第306話「00(ダブルオー)シャケ、カジノロワイヤル③」

 荒ぶる雌ライオンとシメられる雌ライオンの二頭を見送った私は、自分にあてがわれたスイートルームに向かった。


 それから高級なふかふかソファに落ち着いたところで、


「お荷物はこちらに置かせて頂くッス!」


 ここまで荷物を運んでくれたポーターが笑顔で私に向かって言った。


「ありがとう……はい、これチップ」


 私がそう言って銀貨を数枚渡すと、


「やったー!さっすがシャケさん!相場の十倍!気前がいいッスねー!ありがとうございますッスー!」


 何故か宿屋のポーターの制服を着たルーシーが、無邪気に喜んだ。


「それでルーシー、敢えて今まで突っ込まなかったけど……何でこんなところにいるの?」


 それから私は素朴な疑問を、目の前のリゼットの従姉妹で、レオノールの手下で、エリザの下僕でもあるジャージー牛こと、ルーシーにぶつけた。


「はいッスー、えっとそれはー、何というかー……うーん、人事交流?兼監視下?兼バイト中ってところッスかねー」


 すると彼女は首を捻りながら、よく分からないことを言ってきた。


「は?どゆこと?」


 私はルーシーの説明がよくわからず、再び聞いた。


「あはは、まあー、ご存知の通りー、自分はルビオン人でー、更に普通の仕事以外もやる特殊なメイドなんでー……」


 すると、少し困ったような顔でややぼかして答えた。


 ああ、なるほ……ど?


 え?


「特殊な……メイド……?」


 その部分を口に出しながら、私が?を浮かべていると、


「シャケさんのエッチー!」


 突然ルーシーが、その巨大な脂肪の塊をかき抱くようなポーズをとり、クネクネしながら私を睨んできた。


「は!?」


 私は直ぐにその意味が分からず、間抜けな声をあげてしまった。


「スゲベー、変態ー、ムッツリー!」


 それから続けて罵られ、私は漸くルーシーの考えていることが分かったので、即座に言い返す。


「な!やましいことなど何も考えてないぞ!」


 そう、ルーシーは私がよからぬことを連想したと決め付けてきたのだ。


「本当ッスかー?」


 ルーシーはジトで相変わらず、わざとらしく胸を強調しながら言ってくるが、


「あまり口にするべきではないのだろうけど……リゼットで見慣れてるし……」


 私が根拠を示すと、


「あー……そう言えばー、りっちゃんが身近にいたんッスねー……だったら納得ッス!」


 意外にもあっさりと引き下がった。


「……」


 え?今ので納得するんだ……それでいいのか?


 まあ、食い下がられても困るのだけど。


「えーと、話を戻すと、特殊っていうのは……リゼットみたいな感じかな?」


 ルーシーのおふざけの所為で話がそれてしまったので、改めて私がそう聞くと、


「わーお!シャケさん冴えてるッスねー!まあ、大体そんな感じッスよー」


 ルーシーがサムズアップしながらテンション高めな感じで答えた。


 確かに他国の諜報員……諜報メイド?いや、諜報牛?を放牧……いやいや、野放しには出来ないよな……。


 そう考えると雌ライオン(金色)のところに、このル牛ーを送ったのは妥当なのだろう。


 私がそんなことを考えていると、


「今もの凄く失礼なことを考えなかったッスかー?」


 ジト目のルーシーに問われ、私は顔を逸らした。


「い、いや、そんな訳ないだろう……」


「ふーん……まあ、いいッスけどー……あー、えーと、それでー、流石に王宮にはいられませんしー、エリザ様もあっさり見つかって帰国も決まりましたしー、自分は特に必要もないんでー、今はレオ姉さん(金色)の監視下でバイトしててー、ランスの美味しいものを食べ歩いてるッス!」


 とルーシーは説明してくれた。


 ほう、他国にいるというこの状況で、バイトしながら食べ歩きとは……この牛、中々に図太いな……。


 いや、でもエリザや私に小遣いをせびったりせず、自分で稼いでやろうという姿勢は偉いと思う。


 全く、飯をねだってくるどこかの色違いの牛に説教してやりたいぞ。


「なるほどな、他国で下手なことは出来ないし、かと言ってやることもないから食に関する情報を集めていたんだな」


 私がそう言うと、


「そうなんッスよー!ランスって兎に角食べものが美味しいからー、自分、楽しく楽しくて……でも、もうすぐエリザ様と一緒に帰国ですし……まあ、それにこれが最後の晩餐的な感じになるかもなのでー、えへへ」


 ルーシーは楽しそうに話していたのだが、最後の部分だけ悲壮感が漂っていた気がした。


「え?」


 最後の晩餐?


 私には彼女が、その言葉をわざと軽く言っているような気がした。


 ルーシーのその言葉には……何か強い決意や、重い覚悟のようなものがあるように思えたのだ。


 だから、私は思わず彼女の目を見て、


「ルーシー、私達が出会ったのも何かの縁だと思う……だから、もし私に出来ることがあれば何なりと言ってくれ」


 と、そう言った。


 ルーシーはエリザの大事な付き人で、レオノールの可愛い妹分で、リゼットの従姉妹だし、私も彼女のことは大切な仲間だと思っている。


 だから……何かあるなら助けてやりたいのだ。


 するとルーシーは一瞬驚いたような表情をした後、私に向かって言った。


「え?あ、ありがとうございますッス……あの!」


 次に彼女は何かを決意したように、私の目を真っ直ぐに見て言った。


「だったら……あの、シャケさん!……いえ、貴方様がもし……もし!自分が考えている通りのお方なら……どうか……どうか!エリザ様に!」


 ルーシーの瞳は真剣そのもので、加えて彼女の言葉からは強い覚悟と悲壮感のようなものが伝わってきた。


 だが、彼女が次の言葉を発する前に……。


「失礼致します、レオニー=レオンハート並びに下僕一名、ただいま戻りました」


「うう〜イッテー……姉さん、アタシは下僕じゃなくて侍従……痛い!」


 一時的に別行動を取っていた空気を読めない、いや空気を読まないチーム雌ライオンが戻ってきてしまった。


「「……」」


 私とルーシーが何ともいえない表情でそちらを見ると、そこには不機嫌そうなレオニーと、頭にできたタンコブを涙目で摩るレオノールという、非常に珍しい光景があった。


「え!?レオノールにダメージだと!?しかもタンコブが!?」


「ふぇ!?あのレオ姉さん(黒)がタンコブ!?」


 そして私とルーシーは目の前の珍事に気を取られ、今の話はすっかり何処へ行ってしまったのだった。


「ねえルーシー、ああいうのはリゼットやルーシーなんかの牛族の役目じゃないの?」


「そうッスよー!ああいうのは自分達の専売特許、つまりアイデンティティーなんッスよ!……あれ?」

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