第300話「黒獅子の思い出④」
色々と吹っ切れたアタシは、シャケを連れて船の側面にある大砲用の窓からこっそり陸に上がり、その後、軍港から出て街へと向かった。
そして、港町ルーアブルのメインストリートに出たところでアタシは言った。
「それでシャケ、どこに行きたいんだ?」
するとガキ改めシャケは、
「えーと……どこへ行こうね」
舐めた答えをよこしやがった。
「おいシャケ!ふざけてんのか?お前が外に出たいって言うから、オレは割とヤバい橋を渡ったってのに!ああん?」
「ひぃ!?ご、ごめん!二人が迫ってきて、私も必死だったから……え、えーと……そうだ!」
キレ気味のアタシにビビったシャケは何やら考え込んだ後、もう一回アタシを見てから言った。
「そうだ!買い物に行こう!」
「買い物だぁ?」
お貴族様のボンボンがこの状況で何を買うんだ?と、アタシは怪訝に思った。
「そう、買い物をしたいんだ、ダメかな?」
「え?まあ、別に良いけど……でも、この街にお前みたいな裕福なガキが欲しいようなもんが、あんのか?」
アタシが不思議に思って聞くと、シャケは笑顔で即答し、次に変なところをリクエストしてきた。
「勿論だとも!じゃあまずは……衣料品のエリアに案内してくれるかな?」
「ん?服?まあ、いいけど……お貴族様が買うような上等なやつは多分ねーぞ?」
「いいからいいから!さあ!」
アタシは繰り返し忠告したが、シャケはまるで気にせず急かしてきた。
「しゃーねーな、行くか」
まあ、本人がいいって言うならいいか。
それからアタシ達は少しばかり歩いて、服屋が並んでる通りに来た。
それから少し歩いたところでシャケが一軒の服屋の前で止まり、
「レオ、ここに入ろう」
そう言ってアタシを促した。
言われたアタシは、その年季の入った立派な店構えを見て、一瞬固まっちまった。
何故なら……。
「は?お前……ここ海軍御用達の仕立て屋だぞ?」
そう、ここは多くの海軍士官が利用する制服の老舗だった。
因みに老舗だけあって値段も相応に高いから、海軍士官候補生でありながら貧乏なアタシには無縁な場所だったりする……。
「どういうつもりだシャケ?コスプレして海軍ごっこでもすんのか?」
思わずアタシが聞くと、
「それも面白いかもしれないけど、残念ながら今は違うよ。さあ行こうか」
シャケはアタシの問いにサラッと答えて、そのまま中へと入って行った。
「ちょ、待てよ!」
置いていかれそうになったアタシはキ◯タクみたいに叫びながら、後を追って瀟洒な玄関を慌てて入った。
「いらっしゃいませ、あら?可愛いムッシュ……と、貧相な士官候補生さん?ウフフ」
店に入ると早速、店主と思しき中年のご婦人がアタシ達を出迎えた。
それから品定めするように素早くアタシとシャケに視線を走らせると、店主は迷わずシャケに向かって声を掛けた。
「お客様、本日は如何されましたか?」
くっ、このババア……アタシのボロい服じゃなくて胸を見て貧相って言いやがった!ちくしょう!
栄養が足りなくて成長が遅いだけなのに!……多分。
でもまあ、ボロボロの制服を着た、一歩間違えばホームレスみたいなオレと、明らかに上等な服を着て高貴なオーラを放つシャケだったら、そうなるよなぁ……。
多分アタシ、コイツの従者か何かだと思われてんだろうなぁ。
ん?従者?あ、そうだ!海軍クビになったらコイツの家で雇ってもらえないかな?
侍従?執事?的な感じで……いや、お上品な仕事は無理だな。
かと言って手に職もねーから、庭師とか馬丁も厳しそうだし……。
はぁ、世知辛いぜ……。
アタシが格差社会と自らのスキルの無さに絶望して凹んでいると、横ではシャケと店主が勝手に話を進めていた。
「マダム、まずは海軍士官候補生用の正装を一着、急ぎで頼みたい」
「はい、それは問題ないのですが、えーと……それはお連れ様の分で宜しいですか?」
マダムがチラリとアタシを見てから、シャケに確認した。
「勿論だ、この国を思う心はあれど、残念ながら私に海軍は早過ぎるのでね」
すると、シャケはそう言ってから大袈裟に肩をすくめた。
「え?ちょ、シャケ!?オレは……」
そんな金払えねーよ!と言おうとしたのを、イタズラっぽく笑うシャケに遮られた。
「安心してくれ、勿論代金は私持ちだ、まあ、無理を聞いてもらったお礼だよ」
「え?それは確かに有難い……けど……オレは今日で……」
海軍をクビになる。
だから、どうせ最後だし!と吹っ切れて、良くて鞭打ち、悪けりゃマストから吊るされる可能性だってあるのに、シャケを連れて艦を出たんだ。
今、新品の制服を貰ったって、夕方には鞭打ちでズタズタになるか、最悪、死装束になりかねないんだよ……。
そういう訳で金の無駄だからよせ、とアタシは断ろうとしたんだけど……。
「細かいことを気にし過ぎるとハゲるよ?じゃあマダム、宜しく」
と微笑を浮かべたシャケにスルーされ、
「はい、かしこまりました!では採寸致しますので、貧相なお連れ様はこちらへどうぞ!さあ!さあ!」
それから怪しい手つきのマダムに捕まり、奥の部屋へ連行された。
「ハゲねーよ!あと、いちいち貧相っていうな!……え?ちょ、ま、待ってくれ!うわぁ!」
そんな感じで笑顔のシャケとマダムに無理矢理押し切られ、アタシは強引に採寸されることになっちまった。
しかし、ドアが閉まる直前にシャケがマダムを呼び止めた。
「あ、マダム!」
「はい?」
お!シャケの奴、考え直してくれた……、
「正装一式の他、常装(普段着る軍服)も三着ほど頼む」
訳じゃなかった!
「あと代金は弾むから全て急ぎで宜しく」
次にシャケは金貨がギッシリ詰まった財布を出して、それをマダムに見せながら言った。
「はい!喜んで!」
するとマダムは満面の笑みでそれに答えたのだった。
因みにこの後、何故かシャケがナチュラルに奥の部屋まで付いてこようとして、マダムに殿方はここまですよ?と迫力のある笑顔でシャットアウトされていた。
シャケの奴……まさかあの歳でムッツリだったのか?
たく、マセガキめ。
まあ、助けて貰ったし、少しぐらいなら……いや、教育上よくないな。
うん、ダメだな!
……。
…………。
………………。
それから約一時間後。
ウキウキのマダムに採寸という名のセクハラを受けまくったアタシが涙目でしょげている横で、
「常装は後日、直接お船の方へお届けに上がりますわね、本日はありがとうございました」
「無理を言って済まないね、助かるよマダム、ではまた宜しい頼む」
シャケとマダムが楽しげに挨拶を交わしていた。
そして店から出たところでシャケがこっちを向いて、まっさらな正装姿のアタシに言った。
「レオ、よくに似合ってるよ」
「お、おう、ありがとな……へへ」
海軍に入ってから褒められたことなんて一度もなかったアタシは、ストレートなシャケの褒め言葉に照れちまった。
でも、直後にここからでも見えるグレート=ランス号の巨大なマストが視界に入り、この後待っている自分の未来を思い、
「でも、シャケ……」
と、暗い声で言い掛けた時。
「ねえレオ、お腹空かない?」
またシャケがアタシの言葉を遮った。
「え?」
「若者がアレだけじゃ足りないでしょ?ちょうど私も何か食べたくなったところなんだ、いい店知らない?」
シャケは優しい目をしながらそういうと、アタシの手を引いて歩き始め、
「……ああ、良いところを知ってるよ」
アタシは心が暖かくなるのを感じながら、そう答えて一緒に歩き出したのだった。
因みに……その後、めちゃくちゃ食べました!(>_<)
……メ、メシをだぞ!?変な想像すんなよ?
あ、アタシはショタ好きなんかじゃ……ないんだからな!……多分。
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