第289話「小悪魔劇場の裏側⑩」

「よくありません!己が欲望に負けて主を見捨てた悪党共、そこまでです!」


 ノエルが呟いた瞬間、扉の方から凛とした声が響き、アネット達は驚いて反射的にそちらを見た。


「「「っ!?おのれ!何奴!?」」」


 そして、何故か悪事を上様に見つかった悪代官風に叫んだ。


 すると、そこには仁王立ちしたマリーが不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「馬鹿な!マリー様は(メンタル的に)死んだ筈!」


 それを見たアネットがつい先程、隣の部屋であったのと同じようなセリフを叫んだ。


「なのですぅ!」


「ですです!」


 ついでに他の二人も続いた。


 だが、マリーはそれをスルーし、芝居掛かった感じで話し出す。


「女官アネット=ルフェーブル、侍女リゼット=ホルスタイン、見習い騎士ノエル=ルーセル、貴方達は私の配下でありながら、あろうことか私が侍従長に連行されそうになった時、関わったら面倒くさそうだし休みが欲しい、ついでに日頃の恨みもあるしちょっと凹まされこい、などと考え、あっさり私を見捨てましたね?」


 それを聞いたアネット達は挙動不審になり、気まずそうに目を逸らした。


「え?な、何のことかしら……」


「ふぇ!?ぜ、全然知らないのですぅ〜」


「え!?ボ、ボクは……あの……その……」


「私利私欲の為に主を売り渡すとは言語道断!大人しく腹を切りなさい(自腹を切って何か奢りなさい)!」


 素直に罪を認めない下僕達の醜い姿を見たマリーは、キレ気味にそう言い放った。


 一方、追い詰められた悪徳女官アネットは、


「くっ!誰が(自)腹など……最早これまで!マリー様!手向かい致しますぞ!」


 割とノリノリで叫び返したところで、


「……この小芝居いつまでやるの?」


 いきなり素に戻って言った。


「……アネさん、リゼさん、ノエさん、もういいでしょう」


 言われたマリーも気が済んだのか、ここで小芝居を終わりにすることに決めた。


「とか言ってまだ続いてるし……はいはい、ごめんごめん、悪かったわよ」


 それからアネットがいつもの口調で、軽い感じで謝った。


 するとマリーはやれやれという顔をして、


「全く、仕方ありませんねー……ふぅ」


 アネット達がいるソファセットに自分もどっかりと腰を下ろした。


「あ、お茶とお菓子があるけど食べる?」


「……食べます」


「りよーかい、リゼットお願い」


「はい、なのですぅ〜」


 アネットがそう言うと、リゼットはその鈍重そうな見たとは裏腹にテキパキと給仕を始めた。


 それからアネットはノエルに指示を出す。


「ノエルはマリーの横に座ってされるがままになってなさい」


 まるで飼い猫のような扱いであるが、適材適所でもある。


「え?あ、はい……」


 クールな見た目とは裏腹に、トテトテと可愛いらしくマリーの横まで移動して座った。


 そして、リゼットが入れ直した紅茶とスィーツがマリーの前に並んだところでアネットが言った。


「それでどうだったの?少しは改心したの?」


「さあ、どうでしょう」


 マリーはそう言って肩をすくめると、美味しそうにお茶を啜った。


「ひゃあ!くすぐったいよー……」


 ついでにノエルの瑞々しい太ももを撫でた。


「そう……お疲れ」


 マリーの気持ちを悟ったアネットはそれ以上は何も聞かず、彼女の頭を優しく撫でた。


「むぅー」


 マリーは気恥ずかしさを誤魔化すようにムスッとした顔になった。


 それから数分後。


「えー発表します。先程のお義父様達との『極めて友好的な話し合い』の結果、私はバイエルラインに赴任することに決まりました」

 

 マリーがしれっと告げた。


「「「!?」」」


「アネットのお説教でもあった通り、私はまだまだ経験不足で人の気持ちが分からず、多くの人に迷惑を掛けてしまいました……なのでそれを克服し、立派に王族としての勤めを果たせるようになる為……」


 ここでマリーは屈辱に耐えるように身体を震わせ、悔しそうな表情で歯軋りし、


「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……あの凶悪なセシロクマの配下となる道を自ら選んだのです!」


 そう宣言した。


 するとそれを聞いたアネット達はわざとらしく涙を浮かべ、口々に言った。


「そっか、よく決断したわね……辛いだろうけど、自分で決めたことだし……向こうでも頑張ってね?お母さん遠くから応援してから……」


「マリー様ぁ〜労働環境はブラック過ぎて最低最悪でしたがぁ〜今までお世話になったのですぅ〜、バイエルラインでも頑張って下さいなのですぅ〜」


「え?ええ!?そんな、マリーお姉ちゃん……どうかお元気で……」


「お母さんって……ブラックって……コイツら……あと、やっぱりノエルだけは純粋でいい子ですね、後でお小遣いを……ではなくて!」


 言われたマリーはブツブツ何か言った後、呆れ顔になり、


「当然、お付きである貴方達も一緒に来るのですよ!全員バイエルラインに転勤です!」


 キレ気味に叫んだ。


「……まあ、そうなるわよねー」


「……はい、はい、分かっていたのですぅ〜」


 擦れた社会人である二人はゲンナリしながら現実を受け入れ、


「え?ええ!?そうなの?良かった!新しい場所でもお姉ちゃんと一緒なんだね!ボク嬉しいよ!」


 クールな大人の見た目をした幼女は純粋に喜んだ。


「流石は我がしもべ達、すぐに現実を受け入れられたようですね」


 彼女達の様子を見たマリーはブラック上司の面目躍如という感じで、ニヤリとしながらそう言った……のだが。


「だって紙切れ一枚で何処へでも行くのがサラリーマンってもんでしょ?いちいち騒いでたら長い人生生きていけないわよ」


「なのですぅ〜はぁ〜、また家族と離れて単身赴任……アルコールで心の叫びを流し込む日々なのですぅ〜……」


 妙に慣れた感じの反応が返ってきて、逆にマリーが困惑してしまった。


「……いや、達観し過ぎでしょう?貴方達、一体何歳ですか?」


「ふ、本店勤務の温室育ちのお姫様には一生分からないわよ……」


「マリー様が大理石の階段を登る横でぇ〜我々所轄は地べたを這いずり回っているのですぅ〜」


「本店?所轄?」


 更にマリーが困惑した後、


「事件は会議室で起きてるんじゃなくて、現場で起きてるんだよ!」


 ノエルが特に意味もなく叫んだ。


 するとマリーが冷たい表情で、


「事件は会議室で起きているの、所轄は本店の言うだけを聞いていればいいのよ!……って踊りそうな刑事ドラマの見過ぎでしょう……ふざけてないで話を聞きなさい!」


 そう言い放った後、我に返ってうるさい所轄共を黙らせた。


「「「はーい」」」


「全くもう!コホン、それで全員バイエルラインに転勤決定なのですが……」


「「ブーブー」」


「初めて行く場所……楽しみだなぁ」


「お黙り!それで異動は一週間後です。なのでアネ・リゼの二人は準備の為……前日まで有給にしてあげます」


「「やったー!」」


 マリーからの思わぬ言葉にアネットとリゼットは無邪気に喜んだ。


「ごめんねノエル、貴方は騎士のお勉強があるからそっちを頑張って」


「はい、ボク頑張ります!」


 ノエルは休みを貰えなかったにも関わらず、目をキラキラさせながらそう答えた。


「はぅ〜この純粋さ、この汚れた世界で眩し過ぎます……あ、あとそこの汚れた二人」


 マリーはノエルの清らかさに感動した後、汚れた連中に向かって、


「一週間かー、何しよっかなー!飲みに行ってー、お買い物してー、飲みに行ってー、お昼寝してー、飲みに……ん?」


「数年ぶりの連休なのですぅ〜!外食してぇ〜、お昼寝してぇ〜、外食してぇ〜、お昼寝してぇ〜、外食……ふぇ?」


「明日から一週間、ボランティアに行ってね?」


 残酷な現実を告げた。


「「……は?」」


 言われた言葉を理解出来ず、二人は呆然としてしまった。


「アネ・リゼ、貴方達二人は一緒に貧民街での炊き出しとか、孤児院などの社会福祉施設を訪問するとか、花や木を植えるイベントとか、よく分からない公共施設の地鎮祭に参加したり名誉職になったりとか、後ついでに牧畜が盛んな高原地帯の村々に笑顔を届けてきて下さいね」


 続いて具体的な内容を聞いた二人は目を剥いた。


「なっ!?」


「ちょ!?」


「一応全部王室がスポンサーだから、しっかり宜しく」


 そのあと、マリーがいい笑顔でそう付け足したところで、


「これじゃあ有給の意味ないじゃない!」


「普通に労働なのですぅ!」


 二人が必死に叫ぶが、マリーはすっとぼけた。


「は?労働?とんでもない、あくまで善意で自主的にやる『ボランティア』ですよー?……ふっ、所詮ボランティアなど公務員からすれば、ただの無償の労働力に過ぎないのですがね」


 そして、少々ブラックな補足をした。


「ふざけんなー!」


「そうなのですぅ〜!流石にそれは横暴なのですぅ〜!」


 二人は更に鼻息を荒くして抗議したが、


「では貴方達に問いますが……先程、敵前で私を見捨てたのは誰でしたっけ?んんー?」


「「うぐ……」」


 冷たい目のマリーに恨みがしくそう言われ、黙らされてしまったのだった。


「……(まあ、出発前日の夜ぐらいは、こっそりみんなで街へ出掛けてハメを外させてあげますよ、ふふ)」

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