第295話「シャケ、出張する⑤」

「『キング=シャルル号』改め……『プリンス=マクシミリアン号』です!」


 軍艦の名前を変えるなんてことがあるのか?と私が怪訝に思っていたところ、海軍大臣が元『キング=シャルル号』の方を向いて今日一番のドヤ顔でそう言った。


「……は?」


 え?何だって?


 私は本日二度目の鈍感系主人公みたいなセリフを心の中で呟いた。


 今このおっさんなんて言った?


『プリンス=マクシミリアン号』って聞こえたような?


 いや、まさか……そんな筈は……うん、気の所為、きっとそうだ!


 よし、もう一度聞いてみよう。


「すまない大臣、もう一度言ってくれるか?」


「はい、『プリンス=マクシミリアン号』です!素晴らしい艦名でしょう?」


 すると、彼は胸を張って何の躊躇もなくそう言った。


 ……嘘だと言ってよバ◯ニー。


 私は思わず某ロボットアニメのようなセリフを呟きながら現実逃避しようとして目を逸らした。


 それから数秒後、視線を自らの名前が冠されてしまったらしい残念な船へと戻すと、そこには変わらず世界有数の大きさを誇る堂々たる木造帆船が鎮座している。


 うわー事実だったよ……。


 最悪だ、自分の名前が軍艦に付くとか嫌過ぎる。


 だって、世界に自分の名前が晒されるんだよ? 


 しかも私は評判の宜しくない王子だよ?


 そんな奴の名前が船に付いたら世間に何と言われるか……ああ、考えたくない……。


 しかもよりにもよって父上の名前から強引に変更だなんて……。


 ああ、ヤバいぞ!


 それに万が一、この件を私が自らの自己顕示欲を満足させる為にやった、などと父上達に勘違いでもされた日にはタダでは済まないぞ……。


 ……ん?あれ?ちょっと待てよ?


 もし名前の変更を父上の許可なく勝手にやったのなら全て海軍大臣の責任だし、それをきちんと証明するれば、この嫌過ぎる名前を元に戻せるのでは?


 よし、追求してやろう!


 そう決めた私は一縷の望みを掛けて、怒気をはらんだ顔を作り、


「ちょっと待て海軍大臣!偉大なる我が父上の名を冠した船の名を変えるなど、許される筈が……」


 と厳しい声で言い掛けた、その時。


「はい!偉大なるシャルル陛下にこの件をご相談したところ快くお許しを頂いた上、更に畏れ多くもお褒めの言葉まで頂戴致しました!」


 彼は誇らしげにそう答えた。


「……なかろう!……え?」


 嘘だろう?


 父上がこの暴挙を許した上、褒めた……だと?


 ば、馬鹿な!……一体、何故だ!?


 理由は何だ?……私への嫌がらせ?


 いや、そんなことの為にあの父上がこの暴挙を許す筈が……あ、もしかして父上も自分の名前が軍艦に付くのが嫌だったとか?


 もし自分の名前が付いた船が沈んだり、拿捕されたら切ないし……。


 いや、でも……うーん……わからん。

 

 だが兎に角、父上自身がこれを承認している以上、私ごときがどう足掻いても全くの無駄だということだ……。


 ああ、鬱だ……。


 私が残酷な現実に打ちひしがれていると、


「これで世界に殿下の御名が轟くことでしょう!」


 ドヤ顔の海軍大臣に煽られてしまった。


「……そうか」


 最早、何も言うまい……。


 ガックリと肩を落とした私が心中でそう呟いたその時、ふと思った。


 そう言えばさっきからレオノールがやけに静かだけど……一体どうしたのだろうか?


 もしかして栄光あるランス海軍の新旗艦にダメダメ王子の名前が付いて怒り心頭なのでは?


 あ、ありそう……。


 どうしよう……もし、怒り狂ったレオノールが『アタシの愛する海軍の旗艦にふざけた名前を付けやがって!ぶっ殺してやる!!』などと言い出したら……。


 そう思って私が恐る恐る彼女の方を見ると、


「……いい名前だなぁ」


 腕組みしたレオノールがしみじみとそう呟き、満足げに頷いていた。


「……え?」


 なんだか……凄く嬉しそうだぞ?


「レ、レオンハート提督?」


「うん、本当にいい名前だなぁ」


 よく分からないが、悦に浸っている。


 もう訳が分からないよ!


 まあ、ブチギレられるよりは万倍マシだが……。


「……そ、そっか、それは良かった」


 取り敢えず怒り狂った黒獅子に八つ裂きにされることはなさそうなので、彼女のことはまあいいか、と思ってそう呟くた。


 すると、何を勘違いしたのか海軍大臣が、


「そうでしょう、そうでしょう?いい名前でしょう!?」


 と興奮気味に叫んだ。


「……」


 もう嫌だ……。


 理不尽な現実に絶望して私が黙っていると……。


「ですが、これだけではありません!」


 海軍大臣がいきなりテレビショッピングみたいに叫んだ。


 おい!それは私だけ専売特許だ!


 私のアイデンティティを奪うな!


 ……ではなくて。


「……?」


 は?まだ何かあるのか?もう勘弁してくれよ……。


 私が自らのアイデンティティの危機と海軍大臣が用意したであろう厄介ごとにうんざりしていると、


「今度は右側をご覧下さい!」


 そう言ってドヤ顔の彼は元『キング=シャルル号』の隣の乾ドックにいる『グレート=ランス号』の方を向いて明るい声で告げた。


「『グレート=ランス号』改め……『グレート=マクシミリアン号』です!」


「……は?」

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