第298話「黒獅子の思い出②」

「うう……くそぉ!なんで……なんでオレばっかりこんな目に……ぐす……」


 あの日、アタシは船の最下層にある暗い船倉で一人泣いていた。


 理由は理不尽な現実に絶望したから。


 具体的には、当時のアタシはビルヌーブ艦長をはじめとした士官達にいびられ、仲間の士官候補生達にも虐められていた。


 何をやっても報われず、どんなに頑張っても決して誰にも認められない、ただただ耐える日々だった。


 じゃあ何でそんなことになっているのか?と思うだろう?


 え?アタシの性格の所為じゃないかって?


 ふざけんな!と言いたいとこだけど……否定できねんだよなぁ。


 でも、理由はそれだけじゃない。


 それはアタシには金もコネも無く、そして女だったから。


 そうアタシには何もなかったんだ。


 十三歳の時、アタシの親は二人とも郵便船の事故で死んだ。


 姉さんはもっと早くに居なくなってた。


 つまり、家族が誰も居なくなってアタシは一人ぼっちだった。


 そこで何とか食べて行く為に選んだのが海軍。


 理由は何かを売ったり作ったりみたいなことより、アタシは壊す方が向いてると思ったし、他に何が出来る訳でもなかったからな。


 で、その後親父が海軍だったのもあって、運良く士官候補生として潜り込めた。


 でもそっから先が酷かった。


 こっからは逆に色々と運が悪かったんだろうが、最初に配属された『グレート=ランス号』でのアタシの扱いは最悪だった。


 理由はさっきも言った通りで、まず女ってだけで色物扱いされたし、舐められた。


 それに当時はまだ体格も良くなかったし、メシも足りなくて痩せてたから力仕事がうまくできなかったり、夜の長時間の当直なんかでは起きてるのがやっとでフラフラしてたりして、みんなの足手纏いになってた。


 それが嫌で自分なりに頑張ってはいたけど、所詮は十三歳のメスガキだ。


 仕事はどれも中々上手くいかず、疎まれるばかりだったよ。


 あの頃は本当に辛かったぜ。


 他の理由は金とコネだが、基本的に士官や士官候補生は貴族や裕福な商家の次男三男みたいな連中が多いから、金もコネも持ってる奴が多い。


 で、アタシが乗ってたグレート=ランス号は艦長のビルヌーブの野郎が自分のキャリアの為に、特に有力な家柄の奴を集めてた。


 それである日、偶然空きが出来ちまったところに、アタシが運悪く配属されちまったからさあ大変だ。


 そんな連中の中で金もコネも無いアタシはバカにされた。


 ま、当たり前だけどな。


 金が無くてまともな制服が買えずに、ボロボロの着古した制服を何とか古着屋で見つけて着てたし、日々の食事の席で上流階級らしい会話も出来なかったし。


 あ、メシと言えば、実はこれも結構金が掛かるんだぜ?


 基本的に軍艦の食事は軍から支給されるんだが、それはあくまで最低限だ。


 食べ盛りの若い士官候補生にはそれだけじゃ足りない。


 だから、士官や士官候補生は肉だとかワインだとか、自腹で美味い物を用意するのが当たり前だ。


 でも当然それには金が掛かるからアタシには無理。


 てな訳でアタシは浮いてたし、一人寂しく毎日腹を空かせてた。


 とまあ、そんな感じでアタシは艦内で孤立してた。


 それから暫くして最悪の状態であの日を迎えた。


 あの日はランス海軍最大の船であるグレート=ランス号を若き国王のシャルル陛下やスービーズ公をはじめとした貴族達が視察に来る日だった。


 当然、パーティーとかもあるから士官、士官候補生は全員正装で参加だ。


 一応全員ってことだから、アタシもなけなしの金を叩いて何とか正装用の制服を一式揃えたんだ。


 だが……まあ想像はつくだろうけど、当日に着替えようとしたら他の候補生達に嫌がらせでズタズタにされてた。


 それを見た瞬間、アタシは頭に血が昇って大乱闘。


 まあ、当時はまだ弱かったし、多勢に無勢で一方的にボゴボコにされちまったけどな。


 しかも、その後艦長のビルヌーブの野郎が全部アタシが悪いと決め付けて、今日の視察とパーティーが終わったら、アタシをクビにするって言いやがった。


 アタシは悔しくて悔しくて……。


 でも何も出来なくて……。


 取り敢えず他の連中に泣くところを見られたくなかったから、一番声が響かない船底近くの船倉まで降りて泣いた。


 泣き喚いた。


 それから積んである樽や木箱、穀物の入った麻袋なんかを手当たり次第に殴って蹴った。


 手には血が滲み、足もブーツ中で悲鳴を上げたけど、それでもアタシは暴れ続けた。


 もう自分が傷付き壊れることに何とも思わなかった。


 それから一通り暴れたところで急に虚しく、そして惨めになって手を止めた。


 そこでアタシはこう思った。


 アタシは……何故生きてるんだろう?


 こんな酷い目に遭ってまで……こんな辛い目にあってまで生きている意味はあるんだろうか?


 と。


 更に、思った。


 もう、疲れた。


 もう、終わりにしたい。


 もう、終わりにしよう。


 もう、終わらせてやる、ただし……連中もだ!


 アタシは死ぬけど、こんな目に遭わせやがった連中もまとめて道連れだ!


 そうだ!もう遠慮はいらない!


 最期ぐらい派手にやってやる!


 ブチギレてそう決めたアタシは悲壮な覚悟と共に、カンテラを手に取って弾薬庫へ向かって歩き出そうとした、その時。


「……うお!」


「うわ!」


 暗闇から突然飛び出して来た誰かにぶつかってアタシはよろめき、相手は跳ね飛んだ。


「誰だ!?」


 また他の士官候補生が嫌がらせに来たのかと身構えたが、雰囲気からしてそれは違うようだった。


 アタシは不思議に思いながらゆっくりとカンテラを突き出して、その場を照らしてみると、そこには……。


「イテテ……失礼、私の不注意でぶつかってしまい申し訳ない……」


 やたらと身なりのいいガキが尻餅をついていた。

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