第301話「黒獅子の思い出⑤」

 仕立て屋を出たアタシとシャケは、海辺のレストランで腹一杯美味いメシを食った後、再び街に繰り出した。


「いやー、美味かったな!シャケ!」


「うん、特に丸ごとのロブスターは絶品だったよ、またいつか君と食べたいな」


「え?また?……そうだな……」


 笑顔で答えつつ、アタシに次があればな……と内心思ったところで、


「その時もまた奢るからさ、ね?」


 シャケが言った。


「そうだな、折角のタダ飯だし、またここに来ようぜ!」


 アタシは明るくそれに答えた。


 シャケの気遣いは嬉しかったけど、逆にそれに応えられないという悲しさもあった。


 それからアタシが、


「なあシャケ、そろそろ……」


 船に戻った方がいいんじゃないか?


 と言おうとしたところで、


「さあ、次は剣を見に行こう!他にも士官候補生に必要な物は多いし、時間がないから急ぐよ!」


 シャケが強引に買い物の続きを再会したのだった。


「え!?ちょ、シャケ!?」


 その後、アタシ達はシャケ主導で仕立て屋の時のように、剣とか日用品とか嗜好品とか食料なんかを買い込み、全て直接船に届くように手配した。


 そして、すべての買い物が終わり、最後の店を出たところでシャケが、


「いやー、楽しかった!自分で直接店で買い物するなんて久しぶりだから、テンションアゲアゲだったよー!」


 楽しそうに言った。


「そっか、そりゃ良かった、エスコートした甲斐があったぜ」


 純粋に喜ぶシャケを見てアタシも嬉しかった。


「レオ、楽しい時間をありがとう」


「こっちこそ楽しかったぜ!ありがとな!」


「あと……無理言って済まなかった」


 シャケがそう言って頭を下げた。


「いや、気にすんな、大したことじゃねーし」


 まあ、普通の軍人なら艦を抜け出したのは非常にヤバいが、先の無いアタシにとっては実際大したことじゃないしな。


「そう言ってもらえると助かるよ……さて、名残惜しいが船に戻ろうか、そろそろパーティーやデモンストレーションも全て終わる頃だろうし」


 シャケは水平線に沈みかけた燃えるような夕日を背に、寂しそうに言った。


「そうだな……戻ろうぜ」


 その沈む真っ赤な夕日が、まるでこれからの自分の運命のように感じながら、アタシは答えた。


 一抹の寂しさと共に……。


 それからアタシ達は船に戻り、シャケはお仕置きされ、オレは脱走の罪で軍法会議にかけられてマストから吊るされることになった……なんてことは無かったんだよなぁ。


 と言うか、ここから先はアタシにとって超展開過ぎて、ただただ呆気にとられてた。


 シャケと一緒に軍港に戻り、グレート=ランス号の近くまで行った時、アタシが行きと同じように大砲用の窓から戻ろうとしたら、


「レオ、帰りはこっちから行こう」


「え?ちょ!そっちは……」


 いきなりシャケがそう言ってアタシの手を掴み、躊躇なくタラップを上がり出した。


 つまり、堂々と正面からの帰還だ。


 アタシはシャケの突然の行動に動揺してしまい、されるがまま、一緒に甲板へ上がってしまった。


 するとそこには運悪く、ビルヌーブ艦長やお偉方が勢揃いしていた。


 そして、アタシの姿を見つけたビルヌーブの野郎は一瞬驚いた後、激昂した。


「なっ!……貴様!今までどこにいた!?まさか無断で上陸していたのではあるまいな!」


 反対にこうなることを覚悟していたアタシは冷静で、最後まで堂々と行動しようと決めていたから怒鳴られても動揺せず、しかつめらしい顔でそれに答えた。


「はい、艦長、その『まさか』です」


「貴様!よくもぬけぬけと、しかも国王陛下並びに来賓の方々がいらしておる時に!この愚か者めが!」


 返答を聞いた艦長は更に激昂して顔を真っ赤にし、拳を振りかぶった。


 アタシはそれを正面から受けるつもりで歯を食いしばったんだけど……。


「艦長、手を挙げる前にまず、理由を確認するべきではないか?」


 そこで横から声がして艦長が手を止めた。

 

「は?何だと?誰だ……!?」


 それから怒りの形相でアタシの横にいたシャケを見た瞬間、目を見開いた。


「殿下!?」


 え?殿下って?


 アタシは直ぐにその意味を理解出来なかった。


「し、失礼致しました!」


 直後、艦長が慌てて跪いた。


 それから、


「……ですがマクシミリアン殿下、何故貴方様がこのような輩と一緒に?」


 動揺しながらシャケに聞いた。


 え、ええ!?


 マ、マクシミリアンって!あの第一王子の!?


 ウソだろ!?シャケが……王子様だった?


 その事実を知ったアタシも、艦長と同じく激しく動揺した。


 でも……今思えば、あの振る舞いや威厳はシャケが王子様だというなら納得出来るな、とも思った。


「艦長、今質問をしているのは私の方なのだが?」


 するとシャケは今まで見たこともないような冷たい表情になり、威厳を漂わせながら淡々と返した。


「っ!?も、申し訳ございません!」


 即時に艦長は謝罪したが……。


「貴殿の謝罪に価値はない。さっさと質問に答えたまえ」


 平身低頭する艦長にシャケは眉一つ動かさないままそう冷酷に告げた。


 そんなシャケ、いや第一王子様を横で見ていたアタシは戦慄した。

 

「は、はい!申し訳……あ!いえ、えーと……まずは理由の確認からせよ、と仰せにございましたね!」


「ああ、そうだ、『彼』を殴るのならば、まずは理由を確認してからにすべきだろう」


「は、はひぃ!……彼?いや、奴は……」


 小心者の艦長はシャケの圧を受けた声を上擦らせた。


 因みにアタシもシャケの圧を受けてドキドキしてたりする。


 めっちゃ、怖えー……ってかアツイ、今オレのこと彼って言わなかったか?


「さて艦長、実はな、彼は私の恩人なのだ」


「恩人ですと!?」


 意外過ぎる言葉に艦長が叫んだ。


「ああ、恥ずかしい話だが、私が艦内で迷っていたところを助けてくれたのだ」


「さ、左様で……」


「それだけではない、その後、私がパーティに飽きたから街へ出たいというワガママに付き合ってくれたのだ」


「え?」


「彼ははじめ、そんなことは絶対にダメだとこの私を諌めたが、どうしても外の空気を吸いたかった私が王権を盾に脅迫して連れ出したのだ」


「ええ!?」


 ええ!?アタシも驚いた。


 シャケ……アタシを庇って……。


「その後、彼はなし崩し的に私の供をすることになった訳なのだが……」


「な、何かご無礼が!?」


 艦長は焦ってそう言った。


 ついでにアタシも心配なった、だって無礼なことしかしてないし……。


 てか、シャケとか言ってたし……アタシもしかして……不敬罪で死刑?


「彼は実によく私に仕えてくれた、お陰で非常に充実した時間を過ごすことが出来たのだ」


「そ、それはよろしゅうございまし……」


「うん、だから礼として、将来立派な海軍士官になるであろう彼には色々と援助をさせて貰ったのだ、これでも私は恩には報いたいと思う方なのでな」


「な、なるほど!」


 艦長はそれを聞いて、今更アタシの上等な正装に気付いて納得した。


「そう、私は義理堅いのだよ艦長、だから……」


「?」


「今後もし、私の大切な友人である彼が理由もなく理不尽な不利益を被った場合……君は私の強い不興を買うことになるから、そのつもりでな?苦労して登った旗艦の艦長というポストを不意にしたくはなかろう?んん?」


 シャケはとてもガキとは思えない、今日一番の低く恐ろしい声で艦長を脅迫した。


「ふぁ!?」


 一方、小心者の艦長は心の底から震え上がり、足をガクガクさせながらコクコクと何度もうなづいた。


「あ、あと……彼には後見人がいないそうだな?」


「ひゃい!左様でございます!」


 艦長が返事を噛んだ。


「うむ、だったら彼の身上調書の後見人の欄には私の名前を書いておきたまえ」


「な!?それは……」


 艦長は反射的に抵抗しようとしたが、


「私が友人の力になろうとすることが、何か問題でも?」


 即座にシャケに粉砕された。


「っ……」


「どうなのだ艦長?」


「あ、ありません!」


 念を押され、艦長は直立不動になって叫んだ。


「そうか、では万事宜しく頼む、これからも我が国と王家への献身を期待しているぞ、ビルヌーブ艦長」


 するとシャケはニコリともせずにそう告げた。


「は!有難きお言葉にございます!」


「うん、結構、では私は大切な友人である彼と別れの挨拶を交わしたいから、君は席を外してくれるかな?」


「は、はい!喜んで!」


 そう言って絶対零度のシャケは艦長を追い払うと、今度はアタシの方を向いた。


「さて、邪魔者もいなくなったし……レオ」


 恐ろしい第一王子様からシャケに戻ったコイツは、さっきまでと同じような笑顔で言った。


「今日は本当にありがとう、感謝してるよ」


「そんな、マクシミリアンで……」


 何て答えたいいか分からず、戸惑ったアタシは取り敢えずそう言おうとして……、


「シャケでいいよ」


 イタズラっぽく笑うシャケに遮られた。


「そっか、分かった……で、こっちこそ、ありがとな」


「うん……あ、これ受け取って」


 そう言ってシャケが金貨のギッシリ詰まった財布を渡してきた。


「え?いや、これは……」


 だが、アタシは悲しくなった。


 だって、アタシはシャケが対等な関係だと思ってくれていると信じていたし、さっきの艦長との話の中でも友人と言ってくれていたから、この施しはそれを否定する物のように思えたから……。


 だか、そんなアタシの考えが分かっているかのようにシャケは言った。


「これは君への施しなどではないからね?さっきも言ったけど、これは君や他の未来ある若者達への投資だ」


「え?」


 シャケの言葉にアタシは戸惑った。


「私は君が将来、立派な海軍士官になってこの国に貢献してくれると信じてる……そして、そうなった君が、君と同じような不遇な後輩を見つけて助けてやって欲しいんだ、それはそう言う意味も含めた投資なんだよ」


 穏やかな笑みを浮かべたシャケに言われ、アタシは思わず涙ぐんでしまった。


「シャケ……」


「あ、あとね」


 と、ここでシャケが何かを思い出したように言った。


「ん?」


「運賃……かな?」


「え?運賃?」


 アタシは意味が分からず、首を傾げた。


 するとシャケが真っ直ぐアタシの目を見て、


「実は帆船でのんびり海の旅に出るのが私の夢なんだ、だから将来は頑張ってこの王室の御召艦たるグレート=ランス号の艦長になって、私を乗せてくれ」


 そう言った。


「ああ!分かったよ!オレ……頑張るよ!」


 言われたアタシは即答した。


「陰ながら応援してるよ……あと……」


「うん?」


「……だから、もっと自分のことを……自分の命を大事にするだよ?」


 シャケがアタシの耳元で囁いた。


「!?」


 艦をふっ飛ばそうとしてたことに気付かれてたと知って、アタシは驚いた。


「ではレオ、約束を忘れるなよ?さらばだ」


 それからシャケはそう言って、そのまま振り返らずにアタシの前から去っていった。


 去っていくアイツの背中を見送ったアタシは、暫く涙が止まらなかった。


 その翌日、アタシは親父に世話になったって人が艦長やってる船に転属になった。


 本当に第一王子様……いや、シャケには感謝しかない。


 因みに一つだけショックだったことは、シャケがアタシを男だと思ってたってことだ。


 正直、他の奴なら全然いいんだけど……。


 だからアタシは次にシャケに会った時に、ちゃんと女だって気付いてもらえるように、一人称をオレからアタシに変えたのは自分だけの秘密だ。


 まあ、かと言って再会した時にアタシの気持ちを伝えるつもりも、ましてやそれに応えて欲しいなんて高望みはしないけど……。


 でもせめて、貴方のお陰で今は立派……かどうかは怪しいけど、一応海軍士官……それもあのグレート=ランス号の艦長になれた、と伝えたいと思う。


 アタシは……いつかまた、あの人に会えるのだろうか?




 シャケがレオノールとの感動的な別れを終えて、カッコよく歩き出した直後。


「リアン様!」


「リアンお兄ちゃん!」


 横から飛び出してきた少女二人がシャケの両腕に抱きついた。


「ん?……な!セシル!?マリー!?」


 それからほおを膨らませた二人が口々に叫んだ。


「リアン様酷いです!一緒に水兵さん達を鍛えて遊ぼうって言ったのに!」


「リアンお兄ちゃん!マリーとも高級参謀の皆さんをイビって楽しもうって約束したのです!マリー寂しかったのです!」


「え、いや、その……」


 糾弾されたシャケは顔を引き攣らせるばかりで何も言えない。


 更に直後、


「もー!……ん?あー!リアン様から女の臭いが!」


「クンクン……あ!本当です!これは何ですかリアンお兄ちゃん!」


 シャケから女の匂いを嗅ぎ取った二人が激昂した。


「ええ!?そ、そんな馬鹿な!ありえな……うわ!」


 それからシャケはガシッ!と怒り狂った二人に両側からホールドされた。


「この浮気者!今から私がいいと言うまで埋め合わせをしてもらいますからね!」


「そうなのです!不埒者のお兄ちゃんは今から埋め合わせなのです!」


 そうして先程の威厳など、かけらも無くなった情けないシャケは、少女の皮を被った猛獣達に引きづられていったのだった。


「ちょ、ちょっと、まっ……あーーー!」

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