第304話「00(ダブルオー)シャケ、カジノロワイヤル①」

「おいシャケ、大丈夫か?」 


 ルーアブル発、ムラーン=ジュール行きの馬車の中で、睡眠不足と二日酔いで朦朧としていた私は、唐突に声を掛けられて顔を上げた。


「え?……ああ、大丈夫だよ?この通り仕事だって……あれ?」


 私はレオノールにそう答えながら、何気なく書類を持っていた筈の手元を見れば、何故かその手には何も無かった。


「あれ?書類が消えた?」


 私は首を傾げたが、目の前のレオノールは呆れと心配が混ざったような感じで、


「何言ってんだ、書類はお前がさっきから何度も意識を失っている間にぶちまけて、アタシが回収したよ」


 そう言ってから私が持っていた筈の書類の束を掲げて見せてきた。


「え?」


 全く気付かなかったな……。


「これは本当にまずいかもな……」


 と、朦朧とする中で呟くと、


「かもな、じゃねーよ!冗談抜きに死にそうな顔してるぞ!」


 珍しく心配そうな顔のレオノールに怒られた。


 まあ、その彼女こそが今私が死にそうになっている主な原因なのだが。


「はは、そっか……昨日、もう少し寝られていたらなぁ」


 私は疲れた笑みを浮かべながら、つぶやいた。


 因みにこれは彼女に対する当てつけ、という訳ではなく、本当に何気なく出た独り言である。


「そ、それは悪かったよ……アタシも色々あって、どうしても気晴らしに街へ出たかったし、あと……誰かに側にいて欲しかったから……」


 すると、レオノールが申し訳なさそうな顔になり、素直に謝ってきた。


「そうなの?じゃあ仕方ないね……」


 本来からここで、何か優しい言葉でも掛けるべきなのかもしれないが、残念ながら今は全く頭が回らず、私は適当にそう答えた。


 兎に角、眠い……。


 頭が、働かない……。


 身体も、重い……。


「おいシャケ、無理しないで寝ろよ」


 こんな状態の私を見兼ねたレオノールが言った。


「え?いや、そういう訳には……まだやることもあるし……ふぁ」


 そう、まだ仕事と……このあとの予定について考えが纏っていないのだ。


「仕事なら代わりにアタシがやっといてやるから」


「でも……」


 最近、ワーカホリック過ぎて仕事をしていないと落ち着かない病気に罹っている私は、レオノールがここまで言ってくれても素直にイエスとは言えなかった。


「ああ、もう!仕方ねーな!」


 するとレオノールは焦ったそうに言うと、いきなり私の横に移動してドスっと座った。


 そして、その直後。


「え?どうしたの?……うわ!」


 私は彼女に強引に引き倒され、頭が柔らかいものに押し付けられた。


「レ、レオノール!?」


 私が慌てると、


「今回は特別だ、アタシの太ももを貸してやるから寝てろ」


 上から声がした。

 

「え?レオノールが膝枕?そんな、まだ死にたくない……」


「どういう意味だよ!?……まあ、いいから気にすんな」


 こうして私は強引にルオノールの膝枕で眠ることになった……のだが。


「ありがとう……でも着く前に考えておかないといけないことが……」


 九十度傾いた視点から、馬車の中をぼんやりと眺めながら、私は言った。


 ああ、眠すぎて頭が朦朧とする……。


「ん?何をだよ?」


 私の代わりに書類を捌いているレオノールの声が頭の上から聞こえた。


「明日……どうやって『遊ぶ』かを、ね」


「は?」


 私の答えに彼女は驚いて手を止めた。


「実は……父上から、たまには遊んで来い、とお小遣いを押し付けられちゃって……ちゃんと遊んで使い切らないといけないんだよ……」


 それから説明すると、


「お前って本当に律儀な奴だよなぁ」


 レオノールはそう言って苦笑した。


「それでレオノール、実は君に相談が……」


「ん?言ってみな?」


 私がそう言うと、いつもより優しい感じで先を促された。


 ガサツで乱暴なように見えても、レオノールってやっぱり優しい。


 そんな彼女に私は甘えることにする。


「遊ぶって……どうしたらいいのかな?」


「え?」


「恥ずかしながら私は温室育ちでね、その辺りは詳しくないんだ」


 そして、私がそう言うと、


「なるほどなぁ……ふふ、何でも出来るお前が、遊び方が分からないから教えてくれ、なんてなぁ」


 レオノールは納得したように頷き、笑った。


「そういうことだから頼むよ、遊び人のレオさん」


 続けて私はがそう言うと、


「誰が遊び人だ!」


 パシッと頭を叩かれた。


「でも詳しいでしょ?」


 私が問うと、


「いや、それは偏見だぞ?アタシは飲んで暴れるのとギャンブルが好きなだけだからな」


 とんでもない答えが返ってきた。


 うわー……。


 私が若干引いていると、


「まあ、男なら無難に『飲む』、『打つ』、『買う』ってとこじゃないか?」


 レオノールが少し考えた後、そう答えた。


「ふむふむ、なるほど」


「で、例えばだけど……まず『飲む』は……酒をもっと派手に飲んだらいいんじゃないか?」


 それからあまり自信が無さそうに言った。


「派手に、か……シャンパンタワーでもやればいいのかな?」


「シャンパンタワー?まあ、いいか。次に『打つ』はカジノがあるから適当にカードかルーレットでもやっとけよ!何ならアタシが倍にしてやるぞ?」


 今度は目をキラキラさせながら言った。


「ふむふむ、なるほど……あと、これ絶対お金貸したらダメなやつだろ……」


「最後に『買う』だが……ハッキリ言ってアタシは娼館とかは絶対にお勧めはしねーぞ?……やっぱりそう言うのはちゃんと好きになったもの同士じゃないと……もしアタシだったら好きな相手がそういうとかに行くのは絶対嫌だし、許せないからな」


 まあ、それは私もそう思うから行かないけどね。


 それにしても……。


「レオノールって女の子には優しいから勢いで食べられちゃったりしてそうなのに、意外とウブなこと言うね……」


 私がちょっとした冗談を言うと、


「ふざけんな!アタシはまだ処……いや、何でもねー……兎に角やめとけ!……それに嫌な予感がするんだ、お前がそう言う店に行ったりしたら、世界が滅びそうな気がする」


 怒られた。


「え?まあ、そんなところに近づく気は全くないから大丈夫だよ」


 それから、


「ならいいけど……じゃあ、無難にカジノで飲みながら遊んどきゃ任務完了じゃね?」


 とレオノールが真っ当な提案してをしてきた。


 うん、それいいな。


 ちょジェームズ=ボ◯ドみたいでカッコいいし……。


「私も……それがいい……と思う……ふぁ〜」


 私はここで急激に眠気が強まり、目も半分ぐらいしか開けていられなくなった。


「よし、決まりだな?じゃあいい加減に寝ろよ」


 と内容も決まり、私の状態を見たレオノールがそう言ってきたが、睡眠不足と過労と二日酔いで頭がバグっていた私は、ここからとんでもないことを言い出す。


「うん、でも……ちょっと、待って……カジノに行くなら……美女を侍らせてないと……」


「は?美女?何でだよ?」


「私の……勝手な……イメージ……」


「ふーん、まあいいけどさー、その美女ってのはどこで調達するんだよ?」


 レオノールが呆れながら言った。


 この時点で私の意識はほぼ完全になくなっており、ここから先はほぼ寝言である。


「え?……調達?……そんな……こと、しなくても……美女ならここに……いるじゃないか……」


「え?ええ!?アタシ!?そんな……確かに美女と言ってくれるのは嬉しいけど……アタシは姉さんと一緒に……」


 突然そう言われたレオノールは顔を真っ赤にして慌てながら、断ろうとしたのだが……。


「レオノール……散々……私を連れ回したあげく……傷ものにしておいて……そう言うこと……言うん……だ?」


「うぐっ!……それを言われると弱いんだよなぁ……はぁ、分かったよ、二日連続で連れ回してこんなにしちまったからな、お詫びに何でも言うことを聞いてやるよ」


 殆ど夢の中にいる状態の私がそう言うと、彼女は快く引き受けてくれた。


「ありがとう……じゃあ……明日は……セクシーなドレスを着てボ◯ドガールだから……ね?……じゃあおやすみ……」


「え!?いや!アタシ……ドレスはちょっと……て言うか、ボ◯ドガールって何だよ!?バドのロゴ入りのワンピを着てビール運んでくれるお姉さんか何かか!?」


 因みにこの時、私の意識は完全になく、レオノールの言葉は全く届いていなかったりする。

 

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