第297話「黒獅子の思い出①」

 あん?なんだよ?


 アタシは今、思い出の船を見ながら感傷に浸ってるんだから邪魔すんな。


 え?お前は誰かって?


 アタシは栄光あるランス海軍所属、海軍少将レオノール=レオンハート(23歳・独身)だよ。


 と言っても、ケチな陰謀にハマって船を取り上げられちまった所為で、今は陸でデスクワークの日々だけどな……。


 はぁ、しかも仕事人間の上司に付き合って毎日毎日朝から晩まで仕事仕事仕事……。


 正直、初めの頃は気が狂いそうだと思ったぜ。


 けど、金儲けが上手い姫様とか、その姫さんの牛型の手下とか……あとは愉快なシャケの仲間達とか、一緒にいると意外と楽しかったから、なんとか続いてる。


 そして、くだんの仕事人間の上司。


 こいつの所為でアタシまで社蓄やるハメになってる。


 通称『シャケ』こと、特命担当大臣とか言う謎の肩書を持ってる若き侯爵、リアン=ランベール。


 あと初対面での印象が何となくシャケっぽいと感じてから、アタシが勝手にシャケシャケ呼んでる。


 コイツはアタシより四歳年下で、黒髪メガネの地味な男。


 でもよく見ると顔立ちは整ってるし、実は結構……いや、かなりイケメンの部類だ。


 ま、アタシは顔なんてどうでもいいけどな。


 男はハートだよハート!


 で、このシャケ野郎、何気にかなり優秀で仕事は出来るんだが、兎に角お人好しだから人に仕事を振るのが下手で、次から次へと仕事を抱え込みやがる。


 だからいつも死にそうな顔してるし、バカな奴だなぁ、と思う。


 でもそんなコイツをアタシは嫌いじゃない……むしろ……いや、何でもない。


 それで……えーと、そう、このシャケは一見頼りないし、自己主張もあんまりしないから、始めはちょっと不安になりかけたが、実は全くそんなことはなかった。


 もの静かなだけで行動力や統率力もあるし、何より周りの人間がコイツの為に働きたいって思える何かを持ってんだよ。


 なんつーか……王の器みたいなやつ?


 よくわかんねーけど。


 まあ兎に角、このシャケはいい奴ってこと。


 アタシが保証する。


 それにコイツのお陰でアタシは生き別れの姉さんに会えたんだ。


 だからシャケには本当に感謝してる。


 あ、あとな、その時思ったんだけど、コイツ凄く誠実なんだよ。


 実は姉さんを探す時、アタシはシャケと取り引きしたんだ。


 ちょうどシャケは腕っぷしが強い手下が欲しかったから、暇してたアタシに姉さんを探すのを手伝って欲しいと言ってきた。


 アタシは姉さんを探せるならむしろ無理矢理にでも付いて行くつもりだったから、渡りに船だった。


 だから、本当はシャケから見返りを貰おうなんて思ってなかった。


 むしろ、感謝しかなかった。


 でもシャケはわざわざ自分から見返りを提案してきたんだ。


 しかもアタシの事情を知って、金や地位じゃなくて船を探してくれるっていうんだから、本当にいい奴だと思ったよ。


 勿論、美味すぎる話だし、コイツは権力持った高位貴族だから、姉さんが見つかったら適当になかったことにされるかも、とも思ったさ。


 いや、むしろそうなると思ってた。


 だって、シャケは王室にパイプを持つ高位貴族の侯爵様だぜ?


 船を取り上げられて予備役に編入されちまったアタシごときとの約束なんて、テキトーにスルーしちまってもいいんだよ。


 だってアタシは何も出来ないんだからさ。


 まあ、アタシはそれでも姉さんが見つかる可能性が少しでもあるなら、それで良かったけど。


 それなのにアイツは王都へ戻って早々に、わざわざ海軍大臣のところまで行って話をしてくれて……。


 本当にアイツはいい奴だ。


 もし『あの人』に会う前に出会ってたら、アタシはきっと……コホン、何でもねえ。


 えー、あ、そうだ、でもその時にちょっとした手違いがあって、今シャケと一緒に働いてるんだけどな。


 因みに手違いで用意された役職が、まさかの『あの人』の侍従武官だった。


 だからそれを聞かされた瞬間、実は内心小娘みたいにドギマギしちまったりしたんだが……。


 結局それはウソで、実はシャケの手伝いだったから、『あの人』には会えなかったんだよ……。 


 正直、一瞬怒って辞めようかと思ったけど、それでも飯は食えるから暫くはデスクワークでもいいかと思ってやることにした。


 けど、それでもアイツは時間が掛かってもちゃんと船を用意すると言ってくれた。


 本当にどこまでもいい奴なんだよ、あのシャケは。


 んで、実際に仕事が始まってからは、さっきも言った通り結構楽しかったりした。


 正直、船に乗れないのは残念だけど、このままシャケやエリザと一緒ならデスクワークも悪くないとか思ってしまうぐらいに。


 そう、コイツなら一緒にいてもいいと……いや、一緒にいたいと思えるぐらいに居心地が良かった。


 それにコイツは見た目は兎も角、何か『あの人』に似てるんだよ。


 だから、アタシは……いや、だから何でもない。


 でも今度、アタシは王都を離れることになった。


 理由はアタシの乗艦が見つかったらしい。


 これもシャケが一生懸命に海軍に掛け合ってくれたお陰だ。


 全く、もう少しぐらいゆっくりでも良かったのに……。


 で、それから少し経ってお別れが近くなった頃、出張に行った。


 そこでアタシは何だか寂しくて、海軍仲間と飲むのをやめてシャケを誘って飲んだんだ。


 久しぶりに他人と本気で離れたくないって思ったから。


 あとこれは秘密だけど、その時にちょっとだけシャケに何かを期待しちまったりした……まあ、アイツはいい奴だから何も無かったけど。


 それから事件?が起こったのは次の日だ。


 アタシとシャケは海軍大臣閣下と一緒に軍港の乾ドックへ行き、突然二隻の船の名前を変えると告げられた。


 一隻は最新鋭艦の『キング=シャルル号』で、それを『プリンス=マクシミリアン号』に変えるらしかった。


 素直にいい名前だと思った。


 アタシは……第一王子様が好きだから。


 それから二隻目の『グレート=ランス号』。


 こっちはアタシが海軍に入って初めて乗った船で、かなり思い入れのある船だった。


 それがあの第一王子様の名前になるって聞いて……不思議な気持ちでボーッとしちまったんだ。


 それで……驚いたのがこの後。


 何と海軍大臣閣下がいきなり『この船君のだから!』とついでみたいに言いやがったんだ。


 で、そん時にあまりにも色々な思いが込み上げてきて、不覚にも泣いちまったんだよ……。


 全く、カッコわりーぜ……。


 泣いたのなんて、この船で士官候補生やってた頃以来だ……。


 そう、最後に泣いたのはこのランス号の暗い船倉で『あの人』、つまり第一王子様に会った時だ。


 それで、その時の言葉と約束を思い出したら涙が止まらなくなっちまったんだよ。


 はぁ、我ながら情けないというか、女々しいというか……。

 

 あん?その時の話が聞きたいって?


 えー……嫌だよ!


 面倒いし、恥ずかしいから嫌だ!


 ……。


 …………。



 ………………。


 もう!しつけーな……分かった、分かったよ!


 話すよ!


 たく、しゃーねーな、ちょっとだけだぞ?


 ふぅ……そう、あれはアタシが食い詰めて海軍に入ったばっかの頃の話だ……。

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