第293話「シャケ、出張する③」

「ああ……気持ち悪い……死にそう……」


 レオノールとのプチお別れ会の翌朝、私は日頃の疲れと睡眠不足と深酒の所為でフラフラしながら、迎えが待つ宿屋のエントランスを目指して歩いていた。


「ああ!気分爽快だぜ!」


 一方、横にいるレオノールは元気いっぱいで、更に久しぶりの海と酒と美味いメシを心ゆくまで堪能してストレスを解消出来たお陰なのか、顔がとても艶々している。


 ここ最近ほとんど同じ場所で同じように過ごした筈なのに、何故こうも違うのだろうか?


 何とも理不尽な話である。


 そして、二人で連れ立って宿屋の豪奢なエントランスを出たところで、


「おはようございます!ランベール侯……ん?おお!昨日はお楽しみだったようですね!」


 馬車と一緒に私達を待っていた海軍大臣が、『疲れ果てた』私と『艶々した』レオノールを見た瞬間に、とんでもない勘違いをしてテンション高めに叫んだ。


「……?」


 本来ならそのふざけたセリフが聞こえた瞬間に掴み掛かるところなのだが、今はそれが出来なかった。


 何故なら、色々な理由が重なり疲れきっていた私は頭が働かず、海軍大臣の言葉の意味をすぐに理解出来なかったからだ。


 なので、少し遅れて彼の言葉の意味を理解した私は……。


「……ん?」


 え?何だって?


 今このおっさん、なんつった?


 昨日は……お楽しみだったようですね……?


 ド◯クエ?


 ……ではなくて!


 はぁ!?ふざけんな!このエロオヤジめが!


 と、ワンテンポ遅れて心の中で絶叫した。


 そんな感じで内面的にブチギレていると横から、


「おはようございます、閣下!」


 とレオノールが凛々しい声で海軍大臣に挨拶し、背筋を伸ばしてピシリと敬礼した。


 おお!カッコいい!


 その姿はまるで本物の海軍軍人みたいだった……あ、そう言えば本職だったっけ?


 いや、海賊だったかな?


 海軍大臣はレオノールの方を見て答礼した後、明らかに含みがある感じで鷹揚に言った。


「ああ、おはようレオンハート少将、(殿下の愛人としての)務めを立派に果たしているようだね?」


 おい、何言ってやがる!?頭沸いてんじゃねーのか!?


 ていうかやめろ!レオノールに殺されるぞ!?


 と今度は即座に彼の言葉の意味を理解出来た私はブチギレて叫びそうになったが、それもより早く問われたレオノール本人が、


「はい、バッチリです!昨日も一晩中ランベール侯とたっぷり楽しみました!」


 と溌剌とした感じで、非常に誤解を招きそうなことを言った。


 おいーーーー!?


「ちょ!?ま……」


 待て!誤解を助長するような発言はやめろ!


 と内心叫びながら私が彼女を見ると、


「それは何よりだ、これからも(世継ぎを産む為)大いに励みたまえ」


 またしても海軍大臣がふざけた発言をした。


「は!以後もこの国の為に励みます!」


 するとレオノールはそれに生真面目に答えてしまった。


「!?」


 レオノール!ちょっと黙ろうか!?


 海軍大臣はそれを見て満足げに頷いた後こちらを見て、


「うむ、いい返事だ……ところで侯爵、先程からあまり話されていませんが、お加減でも?」


 ここまで私が無言なことに気付いて話を振ってきた。


 いや、単純に今まで私が喋るタイミングが無かっただけなのだが?というか全部お前の所為なのだが!?


 ぐぬぬ、この野郎……。


 本当なら今すぐ罵詈雑言を浴びせながらこのおっさんに掴み掛かりたいところなのだが、誠に遺憾ながらそれは我慢することにした。


 何故なら海軍命のレオノールの目の前で海軍のトップにそんなことをしたら、間違いなくタダでは済まないからだ。


 それに残念ながら今の私には物理的にブチギレる気力も体力も無い為、取り敢えず死んだ目をしながらローテンションで挨拶するだけにした。


「これは海軍大臣、心配を掛けてしまったようだね、だが大丈夫。君の心温まる(腑が煮えくりかえる)言葉のお陰で胸がいっぱいだ。ああ、それはそうと今日は実にいい天気だね?」


 そして私は灰色の曇り空と黒く濁った海の方を見ながらそう言った。


「え?あ、は、はあ……左様でございますね」


 唐突によく分からない天気の話を振られて困惑する彼に対して、私は歪んだ笑みを浮かべながらの心の中で告げる。


「……(ああ、本当に絶好の左遷日和だ)」


「?」




 その後、困惑する海軍大臣と上機嫌なレオノールの二人と一緒にルーアブル軍港に向けて出発した。


 因みに移動中の馬車の中でふと、このおっさんに復讐するならレオノールに言葉の本当の意味を伝えるだけで良いのでは?と思ったりもしたのだが、流石にレオニーの実の妹を犯罪者にする訳にはいかないので思いとどまったのだった。

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