。

 こんなにも沢山立てられるということは資金も申し分ないらしい。

 運び屋は馬を引きながらヒルトの像に触れる。冷たい感触と共に一瞬、掌に電撃が走ったような気がした。


「これは一体?」


「ヒルト様の像ですよ」


「それは知っている。今電撃が流れたような気がしたのだが」


「魔法です。ヒルト様の眷属のヒルティア様がその像に魔法を纏わせたんです。これがあれば魔物は近寄って来ませんし」


 運び屋が感じたあの妙な雰囲気はこの魔法が原因だったのだろう。あの放たれる魔法の気配が魔物を寄せ付けないということなのだろう。


 それにしても物に魔法を纏わせることが出来るとは何とも万能である。


 運び屋は以前、王都にてこんな言葉を聞いたことがあった。


「エンチャントと言ったような……」


「知っていましたか」


 魔導と呼ばれる魔法技術の応用である。魔力を封じ込めたり、誰かに与えたり、付与したり。

 魔法が使える人間は全体の一割にも満たないが、その中でも魔導を使えるのはごく一部。

 魔力のコントロールと魔力量がものをいう技術だ。

 それほどまでに魔導という技術は習得が困難なのだ。


 流石はヒルトの眷属。現在の『剣』の実力も伊達ではないということか。


「その人の魔力は残っているのか?」


「えぇ。そんなに込めてないらしいですし。それにしてもどうしてそんなことを?」


 シューマは首を傾げる。


「別に深い意味はない。単なる好奇心だ」


「へぇ。運び屋にも好奇心とかあったんですね。あんなに奴隷に対しては無感情なのに……」


 シューマは軽く笑っていたが、目は憎しみに囚われているようだった。


「仕事に私情は持ち込むべきではない」


「そうですか」


「そうだ」


 シューマはわざと聞こえるように舌打ちをするとまた歩き出した。


 煽り耐性が強いというのだろうか。

 運び屋は批判や否定、憎しみの押し付けには随分と強くなっていた。気にしなくなっていたという表現の方が正しいかもしれない。

 だからこそシューマの嫌味や舌打ちに感じるものは無かった。

 メンタリティーにおいて彼を強くしたのはこういった否定行為の応酬なのだろう。


「気にしないんですね」


「あぁ。興味がない」


 シューマは再び舌打ちをする。


「聞いたほうがよかったか?」


「別に…………。そんなことより到着しましたよ」


 随分と大きな宿屋だ。恐らくこの村で最も大きな建物なのだろう。

 相変わらず壁面や屋根は真っ白だ。


 久しく口を紡いでいた少女も口をパクパクさせている。


「そんなに驚くか?」


「大きいから……」


「関所の方が大きかったはずだが」


「違うんです……よ。こんなに大きなお家を見たのは……初めてだったから……」


「そうか」


 運び屋は馬車を降りると牢屋の扉を開ける。運び屋の手を取って少女が外に出る。


「両腕を前に出せ」


「えっ?」


「手錠をつける。出せ」


 運び屋の口調は酷く冷淡だった。

 先程も淡々としていたが今は仕事を遂行するだけのアサシンのような眼をしている。


 少女はその運び屋の無機質な眼に逆らえず、両腕を差し出す。

 鈍い音と同時に少女の両腕に枷が付けられる。


「重……い」


「それでも最も軽い奴だ。我慢しろ」


 枷にも重さの種類がある。勿論、枷如きに金や銀を使用するようなことはしないが、相当な犯罪者には高価な素材を用いた枷を使用する。

 国家転覆などを実行または計画した人間に対しては玉鋼を使用した枷。これには神への反逆も含まれる。つまり魔女ということになる。

 殺人を犯した人間には鋼。しかし、盗賊団を殺したりした場合は罪に問われない場合もある。

 治安を悪化させた人間に対しては鉄が使用される。

 この枷の振り分けはただ単に逃亡防止だけでなく拷問器具としても有用である。玉鋼や鋼は鉄と比べて質量が異常なほど高い。長時間つけていると骨を砕いてしまうらしい。

 奴隷につける枷は指定されていない。鉄よりも軽い木でも玉鋼でもいいのだ。奴隷に玉鋼を使用する人間はあまりいないが。


「分かり……ました」


 少女は折れそうなほど細い腕をプルプルと振るわせている。今までは死んだように横たわっていたのだ。無理もないだろう。


「この辺で僕は帰らせてもらいますね」


 シューマは怪訝そうな目つきでしつこく貧乏ゆすりをしていた。とにかく早く帰りたいといった風だ。


「あぁ。案内、感謝する。それで最後に一つだけ」


「何ですか?」


「馬小屋はあるか?こいつにも宿屋が欲しいのだが」


 運び屋は慣れた手つきで馬を撫でる。馬は気持ちよさそうに瞳を閉じる。


「そんな事ですか……。馬小屋ならこっちです」


 運び屋は馬車と馬を切り離し、馬の手綱を引く。馬の後ろにはちょこちょこと少女が付いてきていた。


 既に日が暮れてきている。白い村は沈む夕日の力で赤黒く、幻想的な村になっていく。まるで炎に包まれたかのように。

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