第313話「00(ダブルオー)シャケ、カジノロワイヤル⑩」
「「……はぁ」」
青く輝く怒りの炎で燃えるレオニーとシャケに敗北を与えてしまった哀れなディーラーの二人がバックヤードへと消えた後、ディーラー不在のテーブルに残された私とレオノールは顔を見合わせてから、ため息を吐いた。
「なあ、シャケ……姉さんって、いつもあんな感じなのか?」
それからレオノールが聞いてきた。
「え?あ、いや、その……」
私がレオニーの姉としての尊厳を守る為にどう答えようか、と迷っていると……。
「おい、そこの陰キャの兄ちゃん」
背後からチャラそうな声が聞こえた。
「え?私?」
陰キャの自覚がある私は、それに反応して振り向くと、
「そう、お前だよクソ陰キャ……それにしてもテメーみたいな奴には勿体ない、いい女を連れてんな?ああん?」
顔を近づけて凄みながらそう言ってきた。
ああ……やっぱりレオノール目当てか……確かに今の彼女は凄く綺麗だけど……コイツ、死にたいのかな?
「ん?ああ、いいだろう?彼女は『最強』クラスの美女だし」
私は親切心からこの、いかにも、という感じの安いDQNに対して暗に警告してやったのだが……。
「見れば見るほど最高にいい女だな!まさに俺様に相応しいぜ!……という訳で、痛い目に遭いたくなかったら、さっさとその女寄越せや!」
彼はニヤニヤしながらレオノールを見てそう言った。
はぁ、残念ながら彼には私の善意が伝わらなかったらしい。
因みに当のレオノールは、
「シャケはいいなぁ……姉さんに甘やかして貰って……」
と、考え事の最中らしく、明後日の方向をボーッと眺めていて、この状況は目に入っていないらしい。
え?これヤバくない?
このままだと私はDQNにやられてしまうのだが……?
あと、先程のレオニーの行動を羨ましがるとか……レオノールも大概だな……。
「おい!コラ!無視すんな!このクソ陰キャが!」
私が色々と考えている間に、このDQNをナチュラルにシカトしてしまったらしい。
あ、これはマズい……。
それからブチギレたDQNの手が私の胸ぐらを掴もうと伸びてきた……その瞬間。
「おい兄ちゃん……ウチのシャケになんか用か?」
「うお!?イタタタタタ!」
そんなセリフと共にウチの黒獅子……いや、白獅子がDQNの腕を握り潰さんばかりに掴んだ。
「は、放せ!放しやがれ!腕が折れちまう!」
DQNはミシミシと音を立てる腕を必死に振り解いて逃げようとすが、レオノールの前に全く歯が立たない。
「おい、答えがまだだぞ?」
更に、完全に戦闘モードに入ったレオノールがドスの効いた声でそう言った直後。
「う、うるせー!早く腕を……ぎゃあああああ!う、腕の骨がぁ!?」
残念ながら時間切れのようで、レオノールは今までのストレスも相まって何の躊躇もなくDQNの腕を握り潰した。
「ウチのシャケに舐めた真似しやがって……生きて帰れると思うなよ?」
それからDQNの胸ぐらを掴み、ドスの効いた声で告げた。
「ひぃ……く、くそぉ!おい!お前ら!早く助けろ!」
するとDQNは痛みと恐怖の中で必死にそう叫び
、ガラの悪そうな仲間が十人ほどゾロゾロとやってきた。
そして、
「やっちまえ!」
とDQNリーダーが叫び、
「来いよ」
とレオノールは獲物を前にした雌ライオンのような獰猛な笑みを浮かべてそう言ったのだった。
……。
…………。
………………。
数分後。
レオノールは目を爛々と光らせながら、あっという間にDQN達を残らず半殺しの目に遭わせてしまった。
「あー楽しかった!ストレス解消にはサンドバッグ(チンピラ)が一番だぜ!」
そして、レオノールは爽やかな笑顔で言った。
それからマンガみたいに積み上げられたDQN達に向かって、
「お前ら、今度シャケに舐めた真似したら殺すからな?」
とついでのように言って威圧した。
「「「ひぃ!?」」」
怖っ!
それから彼女は黒服連中にゴミを片付けるように頼んだあと、私のところへ戻って来て、
「シャケーお待たせ!舐めた連中を代わりにシメといたぜ!」
と凄くいい笑顔で言った。
そこまでしてくれとは頼んでないのだけど……助けて貰ったし、感謝しないとな。
「あ、ありがとう……シロノール」
「は?おいコラ!アタシをコ◯ダ珈琲のスイーツみたく言うんじゃねーよ!」
あと……非常に言いにくいのだが……。
「ねえ、シロノール……」
「あん?しつこいな、何だよ?」
「助けて貰ったことには凄く感謝してる……だけど……」
私が歯切れ悪くそう言うと……。
「だから何だよ?文句あんのか?」
彼女は苛立たしげにそう返してきた。
でもでもだって……言いづらいんだもん……。
それから私は、
「いや、その……もう少し女の子としての恥じらいを持った方がいいと思うんだ」
オブラートに包んでそう言った。
「は?今更何言ってんだよ、気に食わない奴をぶん殴るのはいつものことだし、お前も何度も見てるだろ?」
だが、シロノールは私の言葉の意味に気付かない。
どうやらハッキリ言うしかないらしい……嫌だなぁ。
「ああ、そうではなくてね……」
「勿体ぶらずに早く言えよ!!」
ここで彼女の苛立ちは頂点に達し、私は命の危機を感じながら、ついに辛い現実を伝えることにした。
「分かった、では言うけど……君さ、戦う時に膝蹴りに回し蹴り、ヤクザキックにおまけにサマーソルトキックまでしたよね?……そのドレスで」
「ああ、そうだな……ん?……え?」
ここで漸く私の言葉の意味が理解できたらしいレオノールの顔から血の気が引いた。
そして、ここで私は彼女をひとおもいに楽にしてやることに決めて、ハッキリと告げる。
「うん……大サービスだったよ?『白』ノール」
「っ!?……うう……うああああああ!」
レオノールは全てを悟った瞬間、顔を真っ赤にして泣き崩れたのだった。
その直後。
「下着を見られたぐらいで何を泣いているのですか、情けない」
ディーラーの『再教育』を終えたらしいレオニーが、私達の背後から現れてそう言った。
「ああ、レオニーお帰り」
「お待たせして申し訳ありません、殿下……そして愚妹の醜態をお見せしてしまいましたことを重ねてお詫び致します」
彼女は私にそう言ってから、両手で顔を覆って肩を震わせている妹に対して、
「それぐらい何ですか、泣き止みなさい」
と冷たい一言を浴びせた。
「だって……だって……大サービス……しちゃった……ぐす」
「でもレオニー、この反応は若い女性として普通だよ?だって男共の視線を独り占めだったし」
「うあああああ!やめろシャケー!」
私の言葉で白ノールが発狂してしまった……ごめん。
「はあ、左様でございますか……あ!でしたら殿下……」
とここで、今までよく分からない、という顔をしていたレオニーが何かを思い付いたらしく……。
「ん?何?」
「私は黒です……どうぞ」
と言いながら、スリットに手を掛けて下着を見せようとしてきた。
『黒』ニーだったか……いや、そうではなくて!
「おい!やめろ!君はもっと恥らいを持ちなさい!」
「……?は、はい……」
レオニーは不思議そうな顔でそう言ってから、服から手を離した。
それから、
「あの殿下、このあとは何をされますか?今からでしたらどのテーブルでも、どのゲームでも大丈夫でございますよ?先程、あの愚か者に再教育を施す際、ついでに色々と準備もして参りましたので」
とレオニーはドヤ顔で言ってきたけど……この『大丈夫』って多分……全てのテーブルで接待プレイの準備が整ったから大丈夫!という意味だよな……。
その瞬間、私はこれ以上周りに迷惑を掛けない為に、
「はぁ……レオニー、急にVIPルームへ行きたくなったから案内してくれ」
と告げた。
「え?あ、左様でございますか……」
彼女は少し残念そうな顔をした後、
「では私は先に行って支度をして参りますので、殿下はこちらで少々お待ち下さいませ、すぐに案内の者が参りますので」
そう言ってレオニーはシュバッ!と消えた。
「はぁ、大丈夫かなぁ……」
泣き続けるレオノールと二人でこの場に残された私は、彼女の頭を撫でながら慰めていると、その時。
「あのー、お飲物のおかわりは如何ッスかー?」
と、背後から声がした。
何となく気が滅入っていた私はこれ幸いと、
「冷たい水を」
とレオノールの方を向いたまま頼み、それとほぼ同時に彼女が両手で顔を覆ったまま、
「……ラムを……ボトルで……」
と言って、私は耳を疑った。
え?今ボトルって言った?
するとウエイターが、
「了解ッスー」
と何の躊躇いも無くそう言って、そのままここを離れていった。
相変わらずレオノールのアルコール耐性は凄いな……て、あれ?
今のウェイトレスの声って聞き覚えがあるような……?
そう思ったと同時に、
「お待たせしましたッスー、近所の井戸水とラム酒のボトルッスー」
再び聞き覚えのある声がして私が振り向くと、そこには……。
「は?ええ!?バニー……ウッシー?」
うさぎの着ぐるみ(顔だけ出ているタイプ)を着たル牛ーがいた。
バニーガールならぬ、バニー牛ッシーである。
「違うッス!」
だが、ルーシーは即座に否定した。
「ルーシー、こんなところでどうしたの……あ、バイト?」
「そうなんッスよー、宿屋でのポーターとウェイトレスのバイトもあるのにー、レオニーさんから急に呼ばれちゃって参ったッスよー」
「そうなんだ……ご苦労様」
「本当に大変ッスよー……あ!そうだ、そろそろVIPルームの準備が出来た頃ッスから、行かないと!あ、レオ姐さん……は、ラム酒をラッパ飲みしてないで行くッスよ?」
「うるせー!飲まなきゃやってられっかぁー!……ぐす」
それからルーシー(バニー牛ッシーver)に連れられて、フロアの一番奥にある豪華な装飾がされた扉を抜けると、そこには……。
「え?レオニー!?……あ、これはなんか新鮮だな」
「ん?ええ!?姉さん!?……カッコいい!」
ディーラーの制服を着て頭をポニーテールにしたレオニーが、テーブルを挟んで不敵な笑みを浮かべながら立っていたのだった。
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