第299話「黒獅子の思い出③」

「誰だ!?」


 アタシがゆっくりとカンテラを突き出して、その場を照らしてみると、そこには……。


「イテテ……失礼、私の不注意でぶつかってしまい申し訳ない……」


 やたらと身なりのいいガキが尻餅をついていた。


「あん?何だよお前は?」


 予想外の相手がいたことに少し動揺しながら、アタシがそう問うと、


「私?えーと、今日の視察団の一人だよ」


 大人びた口調でガキは答えた。


 それからコイツを改めてよくみると、金髪碧眼の顔立ちがよく整った綺麗なガキで、黙っていても伝わってくる品の良さがあった。


「なるほど、お貴族様のボンボンか」


 アタシは相手が上流階級だと知って、反射的に嫌悪感を滲ませながら言った。


「貴族……まあ、そんなとこかな、はは……」


 するとガキは怒ったり偉ぶったりせず、苦笑しながら答えた。


「ん?まあいいや、で?お貴族様がこんなところで何やってんだ?パーティーはどうした?」


 それから更に聞くと、


「えーと、幼馴染二人の相手に疲れて少し一人になりたくて……いや、パーティーに飽きてこの船を探検していたんだ、それで……」


 子供らしい理由が返ってきて、アタシは納得した。


「で?」


「逃げ回って……コホン、探検していたら迷ってしまって……」


「なるほど」


「それで仕事中に大変申し訳ないのだけど、帰り道を教えてもらえないだろうか?」


 そして、ガキが最後に申し訳なさそうに言ってきた。


「あん?オレは今やること……いや、殺ることがあって忙しいんだ、後に……は無理か」 


 アタシはそう言い掛けて、あることに気付いてやめた。


 怒りのあまり、勢いで全員まとめて吹っ飛ばしてやる!とか思ってたが、目の前のガキを見て今更だがこういう無関係な連中を巻き込むのはやっぱり出来ないと思ったんだ。


「はぁ……たく、もう……本当、何もかも上手くいかねーなぁ、オレは……」


 それからアタシは皮肉げに笑いながら言った。


 するとガキが、


「あー、ところで君はここで何を?見たところ士官候補生のようだが……?」


 恐る恐る聞いてきてやがった。


「え?オレ?あ……うるせえ、ガキには関係ねー話だ、帰り道教えてやっからあっち行けよ」


 アタシが投げやりにそう答えると、ガキはスッと目を細めて雰囲気を変えた。


 そして妙に大人びた感じで喋り出した。


「気に障ったのなら謝る。だがこんなところで会ったのも何かの縁だ、是非……」


「うるせえ!黙れよ!お前みたいな金持ちのガキに何が!」


 直後、ガキの言葉でアタシが激昂しかけた、その時。


 ぎゅるるるる〜。


「……わかる……んだよ……」


 アタシの腹がなり、シリアスな雰囲気をぶち壊した。


 それからまたガキが話しかけてきた。


「えーと、君……あ、名前は……」


「ん?オレは士官候補生のレオだ」


 かっこ悪いところを見られて、アタシはバツが悪そうに答えた。


「レオ、君はお腹が減っているのかい?」


 するとガキがわざわざそう聞いてきやがった。


「そうだよ、見りゃわかんだろうが……」


 ムカつくガキだな!と思いながら答えると、


「だったらコレ、よかったら食べなよ?」


 そう言ってガキが料理の包みっぽいものを差し出した。


「逃走……いや、探検に出掛ける時にパーティ会場から失敬してきた非常食なんだけ、よかったらどうぞ」


 そして、目の前で包みが開かれ、美味そうな匂いが広がった。


「い、いらね……いや、食う!よこせ!」


 アタシは一瞬、見栄を張って断ろうかと思ったが直ぐに食欲に負けて、腹ペコで死ぬのは切ないからな!最後の晩餐だ!と自分に言い訳しながら奪うように料理を受け取り、かぶりついた。


「っ!……うめえ……うめえよ……うう……はむ!」


 すると香ばしい小麦と芳醇なバターの香り、それに……濃厚なシャケの旨みが広がった。


 そう、暗くてよく分からずに食ったが、まだほのかに温かいその料理はシャケのパイ包焼きだったんだ。


 あの時に食ったあれは本当に美味かったなぁ。


 涙の所為でちょっと塩分強めだったけど。


 それからあっという間にそれを平らげたところで、


「気に入ってもらえたようで良かった」


 ガキが笑顔で言った。


「え?あ、あはは……その……ありがとな?美味かったよ」


 腹がいっぱいになって少し余裕ができたアタシは、ここでやっと冷静になり、照れながらそう言った。


 するとガキは、


「それでレオ、君はこんなところで何をしていたの?」


 改めてそう聞いて来た。


 その目は真剣で、この問いには明らかに『士官候補生以上は全員パーティーに出席の筈なのに、ボロボロの制服を着て何故こんなところで腹を空かせて泣いていたのか?』と言う意味が込められているのが分かった。


 あと不思議なのはコイツと話してると、まるで倍ぐらい生きてる大人と喋ってるみたいに感じるんだよな。


 そう、まるで大人が困ってる子供に優しく声を掛けてくれるような……そんな感じがした。


 と、そんな風に思ったアタシは、何故だか素直になれて、自分の置かれた状況や思いを話した。


 ……。


 …………。


 ………………。


 そして、気がついたら……。


「そっか、それは辛かったね、レオ、君はよく頑張ったよ」


「うう……ぐす、うわーん……」


 アタシはガキに抱き付いて泣いてた。


「もう大丈夫だからね」


「うん……」


 ガキはそう言ってから、優しく頭を撫でてくれた。


 アタシが泣き止むまでずっと。


「……すん、すん……ふぅ、話を聞いてくれてありがとな」


 溜まってたものを全部話し、泣きたいだけ泣いたアタシはスッキリして、素直な気持ちで礼を言った。


「いや、私は聞いてただけで何もしてないよ」


 ガキは優しく笑いながらそう言った。


「そんなことはねーよ、本当に助かった……あと……」


「あと?」


「お陰で前向きになれたよ、オレ……海軍辞めるよ」


 そう、アタシはガキのお陰でもう少し生きてみようと思えた。


 あと、こんな状態で無理に海軍にしがみつく必要もないことに気付けたんだ。


 だがガキは、


「前向きになれたことは凄くいいことだ、でも君はそれでいいのかい?この船の連中は死ぬほど嫌いでも、お父上がいたこの海軍のことは好きなんでしょ?」


 そう聞いて来た。


「え?そ、それは……そうだけど……オレ、もうここにはいたくないし……て言うか、今日でクビだし……」


 アタシはシュンとしながらそう答えた。


「ふむ、つまり君はここの連中が嫌いなだけで、彼らと離れられれば大丈夫なんだよね?」


「ま、まあ、そういうことになるな……」


 アタシが答えるとガキは笑顔になり、


「よし分かった、任せて!将来ある若者を助けるのも(王族の)私の勤めだからね」


 まるで大人みたいなことを言いやがった。


 こんなガキに何が出来るとも思えなかったけど、アタシはその気持ちが凄く嬉しかった。


「ふふ、ガキのくせに……」


「え?ああ、そうだね……確かに私はガキだ……だが!そう、私は見た目は子供!頭脳は大人!その正体は……」


「まあ、兎に角ありがとな。上まで案内するからついてこいよ!」


 それからアタシは何か言おうとしたガキをスルーして、最後の仕事をすることにした。


「……酷い!スルーした!はぁ、渾身のギャグだったのに……最後まで聞いて欲しかったよ……」


「何を訳の分かんないことを……」


 アタシが急に子供っぽくなったガキに呆れたようにそう言った、その時。


「リアン様ー!どこですかー!セシル寂しいでーす!なので一緒に本物の軍艦と水兵を使って砲術訓練して遊びましょうよー!」


「リアンお兄ちゃーん!マリーも寂しいのです!本物の士官達と一緒に艦隊戦の図上演習して遊びたいのです!」


 上の方から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。


「は!?ま、まずい!?追手が……どうしよう!?」


 するとさっきまであんなに落ち着いてたガキが慌て出した。


「ん?どうした?」


「え?あ、いや、その……あっ!そうだ!レオ!頼みがある!」


「頼み?何だよ?」


「私を船から連れ出してくれ!たまには自由にしたいんだ!」


「は?艦の外へ?うーん……」


 言われたアタシ少し考えた。


「今この船は港に係留されてるから、抜け出すのは簡単なんだけど……無断で外へ出たらタダじゃ済まないんだよなぁ……ん?あ!オレ、クビになるんだっけ?じゃあいっか!コイツには世話になったし、メシも恵んで貰ったしな!おう!いいぜ!任せとけ!」


 それから快く返事をしたアタシはここで、ふとあることに気付いた。


「あ、なあ!」


「ありがとう!……え?何?」


「お前、名前は?」


 そう、まだ名前を聞いてなかったんだ。


「え?な、名前……え、えーと、その……」


 だが名前を聞くと、ガキが言い淀んだ。


 どうやら何が事情があるらしい。


 そこでアタシは……。


「よし、じゃあお前の名前は……『シャケ』だ!」


 さっき貰った料理にちなんで、アタシは勝手にそう決めたのだった。


「!?」

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