第294話「シャケ、出張する④」

 宿屋のエントランスで朝から誰かにバレたら冗談では済まないようなやり取りした後、我々は困惑する海軍大臣と上機嫌なレオノールの二人と一緒にルーアブル軍港に向けて出発した。


 因みに今回の出張の目的である『式典』は午後から行われる新造された軍艦の進水式である。


 では何故、朝からそこへ向かっているのかというと表向きはその事前説明ということらしい。


 実は海軍大臣たっての願いで、本来午後からの式典だけで良かったところを、朝から軍港に出向くことになってしまったのだ。


 あと、内容は後のお楽しみということで教えてくれなかった。


 はぁ、久しぶりにゆっくり寝ていたかったのに……。


 全く海軍大臣め、本当にロクなことをしないな!


 万が一しょうもない理由だったら、ロイヤルパワーで絶対に左遷してやる!


 と朝からご機嫌斜めな私だったのだが、滅多に見ることの出来ない軍港内を、まるで自分の宝物を見せる子供のごとくキラキラした目で話すレオノールの解説付きで見ているうちに、気分はすこぶる良くなっていた。


 因みに馬車の向かい側の席に座る海軍大臣が、そんな私達の様子を見てニヤニヤしていた……。


 最早、何も言うまい……。


 それから我々を乗せた馬車はルーアブル軍港内を暫く進み、その一画にある乾ドック(船体の検査や修理などのために水を抜くことができるドックのこと)に入渠している二隻の巨大な軍艦の前で止まった。


 全員が馬車から降りた後、二隻の美しい木造帆船を背に海軍大臣が何故かドヤ顔で話し出した。


「えー、オホン、それでは説明させて頂きます」


「うむ、頼む」


 彼のドヤ顔に何となく嫌な予感がした私は、短くそれだけ言って先を促した。


「ではまず始めに……実は今回、殿……いや、ランベール侯をお呼び申し上げたのは進水式の事前説明の為ではございません」


 うん、だろうと思ったよ。

 

「それで?」


「はい、それで話というのは……私の背後にあるこの二隻についてなのですが……ご存知でございますか?」


 と海軍大臣に問われた私は言った。


「うん、知ってるよ、有名だからね。左側の船はこの度新造された世界有数の大きさと強さをもつランス最大の軍艦で名前は確か『キング=シャルル号』だったね?」


「はい、その通りでございます」


「あと右側の軍艦は『キング=シャルル号』が建造されるまでランス海軍で最大の軍艦だった……」


 と、私が言い掛けた時、


「『グレート=ランス号』だ!長年ランス海軍の旗艦を務めてきた船で、数多の戦いに参加して活躍した歴戦の勇者だよ!」


 レオノールが嬉しそうに補足してくれた。


「その通り、だが流石に艦齢が三十年と古く、この度旗艦の座を譲ることになりました。ですが、大幅な改修をして戦闘力を強化した上で今後はアユメリカ戦隊の旗艦となる予定です」


 海軍大臣が更にそれを引き継いだ。


 へー、そうなんだ。


 ではこの船はフィリップがアユメリカまで乗って行くのか。


 あ、そう言えば昔この船を見学したことがあって、あの時はワクワクして楽しかったなぁ。


 あと、その時に仲良くなった士官候補と会話が弾み、随分話し込んだっけ?


 あの時の『彼』は今どうしているのだろうか?


 もし機会があればまた言葉を交わしてみたいものだ。


 閑話休題。


「うん、それでこの二隻がどうした?」


 説明に頷きつつ、私は海軍大臣に問うた。


 まさか、式典で混み合う前にゆっくり中を見て欲しかった、とか言うのではあるまいな?


 確かに木造の軍艦なんてあまり見ることは出来ないからワクワクするし、ちょっとテンション上がるけど……。


 それだけであそこまでドヤ顔をしたのなら、やはりこの人はちょっと大臣として問題があるのでは?


 と、若干酷いことを考えていると、当の海軍大臣は相変わらずのドヤ顔で勿体ぶった感じで話し始めた。


「はい、わざわざ貴方様を朝からお呼びした理由、それは……」


「それは?」


 早く言えよ。


「この度、艦名を変えることになりまして……」


「え?」


 そんなことの為にわざわざ呼んだの?


 というか、敵から奪い取った船でもあるまいし、軍艦の名前を変えるなんてことがあるのか?


 私がそんなふうに怪訝に思っていると……。


 海軍大臣が『キング=シャルル号』の方を向き、今日一番のドヤ顔で言った。


「『キング=シャルル号』改め……『プリンス=マクシミリアン号』です!」


「……は?」


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