第309話「00(ダブルオー)シャケ、カジノロワイヤル⑥」
「で、殿下……急にそんなことを言われても……私……」
スリットの大きく入ったセクシーなイブニングドレス姿のレオニーは、ソファの上で半ば押し倒されたような状態でそう言うと、私から顔を背けた。
夕方、予定通り部屋まで私を迎えに来た美しく着飾った彼女を見た時、私は勢いに任せて強引に迫っているのだ。
「レオニー、いい加減に素直になれ」
だがタキシード姿で不敵な笑みを浮かべる私はそれを許さず、彼女の美しい顔に手を添えて、強引に自分の方を向かせて告げた。
「そんな……まだ心の準備が……私、怖いです……」
すると、彼女は潤んだ目で私を見ながら、か細い声で言った。
「恥ずかしがる必要はないし、怖いのははじめだけさ、だから……力を抜いて受け入れるんだ」
非常に珍しいことに彼女は怯え、思わず両目を固く瞑った。
それに対して私はそう言いながら、ゆっくりと顔を近づける。
「あうぅ……そんな強引に……」
そのまま吐息を感じられる距離まで行くと、私は彼女の両肩を掴み、ビクリと震えるレオニーに更に迫る。
そして……トドメの一言。
「いいから受け入れるんだ……レオノールの気持ちを!」
と、何故こんなことになっているのかというと、それは時間を少し戻り、昼過ぎにレオニーとルーシーの二人が部屋を出て行った直後から。
二人が部屋から退室した後、私が何気なくコーヒーを一口含んだところで……。
「もっと……レオノール姐さんに優し……あげて欲しいッス!」
ドアの外からルーシーの声が微かに聞こえてきた。
ん?なんだ?
気になった私はコーヒーカップをソーサーに置くと、席を立った。
それから良くないとは思いつつ、そろりそろりと移動した後、好奇心に負けてドアに耳を当ながら、途切れ途切れに暫く二人の話を聞いていたのだが……。
「お前に……何が分かる!」
「もうすぐあの人は……遠くへ行っちゃいますッス!そしたら……」
ん?これは……。
「次にいつ会えるか分からないから……いや、それどころか……もう、二度と会えないかもしれないからだ」
「……え?」
え?
「全てはあの子の為だ……私が……話をせず……正体も教えず……距離を取らせようとしたのは……」
それは?
「嫉妬じゃないッスか?」
「殺すぞ牛、空気を読め」
ル牛ー……空気読めよ……。
「ふぇ!?ご、ごめんなさいッスー!」
「はぁ……それで、私が……こんな酷い仕打ちをするのは……あの子に悲しんで欲しく……からだ」
なるほど、あの冷たい態度はレオニーなりの優しさのつもりなのか……。
「え?でも……」
「……仕える主人は違えど私や貴方の仕事は……」
「そう、私達はどこまで行っ……日陰者……所詮はいつ消えてなくなるかもしれない存在……だから、もし……あの子と仲良……た直後に……何かあったら……」
レオニー……。
「レオニーさん……」
「やっと見つけた姉がまた突然いなくなったら?……もしかしたら……立ち直れないかもしれない……それに……そうでなくても私……手は汚れ過ぎている……」
「……」
……。
…………。
………………。
それから数分後。
「……ぐす……でも……」
「それに……仲良くしたら私自身も……あの子との別れが辛くなって……それに耐えられるか分からないから……」
「うう……レオニーさん……そんなの悲しすぎるッスよ……」
とルーシーが泣きながら遠ざかっていくのが聞こえたところで……。
「まさか……あのクールなレオニーがあんなふうに考えていたなんて……」
私は思わず呟いてしまった。
なんと……これはまた、難しい問題だな。
さて、どうしたものか……まあ、まずは話を整理するとしようか。
スイートルームだけあって扉の造りがしっかりしていた所為で話の全てがちゃんと聞こえた訳ではなかったが、概ね内容は把握できたし。
それで聞こえた話の内容を総合すると……なんということだろう、姉妹の不仲の原因は私だったのだ!
まさか……私とレオノールが仲良くしたことによってレオニーがジェラシーを感じていたとは!
だが、それも仕方あるまい。
まず、レオニーは今まで天涯孤独だと思っていたところに突然妹ができたのだ。
戸惑うのは当たり前。
だが次にその突然現れた自分と瓜二つの妹がレオニーとは対照的に、光のあたる世界で大出世してしまった。
これはキツいと思う。
何故ならそれは、レオノールはレオニーの時とは違い、父上……つまり国王陛下から直々に勲章を授与されてシュバリエに任ぜらた上、将官へ昇任してしまったのだから。
加えて、今まで自分を贔屓にしてくれた上司……つまり私の侍従武官になってしまった。
苛立ち、焦るのも当然だ。
私がここでレオノールの方を気に入れば、後ろ盾を失ったレオニーのキャリアは終わってしまうかもしれないのだから……。
私としては全くそんなつもりはなかったのだが……悪いことをしてしまったな。
それで話を纏めると、今まで自分が上司(私)の一番の部下だと思っていたのに、ぽっと出の妹であるレオノールの方がその上司に可愛がられ(ているように見えてしまった)、逆に自分は地方でチンピラ相手に燻っている、などと考えてしまったのだろう。
つまり、私をレオノールに取られると思って拗ねているのだ。
そりゃあジェラシーも感じるだろうなぁ。
まあ、普段のクールな彼女とのギャップを考えると可愛い気もするけど。
しかし問題はそれがかなり深刻で、しかも時間がないということ。
普段の私なら『そんなの時間が解決してくれるだろうし、そもそも他の家庭の事情に首を突っ込むのはよくない』と言って放置するところだが、今回のケースはそうもいかない。
何故なら二人は優秀な部下であり、この国で最強クラスの戦闘力を持ち、更に情報局と海軍という二つの重要な組織に所属しているからだ。
つまり、単純に『美人姉妹の不和』では済まないのだ。
万が一、どちらか一方が、若しくは両方がショックで引きこもりにでもなったら?
または姉妹喧嘩を始めて大怪我でもしたら?
結論は……巡り巡って私が過労死する!だ。
そんなの……嫌だ!(某ぼっちでロックなjk風)
それにこのまま物理的に二人が離れてしまったら、恐らく二度と仲良くは出来まい!
それはあまりにも可哀想だ……。
と言うことで、姉妹の未来と私の労働時間の為に、彼女達の仲をなんとかしないといけないのだが……。
困ったな、今まで見た感じだとレオニーは非常に頑なで、翻意させるのには相当な時間が掛かりそうなのに、レオノールが新大陸へ旅立ってしまうまで時間がない……。
つまり、ゆっくりプランを考えて、じっくり策を巡らせながら落とす、などという贅沢は出来ないのだ。
はぁ……どうしよう。
短時間で問題を解決する方法なんて思いつかないぞ……困ったな……。
まあ、ぼやいても仕方ないし、取り敢えず状況を整理してみようか。
まずは、最初の問題はレオニーが私の一番の部下であるという自信を失い、レオノールに私を取られてしまうと考えていることだ。
だから、彼女は仲良くしたいはずの大切な妹に素直になれずにいる。
だが、今のレオニーは頑なで他人の話は聞かないし、時間もない。
でもなんとかしないと私の社畜ライフが更に過酷なものになってしまう……。
く……どうすればいいんだ!
レオニーのあの感じだと、多分私が話をしても聞かないだろうし……はぁ。
政治や経済、戦争や外交なんかなら、最悪ロイヤルパワーで強引にねじ伏せることも出来るけど……相手が『美人姉妹の不仲』ではなぁ。
あのレオニーに強引に分からせる、なんてまず無理だろうし……はぁ、いつも便利なロイヤルパワーも今回は役立たずか………………ん?ちょっとまてよ?
強引に……力で?
分からせる?
力……パワー?
……そうだ!パワハラだ!
上司という立場を利用して逆らえない部下(レオニー)に、無理にでも分からせればいいんだ!
……でも、そんなことをして本当に大丈夫なのか?命とか……。
でも他に方法はないし……いや、むしろそれしか無いのでは?
ただ、それをやると完全にパワハラ上司になってしまうが……今回はもう時間が無いし……仕方ないよね!?
うん、躊躇っている場合ではないし……迷っている場合ではない!
そう、やるしかのだ!
……パワハラを!
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