第296話「シャケ、出張する⑥」
「今度は右側をご覧下さい!『グレート=ランス号』改め……『グレート=マクシミリアン号』です!」
私がうんざりしていると、海軍大臣が『グレート=ランス号』の方を向いてドヤ顔で告げた。
「……は?」
え?何だって?
私は本日三度目の鈍感系主人公みたいなセリフを心の中で呟いた。
今度はこのおっさん、なんて言った?
今、『グレート=マクシミリアン号』って聞こえたような?
いや、まさか……二度もそんな筈は……うん、きっと何かの間違いだ……頼む!そうであってくれ!
と、取り敢えずもう一度……聞いてみよう。
「海軍大臣、すまないがもう一度言ってくれるか?」
お願いだから聞き違いだと言ってくれ……。
「はい、『グレート=マクシミリアン号』です!こちらも素晴らしい艦名でしょう?」
すると、まるでデジャブなのかと思うぐらいに、彼は先程と同じように胸を張って答えた。
嘘だッ!!!
私は思わずナタがトレードマークの某少女のように叫んだ。
はぁ、もう何なのこれ?
流石におかしくない?
だって二隻とも私の名前だよ!?
一隻だけでも嫌だし、おかしいのに……一体何故?
仮に、百歩……いや、一万歩ぐらい譲ったとして一隻目は分かるとしても、普通もう一隻は別の名前にするでしょ!?
例えばフィリップか父上の名前にして、兄弟艦とか親子艦みたいな感じにするとか。
他には宰相とかこの海軍大臣とかの功労者の名前を付けるとかあるのでは!?
同時に二隻の軍艦に自分の名前が付いた奴なんて多分、前代未聞だよ?
キュ◯ベーもビックリなぐらいに、もう本当に訳が分からないよ!(>_<)
と言うかこの大臣、やはりイカれてるんじゃないのか?
そうだ!そうに違いない!今度こそ叱責してやる!
と思ったが、先程のようにちゃんと父上の許可を貰っていたら困るので、無駄だと思うが一応経緯を聞いてやるか。
「なあ大臣、流石に二隻も同じ人間の名前というのは……」
すると、海軍大臣はドヤ顔に……はならず、今回は困ったような顔になって答えた。
「はい、殿下の疑問は至極ごもっともにございます」
「え?」
あれ?コイツ自分の非を認めたぞ!?
どういうことだ!?
私が海軍大臣の意外な反応に困惑していると、彼は経緯を話し出した。
「実は私が宰相殿を通して陛下に上奏いたしましたのは『どちらか一隻に殿下のお名前を付けてはどうか』というものでした。そうしましたら後日、陛下に召し出され、何と直々に『絶対二隻とも殿下のお名前にするように!』と厳命されまして……」
「厳命!?……だと?」
ど、どういうなんだ!?
父上がわざわざ海軍大臣を呼び付けて直接命じただと?
ますます意味がわからん!
もう本当に嫌がらせとしか……。
「はい、左様でございまして……正直、この結果は私も想定外でございました」
そして、少しだけ申し訳なさそうに言った。
むうーと言うことは、この二隻が私の名前になってしまった件について海軍大臣は無罪か。
まあ、軍艦に私の名前をつけようと父上に上奏した時点で私的には有罪だが。
うん、やっぱりあとで左遷して……あ、でもそう言えばこの人今回の件で父上に褒めて貰ってるんだよな……ぐぬぬ、手が出せない!
だが……おのれ海軍大臣!タダでは済まさぬぞ!
覚えてろー!
おっと、脱線してしまった。
彼の断罪は後にするとして……それよりもまさか、あの父上がこの暴挙を許すどころか、強力に後押ししていたとは……本当に想定外だったなぁ。
もう本当に父上の真意が分からない。
最近割と頑張っていたつもりなんだけど、やっぱり全然私を許す気無いってこと?
ちょっと長めに働いてるからって調子に乗ってんじゃねーよカス!的な?
だから、戒めとして私を世界の晒し者に?
うーん……でもそれに何の意味があるのだろうか?
もしクレームをつけたいなら、それこそ私を海軍大臣よろしく呼びつければいい訳で……だって同じ敷地にいるのだし……。
うーん……謎は深まるばかりだ……。
だがしかし、一つ間違いないのは船の名前については、繰り返しになるが父上自身が承認している以上、私ごときが……以下略。
はぁ、結局大人しくこの辛い現実を受け入れるしかないのか……。
と私が再び残酷な現実に打ちひしがれていると、
「でも良いではないですか!これで偉大なる殿下のお名前が世界に轟くことでしょうし!」
再びドヤ顔になった海軍大臣に煽られてしまった。
ああ、私の名前はさぞかし有名になるに違いない……自分の国の軍艦に、自分の名前を二隻同時に付けた痛い奴としてな!
ああ、最悪だ……。
はあ、もう嫌だ。
「……そうか」
最早、コイツには何も言うまい……。
再びガックリと肩を落とした私が心中でそう呟いたその時、ここで先程と同じようにレオノールのことを思い出した。
そう言えば今回も彼女がやけに静かだけど……。
あ、もしかしてランス海軍の旗艦を長年務めてきた栄光ある艦にゴミカス王子の名前が付いて、今度こそ怒り心頭なのでは!?
や、ヤバい!どうしよう……もし、怒り狂ったレオノールが『アタシの愛する海軍の象徴に泥を塗りやがって!あのクソ王子め!八つ裂きにしてやる!!』などと言い出したら……。
その場面を想像し、恐怖にかられながら私がゆっくりと彼女の方を見ると、
「……そっか、名前……変わっちまうんだな……」
寂しさと物悲しさが混ざったような、まるで大切な思い出の品を手放さなければならない乙女のように切ない感じで呟いた。
「……え?」
誰?この乙女?
レオノールの皮を被った別人か?
私は普段の彼女とのあまりのギャップに、本人に聞かれたら確実にタダでは済まないようなことを考えてしまった。
それから少し冷静になり、ふむ、先程のプリンス……いや、元キング=シャルル号の時とはまた違った反応だな……とか思っていたら、
「あ!そうそう、レオンハート少将!あの船の艦長君だから!宜しく!」
海軍大臣が空気を読まずに、めっちゃ軽い感じで割と重要なことを告げた。
え?そうなの?
これレオノールの船になるんだー、へー。
彼の言葉を聞いて私が思ったのはそれぐらいだった。
それからお祝いの言葉でも掛けてやろうと彼女を見たのだが。
「……え?」
思いがけず、実はこの立派な船が自分の乗艦だと知ったレオノールはすぐさま飛び上がって喜んだ……りはしておらず、何故か逆に困惑したような顔になっていた。
「閣下、アタシが……本当にあの船の……あの『グレート=ランス号』の艦長に?」
それから信じられないという感じで、恐る恐る海軍大臣に聞いた。
「ん?ああ、そうだとも少将!これからもこの国の為、王室の為、そして君に力添えして下さったマクシミリアン殿下の為に励みたまえよ?」
海軍大臣がレオノールの問いかけに対して、笑みを浮かべて明るく答えた……のだが。
「……」
彼女は何も言わないまま、ボーッと船の方を見ていた。
「レオンハート提督?」
心配した私が声を掛けた同時に、彼女の整った美しい顔にスーっと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……うう……ぐす」
「え?ええ!?」
私はいきなりのことでパニックになり、内心アワアワしていると、本格的に泣き出したレオノールが理由を話し出した。
「あ、あのグレート=ランス号は……すん……アタシが……ぐす……士官候補生として……えぐ……初めて乗った船で……その時……うう……あの人に助けて貰った……思い出の……船なんだよ……」
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