第308話「00(ダブルオー)シャケ、カジノロワイヤル⑤」

「ふぁ……朝?……いや、昼?か……よく寝たなぁ」


 レオニーの言葉に甘えて日が高いうちから睡眠をとった結果、私はそのまま翌日の昼近くまで眠り続けてしまった。


 お陰で久しぶりに気持ちの良い目覚めを迎えられた。


 身体は軽いし、気分も軽い。


 ああ、私もう……何も怖くない!


 と、思わず何処かの魔法少女みたいな死亡フラグ全開のセリフを叫んでしまうほどに。


 これはレオニーに感謝だな、あと……レオノールにも。


 本当にあの姉妹には助けられてばかりだ。


 今度、何かお礼をしないとな。


 などと思いながら部屋の大きな窓から昼下がりの港町を眺めつつ、ベッドの上で暫くぼんやりしていた後、私はやっと起き出すことにした。


 そして私がキングサイズのフカフカベッドから降りると同時に、


「はぅ!?(はだけた寝巻き姿の無防備な殿下も素敵!でも刺激が強すぎる!)……お、おはようございます、殿下」


 レオニーが変な声を発しながら、絶妙なタイミングで寝室に入ってきた。


「おはようレオニー、君のアドバイス通りにしっかり寝たお陰で随分疲れが取れたよ、ありがとう」


「そんな、勿体なきお言葉でございます……ささ、お着替えを……むふふ」


 私が挨拶と昨日の礼を言うと、レオニーはちょっぴり気持ち悪い感じで笑いながら、私に近づいてきたのだった。


 それからサクッと身支度を整えた後、遅めの朝食……いや、昼食を取る為に私が寝室から出ると、そこには高級そうなダイニングテーブルの上に食事の準備がされていた。


 側にはメイド服姿のルーシーが控えており、私の姿を見つけると、


「あ、シャケさん!おはようございますッス!」


 屈託のない笑顔で挨拶してくれた。


「おはようルーシー」


 私がそんな彼女に爽やかな気持ちで挨拶を返すと、


「ささ、シャケさん!文字通り24時間丸一日、産卵後に力尽きたシャケみたいに寝てたッスから、お腹空いてますッスよね?ね!?」


 ルーシーは変な例えをしつつテンション高く食事を勧めてくる。


「うん、お腹は凄く空いてるけど……」


 産卵後のシャケって……それ殆ど死んでるじゃん。


「あ、あとルーシーは客室係のバイトもしてるんだね?」


 ここで私は彼女がポーターの制服からメイド服に変わったことに気付いて聞いた。

 

「ふぇ?あ、はいッス!貧乏暇なしッスからねー、あはは」


 するとルーシーはそう言って苦笑し、私は素直に納得した。


 何故なら……。


 牛族は食費凄そうだもんなぁ、リゼットもそれでお金が飛んでいくようなこと言ってたし……。


 よし、今度牧草でも送ってやろう。


 そんなことを考えていると、ルーシーがこなれた感じで私に椅子を勧める。


「ささ、どうぞこちらへ」


 私はそれからたっぷりと食事をとり、食後のコーヒーを飲み終えたところで、レオニーが恭しく一礼し、今日の予定について説明を始めた。


「殿下、本日のご予定でございますが……このまま夕方までお部屋でお休み頂き、その後お召し物を着替えて頂き、カジノへ向かう予定となっております」


「そっか、了解」


 ほう、いよいよか……初カジノ楽しみだな。


「なお、その際の付き添いは私が務めさせて頂きます」


「うん、宜しく……あ、レオノールは?お酒もギャンブルも好きだし、連れて行ってあげようよ」


 ここで姿の見えないレオノールのことを思い出した私はそういったのだが。


「申し訳ございません殿下、愚妹は現在別室で仮眠をとっておりますので、このまま寝かせておいて留守番をさせましょう」


 レオニーは冷たくそう言った。


「え?それは少し可哀想……」


「留守番です」


「でも……」


「留守番です」


「……分かった、まあ君がそう言うのなら、きっとそれが正解なのだろうからね」


 私はレオニーの圧に負けてレオノールを宿屋に置き去りすることに同意し、


 レオノール、ごめん。


 私では君の姉さんには勝てないよ。


 と、心の中で謝った。


「はい、それが宜しいかと……では殿下のお召し物の準備等ありますので、私とルーシーは一度失礼致します」


「失礼するッス!」


 それからレオニー達はそう告げると、相変わらず慇懃に一礼して去って行った。


 こうして隣の部屋のベッドで三角帽を顔に乗せ、制服のままイビキをかいている憐れなレオノールは、宿屋に置き去りにされることになってしまったのだった。




 レオニー達がシャケの部屋を出て、ドアを閉めた直後。


「あの……金色のレオ姐さん!」


 ルーシーがレオニーを呼んだ。


「何かしらルーシー、私は忙しいのだけど?あと、その呼び方はやめなさい」


 すると、彼女は苛立たしげな視線をルーシーに向けながら迷惑そうに答えた。


 大抵の人間はこれだけで身の危険を感じてすぐさま逃げ出すのだが、ルーシーは怯まず、それどころか真っ直ぐにレオニーの目を見て言った。


「あ、あの、自分思うッスけど……もっと……もっとレオノール姐さんに優しくしてあげて欲しいッス!」


 するとレオニーは、


「……黙れ」


 と即答した。


 だがルーシーはそれでも怯まず食い下がり、


「生き別れの妹なんでしょ!?それにレオノール姐さん……レオニーさんと仲良くしたくて……あんなに一生懸命にやってるのに!何故なんスか!?自分、見てて悲しくて悲しくて……」


 レオノールのことを慕っている彼女は涙を浮かべながら、素直な気持ちをレオニーにぶつけた。


「お前に……何が分かる!」


 ここで突然レオニーが、牛も射殺せそうなほど鋭い眼光を向けながら、恐ろしい殺気をルーシーに叩きつけた。


「ひぃっ!……で、でも、お願いッス!少しでもいいからレオノール姐さんと話を……」


 ルーシーは恐怖でおかしくなりそうだったが、それでも半べそをかきながら言った。


「しつこいぞ牛、これ以上はいくらリゼットの身内でも容赦しない!」


 しかし、返ってきたのは最終警告。


 そしてレオニーはエプロンドレスの内側に装備しているダガーに手を掛ける。


 それでもルーシーは大好きなレオノールの為に諦めず、レオニーに縋り付いた。


「もうすぐあの人は船を貰って凄く遠くへいっちゃいますッス!そしたら……そしたら次に会えるのはいつになるか分からな……」


 と彼女が言いかけた時。


「分からないからだ」


 レオニーが静かに言った。


「……いッスから!……え?」


 それから彼女はダガーから手を離して殺気を引っ込め、暗い顔で俯き、心の内を吐露し始めた。


「次にいつ会えるか分からないから……いや、それどころか……もう、二度と会えないかもしれないからだ」


「……え?」


 リゼットはその言葉に驚き、何も言えない。


「全てはあの子の為だ……私があの子と話をせず、殿下の正体も教えず、更に仕事を押し付けて距離を取らせようとするのは……」


「嫉妬じゃないッスか?」


「殺すぞ牛、空気を読め」


「ふぇ!?ご、ごめんなさいッスー!」


「はぁ……それで、私がレオノールにこんな酷い仕打ちをするのは……それはあの子に悲しんで欲しくないからだ」


「え?でも……」


 ルーシーには彼女の言葉の意味がわからず反論しかけたが、レオニーはそのまま言葉を続ける。


「考えても見なさい、仕える主人は違えど私や貴方の仕事は何?」


 そして、悲しげな瞳でルーシーを見た。


「あ……」


 ここでルーシーは気付かされた。


 自分の、いや、自分達の立場を。


「そう、私達はどこまで行っても日陰者……いくら殿下に目を掛けて頂いても……所詮はいつ消えてなくなるかもしれない存在……だから、もし……あの子と仲良くした直後に私に何かあったら……」


「レオニーさん……」


「やっと見つけた姉がまた突然いなくなったら?あの子が受ける精神的なダメージは計り知れない……もしかしたら二度と立ち直れないかもしれない……それに……そうでなくても私のこの手は汚れ過ぎている……」


「……」


「それに比べて、あの子は陽の当たる場所を堂々と歩いてきた……しかも殿下のお力添えもあって地位と名誉を手に入れて将来は安泰……いくら待遇が改善されたからと言っても、私のような後ろ暗い姉がいては……あの子のキャリアにもよくないの……」


「そんな……ぐす……だめッス……すん……よー……」


 ルーシーは我慢出来ずに泣き出した。


「あと殿下との仲を邪魔するのは……叶わぬ恋なら知らない方が幸せだからよ……あの子はもうすぐアユメリカという遠方へ、それも司令官として赴任するのだから、帰国は早くて数年後……遅ければ五年、十年先の可能性だってある……それどころか病気や戦闘で二度と帰らないかもしれない……だったら目の前にいる人物が本当は誰かなんて知らない方が幸せではないの?」


「……ぐす……でも……」


「それに……仲良くしたら私自身も……あの子との別れが辛くなって……それに耐えられるか分からないから……」


 そこまで言うと、レオニーは背中を向けて静かに去っていったのだった。


「うう……レオニーさん……そんなの悲しすぎるッスよ……」


 ルーシーはそこから動けず、彼女の背中を見つめながら涙を流すことしかできなかった。

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