第288話「小悪魔劇場の裏側⑨」

 国王シャルルが悲壮な覚悟と共にアネット達がいる控室を出て行った直後。


「国王陛下、凄いイケメンだったわねー、流石はあの王子様のパパなだけあるわね!……あ、この紅茶もの凄く美味しい」


 アネットが王室御用達の最高級の茶葉を使った紅茶を啜りながら言った。


「はい、なのですぅ〜……はむ、むぐむぐ」


「うん、僕もビックリ!……ぱく、もぐもぐ」


 他の二人はシャケパパの特命で作られた料理長特製スィーツをパクつきながら、それに同意した。


「確かにモテ過ぎて王妃様が嫉妬するのも分かるなー、もし何も知らずにあのイケメンスマイルを向けられたら、アタシきっとクラッときちゃう……」


 アネットがそう言った途端に、天井の辺りでミシリと音がした。


「……かもしれないわね、まあ年が近かったらの話だけど。それにアタシは王子様一筋だしね!」


 それから更にアネットが喋ると、それっきり何も起こらなかった。


 続いて今度はリゼットが極上のマドレーヌを頬張りながら言った。


「あとぉ〜陛下はマクシミリアン様と同じく幸薄げな感じがしたのですぅ〜特に女性関係が……ぐぇっ!」


 するとリゼットが喋った瞬間、何故か金ダライが落ちてきて頭に直撃し、彼女は悲鳴を上げて転げ回った。


「ぐおおおおお〜頭がぁ〜」


「え!?この昭和のコントみたいな金ダライは何!?」


「てことは次は一斗缶かな!?」


 それを見たアネ・ノエがよく分からないツッコミをいれた。


 それからアネットは少し考えた後、


「この部屋なんか変ね……だけど、まあいいか」


 深く考えないことにした。


「よくないのですぅ〜!」


 それから涙目で抗議するリゼットをスルーし、アネットは続けて言った。


「そう言えばマリーは大丈夫かなー?」


「うぅ〜またタンコブなのですぅ〜……ふぇ?マリー様ですかぁ?多分〜侍従長を脅して逃げ出したと思うのですぅ〜」


 するとリゼットがさらっと、とんでもないように聞こえるが、凄くありそうな展開を予想した。


「え?でも近衛騎士やメイド隊の皆さんも一緒なんですよね?だったら侍従長は兎も角、他のメンバー全員の弱みを握るのはいくらお姉ちゃんでも難しくないですか?」


 続いてノエルがそう指摘すると、


「でもあの子なら全員分のデータを持っていても、それはそれで不思議じゃないのよね……」


「「「……」」」


 そのセリフの後、三人は戦慄して暫し沈黙したが、その沈黙を破るようにアネットが言った。


「本当、マリーって恐ろしい子よねー、でも仮にアタシ達と出会わず、孤独に生きながら王子様だけに執着していたら……」


「「うわー……」」


 マリーの別の世界線を想像した二人が顔を引き攣らせた。


「考えたくないけど、多分サイコパスとかヤンデレとか魔王とか、そんな感じのヤバそうな属性が追加されてそうよね……」


「激ヤバなのですぅ〜」


「怖いよおー……」


 マリー闇落ちバージョンを想像したリゼ・ノエが恐怖で震える中、アネットは話を続け、


「まあ、境遇が境遇だし、歪むのも仕方ない気がするけどね」


 そう言って肩をすくめた。


「それを言ったらアネット様だってある意味同類ではないのですぅ〜?」


 すると、リゼットがニヤニヤしながらツッコミを入れた。


「うっ……ま、まあ、否定はしないけど……」


 ついこの間まで闇落ちしていて、しかも逮捕まで経験したアネットは目を逸らした。


「で、でも境遇的にはリゼットも大変なんじゃないの?」


 アネットは誤魔化すようにリゼットに話を振った。


「ふぇ?ああぁ〜いえ、ウチは馬鹿みたいに食費が掛かる所為で貧乏なだけでぇ〜、家族みんな仲良く健康ですよぉ〜?お腹は空いていますがぁ〜……」


 そして彼女がそう答えると、


「そっか、牛だもんね……」


 アネットは憐れむように言った。


「ふぇ?」


「まあ、リゼットの牧場の話は一旦置いといて……」


「牧場ぉ!?」


 叫ぶリゼットをスルーし、アネットは次にノエルに向かって言った。


「ノエルは?確か実家は不遇な流浪の民とか言ってなかったっけ?」

 

「え?あ、はい、確かにそうだったんですけど……」


「だった?」


 過去形で語られ、アネットは首を傾げた。


「リアンお兄ちゃんが色々手配してくれたから、今はみんな割と普通に暮らしてますよ?ふふ」


 それに対してノエルが嬉しそうに答えた。


「あら、そうなの?」


「はい、プロットを大幅に変更してボクの一族の出番がなくなってしまった関係で、困った作者がそういう設定にしたらしいです」


「設定って……メタいわね……」


 アネットは呆れ気味にそう言ったあと、


「その話はこれ以上触れない方が良さそうね……それで、えーと、何の話だったかしら?」


 さりげなく話題を変えた。


「え〜確かぁ、マリー様がもし闇落ちしていたらぁ?的な話だったようなぁ〜?」


 するとリゼットが答えた。


「あ、そうだったわね、まあ、闇落ちバージョンに比べれば、今のあの子はただのワガママでブラックなセクハラ王女なだけだし、可愛いもんよ」


 それからアネットがそう言うと、


「十分ヤバいのではぁ!?」


 リゼットが即座に言った。


「大丈夫よ、だって今まさにシャルル陛下の愛の鞭で引っ叩かれて、まともに……なってたらいいわね……」


「いやぁ〜あのマリー様ですよぉ?多少凹むことぐらいはあってもぉ〜、多分それは無理なのですぅ〜ねぇ〜?ノエルちゃん〜?」


「え?あ、あの……はい、あのお姉ちゃんがちょっと叱られたぐらいで変わるとは思えないです」


 続いて、よってたかって酷いことを言い始めた。


「多分、ちょっと涙目になって凹むぐらいのものよねー」


「なのですぅ〜」


「ですです」


 そして、更にそう言ったところでアネットが何か思いついた。


「まあ、シャルル陛下の頼みもあるし、マリーが来たら慰めてあげましょ……あ!そうだ!」


「「?」」


「マリーを連れて街に繰り出して、久しぶりに飲みに行きましょうよ!」


 それからアネットが明るく叫んだ。


「ふぇ?ああ、あの抜け道から行ったやつですかぁ〜でもぉ〜」


 だが、リゼットは乗り気ではないようだ。


「何よ?文句あんの?」


「あの後レオニー様に大目玉を食らったじゃないですかぁ〜」


 するとリゼットがゲンナリした顔で言った。


「うげっ、そう言えばそうだったわね……でもほら!今はあの美人過ぎるスパイ女は王都にいないし、大丈夫よ!」


「む〜確かにぃ〜でも後からバレたらぁ〜お仕置きがぁ〜でもでもぉ〜今あの人だいぶヘラってるから大丈夫な気が〜……」


 アネットの言葉に心が揺れ始めたリゼットがブツブツ言い始めたところで、


「ハッキリしなさいよ!」


 剛を煮やした彼女に決心を迫られてしまった。


「ふぇ〜そんなぁ〜」


 リゼットが涙目になったところで、


「あ、あの!ボク行ってみたいです!」


 意外にもノエルがそう叫んだ。


「あ、そっか、ノエルは飲屋街なんて行ったことないものね、ほら!だったら余計に行かなきゃね!」


 アネットは笑顔で彼女に答えた。


 しかし、リゼットは、


「う〜ん、連れて行ってあげたいのは山々ですがぁ〜純真無垢なノエルちゃんが穢れてしまいそうでなんか嫌なのですぅ〜」


 相変わらず消極的だった。


「ボクみんなと一緒に行きたいです!お願い、リゼットお姉ちゃん!ウルウル〜」


 だがそこでノエルの最終兵器ウルウルが発動された。


「ぐはぁ!大人バージョンでも破壊力抜群なのですぅ〜穢れなき瞳で見つめられたら断れないのですよぉ〜」


「いいじゃない!行きましょ!」


「……はぁ、分かったのですぅ〜……でもぉ〜マリー様のお許しが有ればですがぁ〜」


 条件付きだが、ここで漸くリゼットが折れた。


「あのマリーが可愛い妹分のお願いを断る訳ないじゃない!決まりね!」


 するとアネットはノエルを抱きしめながら明るく言った。


「やったー!ありがとう、お姉ちゃん達!」


 ……。


 …………。


 ………………。


 それから約二時間後。


「マリー遅いわねー」


「遅いのですぅ〜」


「ですです」


 すっかり待ちくたびれた三人は口々にそう言った。


「かなり時間が経ったけど、どうしたのかしらねー……あ!もしかして凹み過ぎて誰にも会いたくなくって、一人で部屋に閉じこもっちゃったとか?」


 それからアネットがありそうな状況を考え始めた。


「ああ〜確かにマリー様はプライドが高いですからねぇ〜それは十分ありえるのですぅ〜」


 リゼットはそれに同意し、


「お、お姉ちゃん大丈夫かな……」


 ノエルは心配した。


 だが、アネットは相変わらずマリーの心配はせず、それどころか、


「大丈夫でしょ?あのマリーよ?むしろシャルル陛下が返り討ちにされてないか心配なぐらいよ」


 キングサーモンの身を案じていた。


「それもそうなのですぅ〜」


「そうかなー……?」


「あぁ!アネット様ぁ〜」


 と、ここでリゼットが何か思いついたように言った。


「ん?何?リゼット」


「もし本当にマリー様が引きこもってたらどうするのですぅ?」


 それからリゼットがアネットにそう問うと、


「え?あ、んー……一人になりたいところに声掛けるのも悪いし……置いてきましょう!」


 少し考えた後、あっさりそう言った。


「ふぇ!?」


「ええ!?」


 これには流石の二人も驚いて声を上げた。


「人間一人になりたい時もあるだろうし、アタシ達だけで楽しみましょ!ね?」


 だがアネットは気にせず、そう言ってからウインクまでしてみせた。


「む〜……そうですねぇ〜、いや、それがいいのですぅ!小悪魔の居ぬ間に命の洗濯なのですぅ〜!」


 するとリゼットが少しだけ考えた後、今度は潔く話に乗ってしまった。


「ええー……いいのかなぁー」


 そして、唯一マリーを心配するノエルが思わずそう言ったところで、


「よくありません!己が欲望に負けて主を見捨てた悪党共、そこまでです!」


 扉の方から凛とした声が聞こえた。


 アネット達は驚き、反射的にそちらを見て叫んだ。


「「「っ!?おのれ!何奴!?」」」

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