第302話「シャケ、出張する⑦」
「あ、あのグレート=ランス号は……すん……アタシが士官候補生として……えぐ……初めて乗った船で……その時……うう……あの人に助けて貰った……思い出の……船なんだよ……」
隣で突然泣き出したレオノールの姿を見た私は、軽くパニックになり、内心アワアワしていた。
「え?ええ!?」
取り敢えず彼女に声をかけつつ横を見れば、いつの間にか海軍大臣が無駄に空気を読んでその場を離れていた。
おい!変なところで無駄に忖度するなよ!
ということで、今は二人だけ。
どうしよう……。
と、取り敢えず、
「レオノール、無理に話さなくていいよ?あとこれ使って」
と慰めつつ、ハンカチを渡した。
「すん……あ、ありがとな、シャケ……ぐす……」
すると彼女はハンカチで顔を覆い、そのまま暫く肩を振るわせていた。
それにしても豪傑なレオノールが、こんな純粋な乙女みたいになるとは……。
よっぽど『あの人』とやらに、思い入れがあるのだろうな。
レオノールも意外と可愛いところがあるじゃないか。
などど、横で泣き止むのを待っている間、私は考えていたのだが、そこでふと思った。
それにしても泣き過ぎじゃないか?と。
そして、更に思った。
彼女が私に気を遣って言わないだけで、もしかして……泣いている本当の理由は、このふざけた改名の所為で彼女の思い出の船を汚してしまったから、なのではないか……と。
うん、あり得るな……。
誰だって思い出は大切なものだし、そんなプライスレスなものをダメ王子の名前にされちゃ傷つくよなぁ。
勿論、私がやった訳ではないけど……結構罪悪感があるな……。
うーん、これは何か埋め合わせをしないとなぁ。
などと考えていると、いつの間にか泣き止んだレオノールが、
「ふう……落ち着いたぜ……あ、これありがと」
と言って涙を拭き、ハンカチを返してきた。
「そっか」
なんか、ごめんね。
ハンカチを受け取りつつ、私が心の中で謝罪していると、
「すまねー、突然取り乱して……」
レオノールが気恥ずかしそうに言った。
「気にしない気にしない」
悪いのは私と海軍大臣だから。
それからレオノールが、
「なあ、シャケ……」
「何?」
「いつか……第一王子様は……グレート=ランス号に乗ってくれるのかな?」
穏やかな顔で水平線の彼方を見ながら、何故か突然そんなことを聞いてきた。
その問いに私は特に深く考えず、即答する。
「え?乗らないよ?……多分」
するとレオノールは目を見開き、
「ええ!?おい!即答すんなよ!何でだよ!?」
そう叫びながら私に掴み掛かった。
え!?何で!?
「く、苦しい……」
更に半泣きで私を激しく揺さぶりながら、
「そこはウソでもいいから、きっといつか乗りに来るさ!って言っとけよ!少しはアタシの乙女心に気遣えよ!」
忖度を強要された。
そんな無茶な……それにウソはよくないと思うんだよ。
なのでちゃんと根拠を説明することにする。
「えー……ぐっ、だ、だってさ……」
「だって何だよ?」
レオノールが私を掴んだまま、恐ろしい形相で先を促してくる。
どうした?何故そんなに私が乗ることに拘るの!?
うーん、あ、王族が乗ったら箔がつくからか?
確かにそうすれば彼女のキャリアにプラスになるかもしれないが……。
いや、だったら父上やフィリップでもいい気がする……。
むう、分からん。
でも船かぁ、疲れた心を癒す為にのんびりクルージングも悪くないかも?
折角のご指名なら乗せてもらおうかな?
……いや、今の私が乗っても意味ないのか。
王族が乗らないと箔が付かないし……はぁ、残念。
などと思った後、私は『第一王子』がこの船に乗らない理由を告げる。
「だって、ランス海軍の旗艦……つまり御召艦のポジションは横のプ……いや、元キング=シャルル号に変わったんでしょ?だったら……」
「あ……」
私がそう言ったところで賢い彼女は気付いたようだった。
「それにさっき、海軍大臣がグレート=ランス号はアユメリカ戦隊の旗艦になるって言ってなかったっけ?だったら、なおさら……レオノール?」
そして、更に理由を述べたところで……。
「う……」
「う?」
「うわーん!シャケの意地悪!バカヤロー!」
レオノールが再び泣き出し、どこかへ走り去って行ってしまった。
「ええー……何で?」
これ……私が悪いのか?
その後、私は暫くして戻ってきたテンションダダ下がりのレオノールと一緒に、プリンス=マクシミリアン号の進水式に出席し、無事に終えた。
それから私は海軍大臣や地元の有力者との懇親会がある為、グレート=ランス号の状態を見ておきたいというレオノールと一旦別れたのだった。
式典の会場でシャケと別れた直後、レオノールがルーアブル軍港の工廠の中を歩いていると、そこで突然声を掛けられた。
「おお!これはこれは!この度、めでたく第一王子マクシミアン殿下の侍従武官になったレオンハート少将ではないか!」
レオノールが嫌味ったらしい声の主の方を見ると、そこには彼女を二度もクビにしようとした初老の男が、傲慢な笑みを浮かべて立っていた。
「げ……これはお久しぶりです。ビルヌーブ中将閣下」
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