第290話「小悪魔劇場の裏側11 反省会」

 場面はアネ・リゼがボランティアという名の『奴隷労働一週間の刑』に処された少し前、国王シャルルと宰相エクセルが最後の最後でマリーに試合をひっくり返されてしまった直後から。




「それではお義父様、バイエルライン赴任の件、宜しくお願い致します」


 マリーが有無を言わせない威圧的な笑顔で念を押した。


「う、うん、分かった、直ぐに手配するよ……」


 最早、抵抗することを諦めたキングサーモンこと、国王シャルルは力無くそう言った。


 そして、ようやくこの辛い時間も終わりかと安心しかけた、その時。


「あ!あと……」


 マリーが何かを思い出し、


「「……(ええー、まだあるの?)」」


 おっさん二人は心中でゲンナリした。


 だがマリーはそんなことは気にせず話を続ける。


「言うまでもありませんが、お二人がリアンお義兄様に甘えて負担を掛けないよう、くれぐれもお願いしますね?」


 と先程とは打って変わり、まるで能面のような無表情で彼女は冷たく言い放った。


「「えー……」」


 言われた二人は余りの理不尽さに、更にゲンナリしたが、


「返事は?」


「「はい……」」


 マリーに圧をかけられ、結局その理不尽に抗う気力もなく、そのまま惰性で返事をしてしまった。


「それではお義父様、宰相様、ご機嫌よう」


 それを見たはマリーは大いに満足し、花が咲くような笑顔を浮かべて優雅にカーテシーをキメると、颯爽と去っていったのだった。


 そしてドアが閉まり、足音が遠のいたところで、


「「はぁ…………っ!?」」


 二人揃ってため息を吐きかけた瞬間。


「よくありません!己が欲望に負けて主を見捨てた悪党共、そこまでです!」


 と、マリーの声が廊下に響き渡った。


 それを聞いた二人は隣の控室で起こっていることを想像し、


「あー、アネット嬢達が……」


「彼女らは犠牲となったのだ……」


 哀悼の意を捧げた。


 それから改めて、


「「はぁ……」」


 と、ため息を吐き、肩を落として呟いた。


「最後の最後で負けたねー……」


「それも、こっ酷くな……」


「まさかあれだけメンタル的に凹んだ状態から持ち直してくるとは……最低でも一ヶ月は離宮から出てこないと思ったのだけど……」


 苦笑を浮かべたシャルルがそう言いうと、


「それもパワーアップしてな……しかもその原因が……」


 やってられないという感じでエクトルが言葉を返した。


「僕たちが救おうとした張本人、偶然通り掛かった我が息子マクシミリアンだとはね、皮肉が効き過ぎだよ」


 シャルルがそう言って、おかしそうに笑った。


「おまけにマリー様から、殿下に甘えるな!とキツい捨て台詞まで貰ってしまったしな、いやはや、側から見たら完全に喜劇だな」


 すると、同じく最早笑うしかないと思ったのか、珍しく普段クールなエクトルがクツクツと笑って見せた。


「まあ、当事者からすればとんでもない悲劇だけどね」


 そして、シャルルがそう言って更に二人は笑った。


「違いない……あ、そう言えば先程、侍従長から休暇願いが出されたぞ」


 と、ここでエクトルが思い出したように言った。


「え?休暇願い?」


 すると、シャルルが神妙な顔になった。


「人生に疲れたらしい」


「そうだろうね、もう歳なのに悪いことをしたよ」


 シャルルがそう言ったところで、


「暫く休ませてやろう、孫と一緒にいれば直ぐに元気なるさ」


 エクトルが本日何度目か分からないため息を吐きながら提案した。


「ああ、そうだね、それがいいよ、あとそれから今回の関係者全員の働きに報いたいから、休暇と臨時ボーナスを手配してくれ、勿論アネット嬢達もだ」


 律儀なシャルルがそう付け加えた。


「承知した」


 それから彼は微笑を浮かべながらエクトルに問う。


「と、これで事後処理も含めた今回の作戦は終了で、一見大敗北なんだけど……ただ、本来の目的から考えたら、そんなに悪い結果ではなかったのではないかな?」


「まあ、確かにマクシミリアン殿下の負担を減らす為にマリー様を暫く大人しくさせる、というのが本来の目的だったから、マリー様がバイエルラインという遠方に行くというのであれば『短期的には』成功したといえるのかもな」


 すると彼も一応同意した。


「そうなんだよ、だから、まあ、多くの犠牲は無駄ではなかったのではないかな?」


 その言葉を聞いたシャルルは安心したように言った。


「そう思いたい、だが……」


 とここでエクトルが懸念を口にしかけたが、


「分かってるよ、危険物を一ヶ所にまとめて保管なんてして大丈夫なのか?……ということだろう?」


 シャルルが先に言った。


「ああ」


「もう気にしなくていいんじゃないかと思う」


 だが、シャルルは続けて平然とそう言った。


「何?」


 エクトルは困惑しながら聞き返した。


「だって今回の動きを考えて見なよ?連中は散らばっていようが、まとまっていようが、遠慮なく大爆発するんだよ?だったらどちらでも変わらないでしょ?どのみち手の施しようがないし」


 そして、シャルルは開き直りとも取れるようなことを言い出した。


 だがエクトルは渋い顔をしながらも、


「……全く持ってその通りなのが悲しいな」


 それを肯定した。


「むしろ一番危険な二人が遠方にいることを喜ぶべきかも」


「まあ、離れていた方が多少は爆風も弱まるだろうからな」


 それからそう言って笑い合った。


「だから、今回の作戦は『短期的に』ではあるけど、成功でいいんじゃない?」


「そうだな……うん、それがいい」


「だから今日のところは素直に喜んでおこうよ」


「ああ」


「そこで提案があるんだけど?」


 ここでシャルルがおもむろに言った。


「何となくわかるが、言ってみろ」


 エクトルがニヤリとしながら答えた。


 するとシャルルがイタズラっぽく笑いながら、


「今度、久しぶりに街に繰り出さないか?若い頃みたいにさ」


 そんなことを提案した。

 

「許さん!国王としての自覚を持て!というべきなのだろうが……まあ、今日ぐらいは良かろう」


 すると珍しくエクトルが苦笑しながらそれを許可した。


 そして、それを聞いたシャルルは嬉しくなって余計な気を回し、もの凄く余計なことを言った。


「じゃあ決まりだね!それで今日は忙しいし、準備も必要だし……あとマリー達も居そうな気がするから鉢合わせないように……一週間後にしようか!」




 この一週間後、二人は久しぶりに宮殿を抜け出し、マリー達もいる夜の街に繰り出してしまうのだが、それはまた別の話である。

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